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三日目:弥富梓と綻んだ推理

 文化祭三日目。午前九時。




 相変わらず渡り廊下を行き交う人が凄まじい。最終日ということもあるのだろうか。これまでの二日間に比べてさらに人の数が増したようにも思える。


 文化祭スタートの予鈴と同時に、俺は弥富と行動を開始していた。


 今の俺たちにとって時間は何よりも惜しかった。十五時までに犯人が分からなければ、それは俺たちの敗北を意味する。犯人によって脅迫材料がバラ撒かれ、俺たちの社会的抹殺が待っているからだ。そうならないためにも死ぬ気でヒントを探さなければならないのだが、最善手を打ち続けなければ犯人を捉えることは難しいだろう。




 さて、そんな俺たちにできることといえばもちろん——尾行である。というかそれくらいしかできない。……最善手とは。




「で、どうしますか? ふしみんを尾行するんですか?」


「そうだな……。まずは伏見がどこにいるかを探さないとだが……」




 恋愛感謝祭を中止させる動機があり、かつ生徒会関係者である伏見が第一容疑者であることに変わりはない。昨日は丸一日尾行しても収穫が得られなかったが、恋愛感謝祭当日である今日にアクションを起こす可能性は否定できないだろう。他に容疑者がいないのであれば、伏見を引き続き探るのが妥当な戦略と言える。




「でも、本当にふしみんが犯人なんですかね……?」


「それはぶっちゃけ分からん。でもやるしかないだろ」


「うーん……」




 弥富は何かを考えている様子でいた。しばらく腕を組むポーズを取って唸っていた。珍しい。こいつでも考え込むことがあるんだな。


 心のなかで普通にバカにしていたら、弥富が猜疑心を滲ませたような声で口を開く。




「——わたし、犯人はふしみんじゃないと思います」


「……ほぉ?」




 予想だにしない発言が飛び出て驚いた。なんだこいついきなり。俺の推理を真っ向から否定しようってのか。




「ふしみんが犯人だとしたら、こんな回りくどい手は使わないと思うんです。ああ見えてふしみんは真っ直ぐな人です。自分に恋の勝機が薄いからって、こんなことはしないはずです! だからふしみんを疑うのは良くないと思うんです!」


「はぁ。そうなの……」




 よく分からんことを言われたので、乾いた返事をする他ない。疑うのは良くないとか言われてしまった。……うん。まあ確かに。状況証拠だけで伏見を疑い続けているのは、決して良いことではないかもしれない。弥富の言う通りだ。……でも『ああ見えて』とか言ってるお前も大概だと思うぜ?


 人を見た目で判断してはいけない。まさしく至言である。だってそうではないか。伏見は誰が見たって真っ直ぐな男である。はははっ。いや知らんけどさ?


 まぁ同じクラスである弥富にしか分からないことだってあると思う。今の弥富の発言はそれ故のものだろう。そしてそこは俺も認めるしかない事実だ。実際、伏見との交流時間だけ見れば、きっと弥富のほうが長く付き添っているのだから。




「そうは言ってもよ」




 とはいえ、俺は弥富の意見に反論する立場にあった。




「今回の犯人は恋愛感謝祭の存在を前々から知っていた『生徒会関係者』に限られる。これが大前提だ。安城は田神のことを何とも思っていない様子だったし、会長と田神に関しては恋愛感謝祭を中止に追い込む動機さえない。……そうなると、必然的に犯人は伏見である可能性が高いんだよ」


「それは分かってますよ。分かっているんですけど……」




 しかし弥富は譲らないといった様子だ。




「だとしたら、ふしみんは絶対にこの恋愛感謝祭を中止にさせたいはずです。会長たちが付き合っちゃうのを、何としてでも止めたいはずですから」


「だろうな」




 無論である。


 だからこそ、あんな脅迫材料まで用意したのだろう。


 同意の意味で頷くと、弥富は続けて口を開く。




「じゃあこの状況はおかしくないですか?」


「……? おかしいって。一体なにが」


「犯人からのメッセージですよ! 文化祭の前に二通送られてきただけです。……変だと思いませんか?」


「別に何も変だとは思わんが……」




 冷めた返事をすると、弥富が「あーもー」とか言いながらリアルに地団駄を踏んでいた。……ちょっと可愛いなとか思っちゃったが、そんなことはどうでも良く、弥富の言わんとすることを俺はつかめていないようだ。




「じゃあハルたそ。犯人の気持ちになって考えてみてください。私が質問をしますから」


「はぁ」




 なんか知らんが状況を作られていた。漫才みたいな振られ方である。




「ハルたそが犯人だとして、せっかく中止に追い込めそうだった恋愛感謝祭が、実は決行されようとしているのを知ったら、どう思いますか?」


「どう思うって……。はぁ。そりゃ焦るだろうな。あるいは苛立つか」




 犯人の動機こそ分からないが、感情としてはそのどちらかだろう。


 答えると、弥富は言う。




「そうですっ! 犯人はいま焦っているはずなんです! あんな脅迫状を出してまで私たちの邪魔をしたかったのに、恋愛感謝祭は行われようとしているんですから!」


「そりゃそうだな。実際俺たちは宣伝までしてたわけだし……。——あぁ、そういうこと。分かったぞ、お前の言いたいことが」




 弥富に与えてもらった気付き。ここまでの話を咀嚼して整理すると、一つの答えに辿り着く。




 つまり、弥富が伝えたいことというのは——




「お前は犯人からの脅迫が少なすぎる(・・・・・)って言いたいんだな? 犯人はあんな脅迫状を送りつけてきたくらいだ。俺たちが犯人に従わないと分かれば、文化祭中にも脅迫の一つや二つを寄越してくると?」


「はい、そうです!」




 弥富が力強く頷いた。……なるほど。それはそうかもしれない。


 犯人が恋愛感謝祭を中止に追い込みたいという気持ちは本物のはずだ。愉快犯にしては手が込みすぎているし、そもそも生半可な気持ちで脅迫文を出したりはしないだろう。


 では犯人が恋愛感謝祭を是としないとして、今日まで犯人からの連絡が途絶えていることを考えると……確かに違和感を覚える。焦りや怒り、そういった感情は少なからず芽生えているはずで、何らかのアクションがあってもいいと考えるのが自然だ。




「恋愛感謝祭中に犯人が動く……って可能性も低いか」


「はい。犯人の目的が恋愛感謝祭の中止なら、それより前に止めないと意味ないですからね」


「ははぁ。なるほどなぁ。弥富にしては大した推理だ。…………お前本当に弥富か? かしこすぎる」


「弥富ですよっ! なんですか『かしこすぎる』って!」




 驚きのあまり心の声を正直に口にしたまでだが……。弥富は気に食わないといった様子で俺の方を睨んだ。怒った弥富も可愛いですね。小動物の威嚇みたいで。


 しかし弥富の話が本当なら、いよいよ悠長ではいられないらしい。犯人に時間がないように、俺たちにも時間は残されていないようだった。恋愛感謝祭を潰したいのか、潰したくないのか。そもそも犯人は生徒会の中にいるのか。そして犯人は誰なのか……。


 これまで考えてきた俺の推理は綻ぶことになる。犯人は会長と副会長の関係を妬む存在だと思っていた。それはきっと限りなく正解に近いはずで、間違いというほどの推理ではなかったはずなのだが……。




 では、犯人は——






 犯人はいったい何が望みで——






「——あっ!」






 弥富が驚いたような声を出す。




 視界の前方。ちょうど俺たちの目の前に現れるようにして。




 そこには渦中の人物、伏見涼がいたのだった。


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