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勇気と覚悟と、あるいは彼女の葛藤








 ——すぐに返事はできなかった。






 梓ちゃんの願いを聞いた私は、どうしようもなく押し黙ってしまう。






 何も言葉が出なかった理由。きっとそれは、考えることに意識が奪われてしまったからだ。頭の中で色々考えていたというわけじゃないけど……、ただ漠然と、この状況でどんな反応を示すのが最適なのか、そんなことをふわふわ思い浮かべていた。




 もちろん、梓ちゃんの感情が理解できないわけじゃない。梓ちゃんの思いは十分に理解できた。それを否定する気はさらさら無いし、私が梓ちゃんの力になれるとしたら応援してあげたい。そんな風に心の底から思ったことは嘘じゃない。




 梓ちゃんが何に幸せを感じて何に喜ぶのか。何を望んでいるのか。それを私は自信をもって口に出せないけれど、梓ちゃんのためにできることがあるのなら手を貸したい。そんなことを臆面なく言い切れるくらいには、私たちは『同じ部活の仲間』としてやってきたつもりだ。






 これまでの私たちの関係は紛い物なんかじゃない。それだけは確かなこととして胸の内にしっかりと刻まれている。








 ——だからこそ、なんだろうか。








 梓ちゃんの想いを否定せずとも、肯定できない理由はそこにあるのかもしれないと気付いた。




 梓ちゃんが誰を好きになろうとそれは梓ちゃんの勝手だけれど。




 私たちに協力を求めているとなれば、話は少しだけ複雑になる。




 たとえばそれは、『彼女』の気持ちを考えたときに、問題が表面化する。




 分からない。確証もない。けれどきっと、梓ちゃんの提案を快く迎えられない存在が、ここには居るはずだ。






 そうだ。私だけの問題じゃない。上手く言葉にはならずとも、この異質な雰囲気が私の仮説を証明たらしめている。








 ——そのときだった。


 莉緒ちゃんがゆっくりと立ち上がったのは。








 私も梓ちゃんも、すぐに莉緒ちゃんの方に意識を向けたと思う。




 莉緒ちゃんはじっと梓ちゃんの方を見て、何か決意をしたような顔を滲ませていた。




 今から何を言い出そうとしているのか、何となく私には理解できた気がした。








 ……いや、違う。








 そのときの莉緒ちゃんの表情は、決意というよりも、覚悟の表れだったのかもしれない。




 そう気が付いた時と、莉緒ちゃんが口を開いたのは、ほとんど同時で——











「梓ちゃん、私は——」




「——戻ったぞ」











 そうして莉緒ちゃんの放った言葉。




 それは無機質な音と、誰かの声によってかき消されてしまう。




 扉が開かれていた。




 教室後方、その扉の向こうに、陽斗くんがいる。




 疲れ切った顔だった。そういえば先生を追いかけていったきりだった。




 そこで気付く。……しまった。陽斗くんがいずれ戻ってくることを考えていなかった。




 どれくらい時間が経ったんだろう。きっと話し込んでしまったせいで、もう随分と時間が経っていることに気が付かなかったのか。




 だとしたら、この状況は……。








「——なんかあったのか?」








 陽斗くんが私たちを順番に見るようにして怪訝な表情を浮かべる。それは必然的な結果だ。考えうる中で、これは最も最悪なタイミングだった。




 まさに莉緒ちゃんが自分の気持ちを打ち明けようとした、その瞬間だった。私たちはどうして良いか分からずフリーズ状態に陥っている。それを陽斗くんが違和感として認めないはずはない。






 ……何か、言わないと。


 ……何か。何か言わなければ。


 ……じゃないと、莉緒ちゃんは。






「——あんた」


「えっ、なんだよ」


「……っ」






 策も考えもなしに口を開いた。




 ここで私は何を告げるべきか、そんなことさえまとまっていない。今からでもこいつを部屋の外へ追い出すか? いや、それはダメだ。陽斗くんに余計な違和感を与えて、かえって状況をややこしくするだけ。じゃあ全てを説明する……? 冗談、そんなわけにもいかない。今からこの状況を悟られずに説明するなんて不可能だ。じゃあ……いったいどうすれば……。




「……どうした? トイレにでも行きたいのか?」


「…………」


「……おい、なんか反応しろよ」




 とか……言われても。それどころじゃないんだけど。




 何その意味分かんない質問。完全にセクハラだから——って、いや、本当にそれどころじゃない。今はこいつとバカ漫才している場合じゃないんだ。


 でも声をかけたのは私。このまま沈黙を貫けば、陽斗くんはこの状況に疑問を持ち始める。そうなったらいよいよ終わりだ。




「……鳴海、なんかあったのか?」




 陽斗くんが呆れたようにして私から視線を逸らした。……ううっ。マジか。ここで莉緒ちゃんに話を振るか。できれば今の莉緒ちゃんに話をさせたくはなかったんだけど……。それでもやっぱり、こうなってしまった以上は仕方ないのかもしれない。




 見守ることしかできない自分に、少しだけ苛立ちを覚える。




 そんな思いでも、結局私は蚊帳の外から見ていることしかできなかったのだと自覚する。




 たぶん、莉緒ちゃん自身は、自分の気持ちに整理をつけている。






 あとはそれを言う勇気と、覚悟だけ。






 そして私たちの関係は、きっとそこで崩れるのだと、莉緒ちゃんは分かっているはずだ。




 梓ちゃんの気持ちを知り、そして自分の気持ちと向き合うことになった莉緒ちゃんは、この瞬間に決断を迫られている。




 言い方は悪いけれど、梓ちゃんを出し抜くタイミングは今しかない。もしかしたら正攻法では梓ちゃんに太刀打ちできないのだと思っているのかもしれない。そうだとすれば、莉緒ちゃんはこのタイミングで全てを打ち明ける決断をするかもしれない。








 ……全部、分からない。




 ……分からないまま。




 ——このまま、莉緒ちゃんが全てを口にすれば。




 ——恋愛相談部は。






 ——この部活は、どうなる。








 ——









 ————










 ————










 ————ははっ。










 ————ひどいなぁ、わたしって。










 こんな状況なのに、私は部活のことを気にかけている。




 友達のことより、私はこの部活の方が心配なのかな。




 そんな冷たい人間じゃないと、思っていたんだけど。










 でも、『もうどうにでもなれ』って。




 そんな風に思っちゃっている自分もいて……。




 何だか自分の本当の気持ちがわからなくなって。




 このまま私たちの関係が拗れていったら……。















 もう、あの日々は。




 あの、目まぐるしくて充実感に溢れた日々は。




 戻ってこないんだなと。




























 …………。




 ……あぁ、そうか。




 いま、ようやく気づいた。



























 私の、本当の気持ちは——
























「——わたし、帰るねっ!」


「……え」














 気付いたとき、目の前に広がった光景。




 それは私の予想していた『最悪の事態』その一歩手前のようで。








「——また明日っ!」








 莉緒ちゃんは慌てて身支度を整えて。






 陽斗くんはおろか、私たちに見向きもせず。






 この教室を去っていったのだった。




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