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恋愛感謝祭








——そうして、舞台の幕が上がります。







 





 ——どっと歓声が沸いた。






 まるで地響きのような声援。鼓膜を劈く黄色い声。




 事前のアナウンスも何もなかったから、突然の歓声に俺は驚いた。ふと舞台の方を見れば加納が我が物顔でステージ上を堂々と闊歩しているのが見える。










 恋愛感謝祭が始まったようだ。










 スポットライトをこれでもかと浴び、俺含め体育館にいる全員の注目を集めているであろう加納は、ステージ中央に立つと、観客に向かって軽く一礼をする。




 加納が演台(俺がほとんど作ったダンボール製のやつ)の後ろに着席すると、続いて入場するは、加納一味の愉快な仲間たち。鳴海莉緒と弥富梓である。


 途切れることのない声援に包まれながら、二人は恥ずかしそうにステージ上を歩いていた。俺があの場にいたら恥ずかしさのあまり気絶モノだろうが、二人は何とか正気を保っているようだった。すごいなあいつら。


 鳴海と弥富がパネラー席に座り、最後に姿を表したのは可児先生。先生は対照的に堂々とした入場だった。眉ひとつ動かすことなく、緊張など一切感じさせないポーカーフェイス。颯と歩き、俺が座る予定だった弥富の隣に座した。


 さすがにその時だけは、観客席からの声援も戸惑いの声に変わる。『えっ、可児先生?』『なんで?』『可児先生が恋愛相談するのか? マジで?』的なざわつきが会場を支配していた。……そりゃそうだよね。ギャップがやばいからね。あの可児先生が恋愛相談に参加するだなんて、にわかには信じ難いと思う。




 全員の入場が終わり、加納が司会席のマイクを手に取ると、アナウンスを始めた。






「——はいっ。みなさんこんにちはっ。恋愛相談部の加納琴葉です!」






 元気溌剌な透明感のある声。爽やかに加納の声が体育館の中を駆け抜ける。




 次の瞬間、まるでその声に看過されたかのように、観客の雰囲気は再び活気あるものに変わった。加納への声援が大きな波のように押し寄せる。……すごい歓声だ。舞台袖にいる俺でさえ耳を塞ぎたくなってしまうレベルの音圧だった。




「みなさん、盛り上がってますかぁぁぁ!」


「——うぉぉぉぉぉぉっ!!!」




 そして加納の扇情を契機として、まるで火がついたように、大歓声が上がった。


 まだ初回の挨拶というほどのこともしていないのに、この盛り上がりっぷり。これから何をするのか観客たちも知らないはずだが、これだけ彼らを焚き付けることができるのは、もはや加納の才能と言えるのかもしれない。




 よく分からないことに関心していたときだった。








 ——背を向けている方に人の気配を感じる。








 明らかな予感だった。








「…………っ」








 心臓が跳ねるように律動する。ドアの開閉音。そしてこちらへと向かう足音。……なるほど。早くも俺にも出番が来たらしい。




 ここは体育館舞台袖。今まさにステージ上で催しが行われているのだから、関係者でもない限りこの場所へ足を踏み入れるのは憚られるだろう。観客が勢い余ってここへ侵入してきたと考えるのも不自然だ。さすがにそこまでバカな暴徒は居ないと思いたい。




 となれば、やってきたのは『俺がここへ呼んだ張本人』と見て間違いない。




 振り返る。もうその人は視界に入るところまで来ていた。








 ——お互いの視線が合う。








 この沈黙に何の意味があるのか、俺には分からない。




 ちょうど背後、体育館ステージではスポットライトを浴びた恋愛相談部のみんながこれでもかというほどの盛り上がりを見せている。対してこちらは静かな駆け引きだった。どちらから口火を切るのか、そしてどうやって話を進めていくのか、今はそんなことを考える時間のように思えてならない。






 ——先に口を開いたのは向こうの方だった。






「こんにちは」






 少し笑みを滲ませた表情。


 その表情の裏に潜む心情を、俺は計り切ることができない。






「盛り上がってるね、恋愛感謝祭」


「……みたいですね」




 同調すると、その人は俺を揶揄うようにして続けた。




「良いの? 柳津くんはあそこ・・・にいなくて?」


「……あいにく、俺は人の注目を浴びるのが苦手でして。あいつらみたいに喝采を浴びるのは慣れてないんですよ」


「へぇ?」


「あと、恋愛相談も苦手です。だから辞退しました」




 そう言うと、彼女・・は笑いを堪えきれないようにして吹き出した。




「——はははっ、恋愛相談部なのにっ?」


「まぁ、アレです。こういうのは得手不得手ってやつですよ。俺はあくまでも裏方役なんです。人前に立つような柄じゃない。ただそれだけです」


「へぇ……?」




 訝るように彼女が俺を見る。それはまるで何かを試しているかのようで。


 これまで彼女と会った時には感じたことのない不安感が、胸の中を渦巻いている。




「——だから、ここにいると?」


「まぁ。理由はお察しの通りですが……」




 駆け引きは苦手だ。あんまり探り合いを続けていると俺の方が泣きそうになってしまう。早い話、要件をさっさと済ませたい。






 俺は彼女を見据えて——










 そして、尋ねる。


















「——恋愛相談部に脅迫状を送ったのはあなたですね。……安城先輩」


「…………」


















 静かに俺たちの視線が交わされて。






 傍ら、ステージの方から一段と大きな歓声が聞こえた。


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