表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

255/291

舞台袖の対峙




「……脅迫状?」






 俺の目の前——安城あかね先輩は少しも驚いたような表情を見せず、その場に佇んでいる。






 彼女をここへ呼んだのは俺だ。もちろん要件などは何も説明していない。ただ話したいことがあるからと、恋愛感謝祭が催されるこの場所、この時間に来るよう誘ったのだ。




「はて、何のことや?」




 笑みを浮かべている先輩。当然と言えば当然。分かりやすく惚けて見せる。




「恋愛相談部に送られた脅迫状のことですよ。恋愛感謝祭を中止しろという内容の便箋が目安箱に入れられていた……。これは安城先輩の仕業ですよね?」


「……あぁ。柳津くんたちがもらった脅迫状のことやね?」




 安城先輩は生徒会メンバーだ。今回の事件のことを知っている数少ない情報共有者。諸々の説明は不要だ。




「そのことねぇ。……それがなんで私の仕業ってことになるん?」




 俺は順に、彼女が犯人だという証拠を説明することにした。




「……今回の一件。犯人は手紙の中で、恋愛相談部に『恋愛感謝祭』の中止を要求していました」


「そうらしいなぁ。私は直接その手紙までは見てへんけど」


「はい。まずここで引っかかったのは、犯人が『恋愛感謝祭』のことを知っていた点です」




 俺は先輩の表情を窺いながら、慎重に話を進めていく。




「ご存知の通り、忠節高校文化祭は、当日まで文化祭の内容を非公開にしています。文化祭が始まるまでは企画名すら公表しない徹底ぶりです。そんな文化祭を取り仕切るのは生徒会。……安城先輩含め、生徒会のみなさんはさぞ苦労されているでしょう」




 安城先輩が小さく笑みを見せたのを確認して、俺は続ける。




「それは逆に言えば、生徒会だけが、文化祭の企画を事前に知り得る唯一の団体だということです。脅迫状にははっきりと『恋愛感謝祭』と書かれていました。俺たち恋愛相談部以外に『恋愛感謝祭』と言う名前を知り得たのは、文化祭を取り纏める生徒会以外にあり得ないというわけです」


「……なるほどなぁ。だから私は容疑者になるってことやなぁ」




 本当にわざとらしく、安城先輩が感心したような声を出していた。まるで俺がこれから喋ろうとしていること、そのすべてを先読みされているかのような、そんな感覚だ。




「でも生徒会は四人いるで。なんで私だって言い切れるん?」


「はい。問題はそこです。企画名のことに気付けば、犯人は生徒会の誰かというところまでは絞り込める。……けれどその先には、なかなか辿り着けなかった」




 これまでの推理においても、容疑者を生徒会のメンバーに絞ることはできていた。たったの四人。生徒会の誰かということは分かっていたのだ。






 それでも突き止めることには難航した。それはなぜか——






「理由は単純です。犯人がそれ以上のヒントを出さなかったからです」


「……ヒント?」






 安城先輩が尋ねる。




「犯人はこんな脅迫文まで用意していたんです。その願望の強さといったら相当なものに違いありません。まるで絶対に恋愛感謝祭を止めたいという意志さえ感じました。……だから俺たち恋愛相談部は、犯人を焚きつけるために、犯人の意志に背く形で企画の宣伝を強行しました。つまるところ犯人が焦るのではないかと考えたんです」




 それは一日目、鳴海と一緒に宣伝活動を行ったときのこと。人通りの最も多い渡り廊下での宣伝。それなりに人目はついたはずだった。




「犯人が俺たちの行動を見れば、きっと焦りと怒りを覚えて追加の声明を出すに違いない。少なくとも何らかのアクションがある。そう思っての行動でした。……でも、犯人からの連絡はなかった。何も音沙汰なかったんです。……おかしいと思いましたよ」


「……」




 まるで自分が気付いたかのように喋らせてもらっているが、これは弥富の気付きだった。あいつがいなければ、そもそも思いつきもしない着眼点だっただろう。


 安城先輩は沈黙を続けている。見れば段々と表情が陰っているのに気付いた。


 しかし俺は、ここで口に出すことを止めるわけにはいかない。




「もちろん、犯人が尻尾をだすという確証はありませんでした。犯人がわざわざ追加で声明を出すのはリスキーでしょうし、俺たちにヒントを与えてしまうきっかけになるかもしれない」




 用心深い犯人なら、なるべくヒントを与えたくないと思うかもしれない。だからこの状況には一定の説明がつくし、違和感はあれど決して不思議なことではないと考える。




 しかし俺は、犯人が連絡を寄越さないのは別の原因だと踏んでいた。




「——でももし、そこに犯人の動機が隠れているとしたら?」


「……動機?」


「はい。俺はこう思ったんです。——犯人は恋愛感謝祭を止めたかったんじゃない。恋愛感謝祭を止めたいという意志を、ただ『伝えたかっただけ』なんじゃないかと」






 そこまで告げたタイミングだった。




 再びステージの方から歓声が上がる。




 俺たちの会話など、簡単にかき消してしまうほどの声量。予想に反して恋愛感謝祭は盛況振りを見せているようだ。さすがに安城先輩と対峙してから様子を窺い知ることはできていないが、加納のアナウンスを聞く辺り、早くも一人目の相談者が決まったらしかった。




 安城先輩もまた、俺だけでなく壇上の模様が気になる様子だ。俺の方を見たり、あるいは壇上の方を見たり、視線が忙しい。




 一通り歓声が落ち着いたところで、俺は咳払いを挟んでから続ける。






「……回りくどい言い方でしたね。端的に言えば、犯人はこの恋愛感謝祭が開かれるか開かれないか、最後は運命に任せたということです。自分はあくまでも反対の意思を示しただけで、決して企画そのものまでは完全に否定したいわけではなかった。もっと言えば、恋愛感謝祭が行われて、その結果がどうなろうと、それを受け止めるつもりだったんじゃないかと」






 つまり、今こうして恋愛感謝祭が執り行われているのは、他ならぬ犯人の意思による結果だということだ。犯人が本気でこの企画を潰さなかったからこそ、俺たちは無事に自分たちの企画が出来ている。




「そして、恋愛感謝祭を止めたかった理由。これは明白です。……あの知立会長と田神副会長が恋愛感謝祭に参加する予定だったからです。容疑者が生徒会に絞られている以上、このことは無視できません。そしてもし、この二人がくっつくのを止めたいと思うのであれば、今回の事件を起こす十分な動機になり得る」




 小さく息をつき、俺はここまでの長話をまとめる。




「要するにこういうことです。——犯人は会長と副会長が付き合うことを止めたかった。そこで脅迫文を使って恋愛感謝祭を止めようとした。……しかし、企画を完全に止めるつもりは更々なかったんです。恋愛相談部や会長たちに事の成り行きを全て任せ、結果がどう転ぼうと覚悟の上で自身は見守ることにしていた」




 安城先輩は一向に口を割らない。黙って俺のことを見るばかりだ。


 その視線。真っ向から対峙して思う。……相変わらず感情の読みにくい人だと。


 普段彼女がハイテンションのときにも感じていたことだが、この人はつかみどころのない人だと思う。今まさに沈黙を貫いている安城先輩は、いつもの面影など微塵もないような静かな気迫を纏っているかのようだ。不安を覚えるほどに、安城先輩の心中を察することが難しい。




 だから俺にできることは、ただ推測の域を出ない言葉を並べることだけのようで。




「傍から見れば、中途半端な犯行のようにも見えます。でも犯人の気持ちになってみれば、こんなことをする動機も分かるというものです」


「…………どういうことや?」


「簡単ですよ。犯人は会長と副会長がくっついたとしても、それはそれで良いと考えていたんです。二人のことを祝福したいという気持ちも大いにあったという、ただそれだけのことですよ」


「…………」




 安城先輩が押し黙る。何か思うところがあるのか、顔を少しだけ俯かせる。




 頃合いだと判断し、俺は事の結論を述べた。






「だから脅迫文は文化祭の準備期間だけに送って、当日には送られなかった。そして犯人は会長と副会長以外であることも明白です。となると犯人は——」








 一呼吸おき、ちょうど顔を上げた先輩と視線が合う。








 どこまでも、まっすぐな視線だった。








「——安城先輩。あなたしかいないんです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ