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もう一つのヒント

 



 もう一つのヒント。それが犯人特定につながる鍵。




 俺は先ほど加納に、手紙から読み取れるヒントは二つあると告げた。今説明したことが一つ目。そしてもう一つ。俺が鳴海を犯人だと思う証拠が、この手紙にはあるのだ。




「結論から言えば、俺がこの手紙を鳴海の自筆によるものだと気付けたのは、この字(・・・)を見つけたからなんだ」


「……字?」




 俺は手紙を机の上に置き、ある文字を指差してみせた。加納が疑わしそうな表情を滲ませながら俺に近寄る。再接近し、加納が長い髪をかき上げたその瞬間、フローラル系のいい匂いが鼻腔をくすぐる。ふと顔を上げると、そこには加納の端正な顔が視界に飛び込んできて…………いや。いいから。いらないから。こんなときにラブコメ要素とかいらないから作者。




「どの字よ」


「この字だ。今俺が指してるだろ」




「…………?」




「……え。嘘。もしかして読めないの?」


「読めるわよ! 『問題もんだい』でしょ! アンタの指がかかって分からなかったの!」


「……そんないちいちキレんなって。ストレス抱えすぎだろ。あんまりイライラしてるとお肌に良くないぞ」




 なんて言って場を濁してみせるが、およそ芸能人レベルの顔立ちをもつ加納にとって、今の指摘は完璧に余計なお世話だと気付いた。


 一般に俺たち思春期の年頃は肌トラブルやらなんやら抱えがちだが、加納のご尊顔を見ると、完全にそういった悩み事とは無縁なように思われる。きっとストレス管理とかお肌のケアとか、ちゃんとしているに違いない。だから俺の注意は野暮である。……いやしかし、このウンチみたいな性格でなければ、加納の肌はより透明感あるものだったに違いないと、そんなことも思った。うん。もはや透明すぎて視認できないレベルだっただろう。




「……なに黙ってんのよ」


「あぁ悪い。考え事だ。お前がこうやって俺の目に見えているのは、むしろお前にとっての贖罪だったのか、と思ってな……」


「何言ってるのか全然分からないんだけど……」




 そりゃそうだ。分からなくて当然。俺も何言ってんのかよく分かんねぇし。


 んなことよりこの手紙だ。




「それで? この字が何なの?」


「注目すべきはこの『問』の字だ。これはいわゆる略字ってやつだな」


「……略字。あぁ」




 加納が少し驚いたような声を漏らす。ほぉ、意外にも気付かないものなのか。




 略字とはご存知の通り、本来の漢字から点や角などを省略して簡略した字を表す。特に門構えをもつ漢字や『第』といった文字に対して使われる傾向にあると思う。




「俺は最初、この略字には気づいたが別に気に留めることはなかった。……でも冷静に考えればこれはヒントになり得る」


「……確かに、この書き方をする人って、意外と限られるわよね」


「それだけじゃない。これは俺たちへの脅迫文だ。メモ書きとかそういうのじゃない。オフィシャルな文書でこの字を使っていることが、大きなヒントになると考えたんだ」




 日本語というか、漢字というのは本当に難しいもので、こういう簡単な表現方法を覚えてしまうと多用してしまうことが多々みられるという。俺も小学生のとき、こっちの字でいいじゃんとイキって略字を頻繁に使ったことがあったが、先生によく怒られたものである。正しい漢字が身につかないからやめなさいと、こっぴどく叱責されたものだ。その先生が「完璧」っていう字を「完壁」って書いてたの、俺は未だに許してないけど。




 無論、試験やフォーマルな文書内でこの記法を用いることは避けるべきだろう。しかし略字を使うことに慣れてしまっている人は、注意を怠ってこの字を書いてしまうこともあるらしい。そういう話を知っていたから、俺はこの可能性に気づくことができたのかもしれない。




「だから俺は、鳴海にある罠をしかけた」


「……罠?」


「一日目、恋愛感謝祭の宣伝をするために俺たちはプラカードを作ることにした。その宣伝文は鳴海に書いてもらったんだが、文章の中に『開催』って文言を入れたんだよ」




 なるべく怪しまれぬよう、確か俺は自分の書く字が汚いからと適当な理由をつけて、鳴海にプラカードの文面を書くよう依頼したのだった。


 加納は少し考え、それから何かに気付いたように声を漏らす。




「……門構え?」


「あぁ。結果はドンピシャだった。鳴海は『開』の文字も略字を使って書いたんだ」




 そして俺はその瞬間に全てを悟ったのである。




 それは少なくとも今回の事件において、鳴海は関係者であることに気付いたからで。




「偶然という可能性もあると思う。略字を使っている奴なんて他にもたくさんいるからな。……でも考えてみろ。誰かに充てる手紙や宣伝用のプラカードみたいな、およそ自分のメモ以外の用途で略字を使う人は限られてくるはずだ。行儀が悪いっていうと変だが……まぁ、あまり褒められるようなことじゃないからな。大抵の人は敬遠する」


「……」


「でも現に鳴海はこの字を使った。そして、そのプラカードに書かれた字と手紙の字を照らし合わせて、筆跡も大体一致していることも確認できた」




 思えば、鳴海が犯人だと知り得るヒントは散りばめられていたと思う。


 例えば鳴海の挙動。文化祭が始まる前からどこかぎこちなかったように感じる。俺が不自然だと感じていたくらいだ。加納なら真っ先に鳴海の胡乱さに気付き、真相に辿り着いていたに違いない。




「アンタは、じゃあ……」


「あぁ、そうだ」




 ここまで状況証拠を見せつければ、加納も否定することはあるまい。


 互いに息を呑むような張り詰めた空気の中、俺は徐に口を開くのだった。






「——文化祭一日目の時点で、俺は鳴海が犯人だということに気付いていた」

 


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