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三日目:弥富梓と鬼ごっこの終わり

 



 うまく言葉には出来ない。




 しかし、それは不意な気付きでしかない。




 どうしようもなく強烈な違和感。そして疑念。引っかかりとでも言うべきか。


 頭の中で色々な思考が為されるが、そのどれもがしっくりと来なかった。だから俺は今の瞬間、違和感を覚えたのだろう。




 俺は弥富に問う。




「……その話、加納から聞いたのか?」


「えっ……。あぁはい。そうですけど……?」


「いつだ? いつ聞いた?」


「えっ……。確か、昨日ですけど……」




 俺の声音の変化に驚いたか、弥富が戸惑ったような様子でいる。


 弥富は加納から遠隔操作に関する話を聞いた。……俺もだ。俺も加納から同じ話を聞いている。全く同じ内容の話だ。……これは偶然だろうか?




「…………」




 いや、それはきっと偶然で片付けられる。他ならぬ恋愛相談部が狙われた事件についての考察だ。加納が同じ部員である俺と弥富それぞれに自身の考えを共有する可能性は極めて高いはずだ。


 加納はああ見えて情報共有を欠かさない人物である。これまでの恋愛相談においてもそうだった。ラ○ンのグループは蚊帳の外でも、重要な情報については俺も交えて議論していたと思う。……うん。いや。ラ◯ンも同じグループに入れろよって話なんですけど。




 であれば違和感の根源は何か。俺が加納からこの話を聞いたきっかけを思い返す。








『——ふん、実は気付いちゃったのよねぇ』








 ……確かそんなような言葉だったと思う。加納の方から俺はこの話を聞いた。それも自身ありげに、向こうから勝手に喋り出したような記憶がある。




 この話を聞いたとき、少しおかしいとは思ったのだ。同封されていた写真を見たとき、誰だってこの写真が撮られたのは遠隔操作による盗撮だとしか(・・・・)思えないからだ。——そりゃそうだろう。恋愛相談部の部員が盗撮された写真なのだ。あの画角からあんな決定的な瞬間を撮影するには、遠隔操作による手法でしか叶わないはずなのだから。




 そんな分かりきったことを、当然に思いつくことを、あいつは俺に話した。まるで妙案でも思い付いたかのように。……自身ありげに。堂々と。




 だからあの日、俺は加納に言ったはずだ。この話を鳴海や弥富にわざわざ言う必要は無いと。当たり前すぎてみんな気付いているから、話す必要はないのだと。そう忠告したはずだった。




 しかし、加納はこの話を弥富にもしているというのだ。あまりにも当然で、あまりにも論を俟たない話である。……わざわざこんな話を自身満々に言うだろうか? 少し考えれば、誰だって思いつくような話だというのに。




 弥富はこの話を昨日聞いたと言った。俺は文化祭が始まる前に加納から聞いたのだから、時系列で言えばその後のことになる。俺がわざわざ言わなくてもいいと忠告した話を、弥富に話したというのか……? しかも昨日に?




 では何か。加納がバカだという説はあり得るか。……いやまぁ。そりゃあり得る話かもしれない。実際あいつは時折バカなんじゃないかと思うことはある。決して可能性はゼロではない。




 しかし、この加納の行動には意味があると思えてならない。そこには『わざとらしさ』さえ窺える。どうしても加納にはこの話を弥富にも伝えなければならなかった理由があるとでも言いたげに。




「なんでわざわざ、こんな話を弥富にも……」




 恋愛はからっきしでも頭はキレる加納だ。伊達に成績優秀ではない。あいつの精一杯の推理がこの程度とは到底思えなかった。



 だから俺はこの話を聞いて違和感を抱いた。……そして今もだ。




 なぜだ……。なぜ加納は……。






 なぜ……。










 …………。












 …………。












 ——もしかして。












 ……………………そうか。












 ………………………………『守りたかった』のか?












 他ならぬ『あの人』を。そして、これ以上壊さないために……?












 そうか。だから——












 だから、あいつは——












「…………ハルたそ?」






 弥富の気にかける声。もちろんその声は聞こえていた。




 俺は弥富の方を一瞥することもなく自分の思考に溺れている。今この瞬間だけは、自分の心の底から湧く感情と向き合いたかったのだ。








 ——ではそのとき、俺はどんな表情をしていたのだろう。








 真実に手が届いた喜び、あるいはその真相に気付いてしまった戸惑い。焦燥や哀惜。または苦しみ。いったいどんな感情が犇めいていたのだろうか。




 それはまるで、小さな悲劇のようで。




 けれど美談のようでもあり、儚い青春のようでもあり。




 まさに、甘い毒とでも形容出来得る、そんな真実で……。




「……まだ間に合うな」




 腕時計を見る。ちょうど時計の針は正午を指し示していた。




 恋愛感謝祭まで、まだ少しだけ時間はある。




 恐らくだが、犯人にもすぐ接触できるだろう。問い詰めるだけの十分な証拠もあるし、恋愛感謝祭の邪魔をさせずに解決することも難しくない。俺がヘマさえしなければ、この文化祭は何事も荒立たずに終えられるはずだ。




 であれば、俺が今すべきことは——




「——すまん弥富。俺は恋愛感謝祭には出られない」


「……えっ?」




 弥富が驚いたような声を出した。こちらを不思議そうに見つめている。




「出られないって、どういう……」


「あぁ……。まぁなんだ……。ちょっとした急用ってやつだ」


「うわっ! 絶対嘘だっ!」




 大げさなリアクションをとる弥富。まだ何も説明していないのに絶対に嘘とか言われてしまった。どんだけ信用ないんだよ俺。……それともなに? 『嘘だっ!』って今から俺、こいつに鉈で仕留められちゃうの? ひぐらし展開起きちゃうの?




「いや。本当にやることができたんだよ」




 今は弥富に全てを話すつもりはない。もちろん話せば色々と協力はしてくれるだろうが、事を大きくすることは避けたかった。隠密に、かつ迅速に。決して余裕があるわけではないが、俺一人でこの後は十分対応できると思う。




「参加できないのは分かりましたけど……。じゃあハルたそは不在ってことですか? 恋愛感謝祭のパネラーは、わたしとリオリオの二人だけってことに……」


「いや、パネラーは別の人に来てもらう。俺の代わりだ」


「代わり、ですか……?」




 弥富がうーんと唸りながら呟く。合点のいかない顔をしていた。




「……そんな人、用意できますか?」


「あぁ。お願いすればきっとやってくれる。加納にも事前に報告しておくよ」




 まぁぶっちゃけ引き受けてくれるかは微妙なところだが……。しかし俺の代役に『彼女』以上の適任者はいないと考える。最悪アレだ。土下座して靴舐めでもすればイケるでしょ。たぶん。……靴を舐められるくらいなら参加しますってなるだろ絶対。そもそも靴舐めってマジで誰得なの?




「……本当に、参加しないんですか?」


「あぁ。そうしなきゃいけない用事ができた」


「そう、ですか……」




 弥富が少し寂しそうな声を出す。




 そういえば弥富は、この企画を加納以上に楽しみにしていたんだったか。……なんだか申し訳ないな。水を差すようなことをして。




 しかしそれでも。






 恋愛感謝祭は潰さない。






 そのために俺は真実を突き止める。








 その先に待ち受けている結果がどんなものだとしても、俺はこの企画を守らなくてはならないと思うのだ。




 加納やみんなのためっていうのもあるが、何より自分のためにも。




 これまで守ってきたものを、これからも守り続けるために。






 だから、俺たちの企画は誰にも邪魔させない。






 ——たとえ。








 ——たとえ、その代償に。













 ——他の誰かが大事にしていたものが、失われるとしても。


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