声
ちょっとシリアス展開です
「……智也っ!?」
「よう、さっきぶりだな」
戸惑いを滲ませた笑顔を智也は見せていた。彼が部室を訪れるのは初めてのことだ。
智也は部室を見渡し、それから加納の方を見て「どうも」と軽く挨拶をする。最後に智也が春日井の方を見ると、春日井は「ふん!」とデカい声を漏らしてそっぽを向いた。
「智也、なんでここに……」
突然の訪問者に、思わず問いを投げる。智也は微笑を浮かべながらも肩を落としていた。
「やっぱり、今回の話は俺が決着を付けないと、と思ってな。様子を見る感じそれが正解だったみたいだ」
そう言ってはにかむように笑う智也はやっぱりイケメンだった。
「琴葉ちゃんも、久しぶり」
「……うん。久しぶりだね」
なんだ、やっぱこいつら知り合いだったのかよ……。
俺が挨拶を交わす二人を交互に睨んでいると、その睨みの視線が一つでないことに気付く。逆探知すると春日井が驚き二割、怒り十三割くらいの表情で二人を睨んでいた。……やばいやばいやばい。春日井さんなんかもう鬼の形相だよ……?
だが、さすがは彼氏と言ったところか。智也は春日井の漂わせる殺気にいち早く気付いたようで、彼女の方を向いて頭を下げた。
「美咲、まず謝らせてくれ。悪かった」
「…………」
春日井の方から返事はない。というか智也の方を見向きもしない。
彼女は彼女で自分の意見を貫き通したいのだろう。見た感じそんなタイプである。我が強いというか、曲がったことが大嫌いというか。
智也は返事がないのを確認したのか、頭を上げると神妙な面持ちで春日井に尋ねた。
「どうしたら、許してくれる?」
その言葉は妙に温かさを帯びていていた。俺だったら今の言葉だけで「うん、もう許しちゃおっかなー」とか言ってしまいそうだ。ちょろすぎるだろ俺。
しかし案の定、春日井は口を開くことも無い。
なんだか目の前の場面を見ているのが辛くて、代わりに俺が言葉を発していた。
「おい、春日井」
「…………」
「いいんだ陽斗。いまは俺が話してるから」
強い語気でそう言われた。なるほどそうですか俺はお邪魔ですか……。
除け者扱いされたのでちょっぴり凹んでいると智也が再び動いた。
「美咲。疑わせるようなことをして悪かった。反省してるよ」
「……何を?」
「美咲を困らせたことだ」
春日井の問いに答える智也。だがその後は再び沈黙。
空気が張り詰めて呼吸がし辛い。お、俺お邪魔みたいだから今日は帰っていいかな……?
この部活では、部長たる加納から帰宅指示が出ないと部室から出られないという帰宅許可制がとられている。俺は加納に小さく「帰っていいか?」と耳打ちするが、「ダメに決まってんでしょ」と返事が来たので帰れなかった。ですよね知ってました。……なんでこの部活は帰んの許可制なんだよ。
ていうか、この二人の行く末を見届ける必要は果たしてあるのだろうか。正直俺たち二人は蚊帳の外である。除け者扱いされたし。
そもそもの話、だ。
ここまで来たからには、あとは春日井と智也、二人の問題だろう。
恋愛相談部は任された依頼を遂行し、その結果をしっかりと伝えた。俺たちが部活動として行うべき役儀は果たしている。
俺たちはあくまでも恋愛相談部として、依頼をしにやって来た生徒に寄り添い、必要ならアドバイスを与え、恋愛の悩みを少しでも解消してやることが本分なのだ。
これ以上の干渉は部活の所掌を超える。俺たちは彼らに何もするべきではない。
だから、こうして俺たちは黙って見守るしかないのだ。
例え春日井が理不尽に話を聞き入れなかろうと。例え智也が必死に身の潔白を証明せんと釈明しようと。二人の行く末がどうなろうと。
これ以上俺たちは関われない。俺たちは関わってはいけない。
彼ら彼女らの問題だから、彼ら彼女らにしか解決できない問題だから。
それでも……。
「美咲、頼む、分かってくれ」
「…………」
張り詰めた空気は一向に解けない。
春日井は聞く耳を持っていなかった。智也は春日井を納得させられるほどの十分な弁明ができなかった。
そこに事実があることに、何となく気付いているはずなのに。
二人はただ冷たい空気の中で、繰り返し沈黙を続けるしかなかった。
そんな様子を見たとき、俺は初めて、加納の言った『春日井は誰にも止められない』という発言の意味を知った。
二人の方を見る。この空気の元凶は春日井だ。
春日井は智也のいうことに耳を貸さない。頑として自分の主張を沈黙で貫いている。
その沈黙を打ち破るほどの決定的な何かが無ければ、智也は彼女に何を言ったところで無駄なのだと分かった。
俺が分かったくらいだ。智也はとっくに気付いているだろう。
春日井のことを知っていれば知っているほど、この沈黙が指し示す意味は簡単に分かるはずだ。
時間だけが、過ぎていく。
もう智也も声に出すことは諦めてしまい、ただ春日井に視線を送るだけになっていた。
何分も互いにそうしているのを見て、遂に俺は最悪の結末が彼らを待っているのではと気づいた。それは、あまりにも脆くて、儚くて、哀しい末路だった。……いや。
いや、そんな結末では……。
「美咲、もういいでしょ?」
その時。
膠着した空気に光が差すように。透き通った声が響いた。




