三日目:弥富梓と誰が為の名探偵
「悪かったな伏見……。ちょっと感情的になりすぎた……」
「いや、全然いいよ……。悪いのは僕の方だから」
謝罪すると、伏見は少し力のない声でそう言った。
伏見はこの一件について何かを知っている。しかしその真相を言うことはできない。
その背景に潜んでいるのが、ただならぬ事情であることは、伏見の対応からも間違いないだろう。
そこを詮索し、伏見に全てを問い糺すことができれば良いのだが、そうもいかないと言うのであれば仕方がない。
伏見が犯人では無いという情報が手に入っただけでも良しとする。残る容疑者は限られているのだから。あと数時間のうちに犯人を探り、そして思惑を聞き出すことができれば、きっと——
「犯人が誰なのか、僕からは言えない……」
踵を返そうとしたときだった。
伏見が呟くようにして、そう口にした。
「でも、それは犯人のためなんだ……」
「——犯人のため……?」
俺の問いに、伏見が頷いてみせた。
「……別に口止めされているわけじゃないよ。ただ僕はこんなことをしている人物に心当たりがあって、それに勝手に気付いただけ。……全部僕のわがままだよ」
「それで、名前を言うべきではないと?」
「うん。僕個人の判断だよ。柳津くんたちにとっては身勝手な話かもしれないけど、僕が勝手に名前を言うのは違うなと思っただけなんだ」
伏見はそう言って小さく息を吐いた。まるでその吐息は、伏見の気苦労を表しているかのように思えた。
伏見が沈黙を貫く理由を、彼は『犯人のため』だと言った。まっすぐに俺を見据え、何か覚悟のようなものを持ってそう言っている気がした。
俺と伏見の付き合いはそう長くない。けれど伏見が遊び半分に、あるいは面白半分に犯人に加担するような人物でないことは分かっている。伏見はこの場において沈黙することに価値があると判断して、こうして俺たちと対峙しているのだろう。
ならば、この一連の事件の犯人を解き明かすこと自体が、何かまずいことなのではないかと思った。
それは予感でしかない。もちろんただの推察だ。
恋愛相談部の状況を考えれば、相変わらず俺は犯人を突き止めなければいけない立場であることに変わりはない。
しかし、もし——。もしもだ。
もし、犯人がこのまま沈黙の中に消えていくことが是とされるのなら。
伏見の意思を尊重すべきだと言うのなら。
……俺たちは、犯人を追うべきではないのかもしれない——
「ただ」
そんなことを考えていると、伏見が思いついたように言う。
「……本当は見つけて欲しいのかも」
「えっ?」
伏見が口にしたその言葉。その言葉の意味を解釈できず、俺は聞き返す。
顎に手をやり、何とか言葉にするようにして伏見は答えた。
「いや、分からないけど……。今思っただけなんだけど……。もしかしてあの人は、誰かに自分の気持ちに気付いて欲しくて、こんなことをしたのかな、なんて……」
それは伏見本人も今気付いたような話らしく、彼本人が驚いたような表情を見せていた。
「『見つけて欲しい』……? それってどういう……」
「いや、ええっと。どうなんだろう……。あははっ……、何言ってんだ、僕は」
「…………」
伏見は自嘲するように小さく笑い、バツが悪そうに俺のことを見た。
きっと伏見も今回の騒動の対応には当惑しているのだ。話を聞く限り、犯人は伏見の知り合いと見て間違いないようだし、人には言えない事情も抱えている。……これ以上の質問は伏見を苦しめるだけかもしれないと、俺は思った。
話を切り上げようと声に出そうとしたとき、伏見が再び口を開く。
「——不甲斐なくて本当にごめん……。僕には、みんなを見守ることくらいしかできないみたいで……」
伏見が頭を下げる。突然に伏見が謝罪したものだから、俺と弥富は動揺してしまう。別に俺たちは謝られるようなことをされたわけではないのだが……。
しかし、伏見からしたら犯人に加担しているような行為だと見えるのかもしれない。何も言わないのは独断とも言っていたし、彼が謝罪しているのはこの辺りのことだと察する。
だから、俺は声をかけた。
「いいんだ伏見。顔を上げてくれ。……犯人は俺たちが自力で見つけるからさ。だから心配すんな」
言ってやる。要はアレだ。とどのつまり俺たちが自力で犯人を見つければ良いって言うだけの話だ。元よりそのつもりだし、伏見が謝罪をする必要などどこにもない。
弥富も俺に合わせて、伏見に歩み寄っていた。
「——そうですよ、ふしみん! 元気出してください! このスーパー名探偵ハルたそが、最後には『円環の理』に導いてくれますから!」
「あっ……。う、うん……?」
「何言ってんだお前……」
「——あ、ごめんなさい、間違えました……。『円満解決』でした……」
てへぺろっと誤魔化してみせた弥富。いや、どう考えても誤魔化しきれていない。円環の理て……。そんな言い間違いあるわけねえだろ。お前絶対昨日ま○マギ見てただろ。
「名探偵?」
しかし伏見が気になったのは別のワードのようで。
少し前のめり気味に、俺に質問してくる。
「柳津くんは名探偵なんだ……?」
「……ばか違ぇよ。こいつらが勝手に言ってるだけだ」
変な誤解は御免である。呆れ気味に俺は訂正をした。
しかし、隣にいる弥富が空気を読まない。
「いえいえっ! ハルたそはすごいんですよ〜。恋の謎をビシバシ解決しちゃうんですからっ! まさに恋愛の名探偵って感じです!」
「へぇ……」
「いやマジでお前何言ってんの……? 恋の名探偵なんて初めて聞いたんだが?」
「『真実はいつも一つ』って有名なセリフあるじゃないですか? でもハルたその場合は違うんですよっ。『二股な恋なんて許さねぇ……。恋はいつも一途!』って言ってます。毎日一人で呟いてます」
「そうなんだ……」
「言ってねぇよそんな台詞!」
なんだよその台詞。上手くねえよ。小っ恥ずかしすぎるし、だいたい毎日一人でそんな台詞呟いてんの気持ち悪すぎるだろ。俺のキャラを勝手に捏造すんじゃねえ。
「なら安心だね。柳津くんなら、文化祭を平和に終わらせてくれるかも」
「……いや、今の話のどこに安心要素があった?」
伏見もいいって。話に乗らなくて。……あとちょっと笑いながら言うのやめろ。本当に俺がその台詞言っちゃってるみたいになってるから。痛い子みたいになってるから。
しかしまぁ。なんだ。
俺たちが話している間、伏見はずっと硬い表情でいた。
それが今、こうやって伏見は笑っている。久しぶりに緊張の緩んだ顔を見た気がした。今この場においては、伏見がこうして笑顔でいることの方が正しい気がした。
伏見は何も悪くないのだから……。
「…………さて」
——兎にも角にも、茶番はここまで。
伏見から話は聞いた。あとは俺たちだけで何とかするしかないようだ。
伏見に別れを告げ、俺たちは犯人の影を追う。
——恋愛感謝祭まで、もう時間がない。