明かされる動機
今までにない反応だった。
大きく目を見開き、安城先輩はまるで魂が抜けてしまったかのように、呆然とその場に立ち尽くしている。
その反応がどういう意味を示すのか、考えるまでもない。
「……はははっ」
そして乾いた笑い声。歓声と重なり、ほとんどその声は聞こえないけれど。
安城先輩は弛緩し切った表情を見せ、俺に笑みを見せた。
「すごいなぁ。柳津くんは。よく分かったなぁ」
安城先輩は感心したという様子で、遂には小さく拍手をする。
この状況はどうもバツが悪いので、俺は続きの考えを話すことにした。
「——会長にお会いしたんです。お化け屋敷の中で」
これは昨日のことだ。加納と一緒に伏見を追うためお化け屋敷の中へと入ったときのこと。
そこで俺たちは、雪女の格好をした知立会長と出会う。
「そこで聞いたのは、知立会長が大の被服好きだということでした。彼女は雪女の格好をしていましたが、その自分の衣装も手作りしてしまうくらいで、技量はなかなかのものだと感じました」
素人目に見ても、会長の腕前が相当なものだということは分かった。あのきめ細やかな柄と、雪女を体現したかのような直感に刺さる衣装のデザインは、並大抵の高校生では再現できないと思う。
「そこで会長は言っていたんです。本当はもっと被服に費やす時間が欲しいと。家では時間が取れないから、部活にでも入れば解決するのではないかと……。実際、会長は今年から手芸部に入ろうかと思っていたようです。でもその夢はついぞ叶わなかった。会長は生徒会長に抜擢され、とても部活をする時間が確保できなかったんです」
生徒会長という立場がどれほど忙しいのか、もちろん一般生徒たる俺が知る由はない。
しかし例えば、千姿万態の部活動が跳梁跋扈する如く犇いているこの文化祭——そんなイベントを取り仕切らなければならない役回りが生徒会長だと考えれば、その責務と仕事量は相当なものだと想像できる。
会長が手芸部に入部することは難しくなかったはずだが、きっと部活動に割り当てることができる時間は限られてしまうのだろう。だから知立会長は手芸部には入らなかった——
「そして安城先輩が手芸部に入ろうとしたのも同じ……今年からだったはずです。それに気付いたとき、一つの可能性が頭に浮かびました。——安城先輩は興味がないのに手芸部に入ったわけではない。知立会長が手芸部に入部するかもしれないと聞いたから、先輩も手芸部に入ったのではないかと」
生徒会長選挙は例年学期末に行われるはずだから、前期生徒会長選は三月くらいだろうか。他の新人と一緒に入部する方が都合もいいだろうから、手芸部への入部は四月を考えていたはずだ。となると、会長の当選から部活動入部まで時間はほとんどない。
これが意味することは何か。
「安城先輩は手芸部の入部を決めていた。しかし知立会長は生徒会長に当選したことで、部活への入部を断念してしまう……。それを後で知った安城先輩が一人だけ手芸部に入部する形となった。それでも先輩が手芸部に残っているのは、会長が編み物好きであり、繋がりというか共通点を作ることができたから……。予想でしかありませんが、俺はそう踏んでいます」
安城先輩が手芸部に残り続けている理由は、会長との接点が増えることにあるのだろう。でなければ会長が部活に入らないと知った途端、安城先輩も部活を辞めてしまえばいいのだ。二年生である安城先輩に、入部義務は無いのだから。
「——もう一つ、安城先輩と会長のつながりを示すものがありました」
そして、俺が気付いたことは今の話だけでは無い。
他にも気になった点はあったのだ。
「つながり? なんやそれ」
安城先輩が頭の上にハテナを浮かべる。
「あだ名です。……安城先輩のではなく、安城先輩が誰かを呼ぶときに使っているあだ名です」
「はぁ。私が使う、あだ名?」
——そう、あだ名。
もう一つのヒントはそこにある。
安城先輩本人もおそらく気付いていないであろう、ごく簡単な心理的証拠だ。
「安城先輩はいろんな人をあだ名で呼びますよね? ……たとえば鳴海のこともあだ名で呼んでいたと思います」
「あぁ。そうやな。あだ名の方が呼びやすいし」
「えぇ。俺との初対面のときも、先輩は俺にあだ名を付けようとしてきたくらいです」
「そうやっけ?」
「そうです。危うく『ふ○っしー』みたいな名前をつけられるところでした」
本人は若干忘れているみたいだが……。文化祭前日のこと。先輩と遭遇した俺は、挨拶早々ヘンテコなあだ名を付けられそうになったという話だ。湯婆婆の方がまだネーミングセンスあるなぁとか思ったので、俺は今でも覚えている。
「全然覚えてないなぁ……。それがどうかしたん?」
「いや。別にどうもしません。……ただ、先輩はそういう距離の詰め方をする人なんだと思っただけです。実際昨日も加納と会ったとき、初対面でドラ○もんみたいなあだ名を付けようとしてましたし」
「あぁ。そうやねぇ。——琴葉ちゃんの方は覚えてるわっ! はははっ!」
先輩が気持ちのいい笑い声をあげる。……そうですか。俺との出会いは覚えていませんかそうですか。
まぁ先輩が昨日のことを思い出してくれただけでも上等だろう。俺は話を続ける。
「先輩は他にも、伏見のことや田神のことをあだ名で呼んでいます。生徒会の仲の良さ、そして先輩の性格を考えれば必然とも言える結果でしょう。……でも、一人だけあだ名で呼ばない人がいますね。……会長です」
安城先輩は知立会長を『会長』と呼ぶ。生徒会メンバーの中で唯一、知立会長にだけはあだ名を使っていない。
「覚えていますか? 文化祭一日目、俺たちがプラカードを作る用具を生徒会へ探しに来たとき、先輩は会長に連絡をとってくれました。気軽に会長へ連絡を取れる仲です。そんな先輩が、知立会長のことだけは『会長』としか呼ばないことに、どこか俺は引っ掛かっていたんだと思います」
会長と安城先輩の仲の良さまで窺い知ることはできないが、二人の関係が決して悪いものでないことははっきりしていた。電話の際も安城先輩は笑顔を見せていたし、同性で同学年、生徒会という仲間の一員である会長のことを、安城先輩が邪険にするはずもないだろう。
「そして対する会長は、自分のことを『会長』としか呼んでくれない友人関係に悩みを抱えていると、そんなことを口走っていました。自分のことをあだ名で呼んでほしいと、他ならぬ本人が言っていたんです。そしてその悩みを特に隠しているわけでもない。であれば、安城先輩もその悩みは知っていたはずでしょう」
こちらも一日目、会長と田神の二人に会ったとき。会長はそんな心配事を漏らし、傍にいた田神は苦い顔をしていたのだった。後輩である田神が知っている事情だ。当然、安城先輩が知らないはずもない。
「ではなぜ会長のことを先輩はあだ名で呼ばないのか? ……その答えを俺は知り得ません。推測でもいいのなら、それは『気持ち』の問題だと思います。うまく説明はできませんが、会長に対して『特別な気持ち』を抱いていた……。そう考えれば、今回の事件の動機にも説明がつくとは思いませんか」
安城先輩が知立会長に何か特別な気持ちを抱いているのだとしたら。もっと言えば『嫌われたくない』だとか『自分の気持ちを悟られたくない』だとか、そういう思いがあったのだとしたら。安城先輩が会長のことを気楽にあだ名で呼べないことにも納得がいく。
「そして最後に、昨日のことです」
静かに話を聞き続ける安城先輩を前に、俺はもう一つの気付きを話す。
「伏見の話題が上がったとき、先輩はこう言ってましたね? 『あいつもかわいそうだ』と。……俺はこう思いました。あぁ、この件で伏見以外に憂いを覚える人間がもう一人いるんだなと。そしてそれは、他ならぬ安城先輩自身のことだったんですね」
全てを話し終え、俺はようやく息をつく。
自分が行き着いた答え、その全てを彼女にぶつけた。
少し話し過ぎてしまっただろうか。途中からは先輩の相槌も待たずして話していたような気がする。
それでもいい。今この場で俺がすべきことは果たしているはずだ。
前を見る。安城先輩はやはり微笑を浮かべるだけで、真意など汲み取れそうもない。
俺ができることはここまでだから——
だから——
「……そうや」
喧騒の中で、小さな声が耳に入った。
それは、諦めから漏れ出る言葉のように。
どこまでも、どこまでも、小さく。
今すぐにでも、崩れてしまいそうな言葉だった。
「……私がやった。——私が君たち恋愛相談部を脅迫した犯人や」