二日目:加納琴葉と安城先輩の屈託
「ていうか……。柳津くんが何でそんなこと聞くん?」
ふと先輩がそんなことを聞いてきた。
「さっき言ってた野暮用って、もしかしてこのこと?」
「……えっ、あぁ、それは」
問われ、俺は答えを詰まらせる。まぁこれだけ聞けばさすがに気にもなるか。安城先輩はわずかに笑っているものの、声音は真剣そのものだった。どうやら下手に誤魔化すような状況ではない。
とはいえその質問に対する答えまで用意などしていなかった。確かに俺が会長たちを探る理由なんてどこにもない。そもそも最近知り合った仲なのだ。そりゃ不思議にも思うだろう。
さて、どうしたもんか……。
苦し紛れに唸っていたときだった。加納が口を開いた。
「……実は昨日、会長と田神くんの目撃情報がたくさんあったみたいで。それで、恋愛相談部にも問い合わせが来たんですよ。『会長と田神くんは付き合ってるのか?』って」
「……へぇ。そうなん?」
「はいっ。だからこれは部活動の調査なんです」
ふーんと鼻を鳴らす安城先輩。加納はニコニコと笑って、そんなようなことを言っていた。
この返しには思わず脱帽。もちろん今のは加納の嘘である。こういう咄嗟の嘘をつくのは加納のお家芸であるが、地頭がいいこともあって嘘のクオリティが高い。さすがとしか言いようがなかった。……お前もう工作員とかになれよ。向いてるぞ。ハニートラップとか得意だし、世界制覇だって夢じゃねえよ。
「……で、どう思いますか実際。二人は交際に発展すると思いますか?」
加納が話を本筋へと戻す。対して安城先輩は返答に窮している様子だ。
「どうやろなぁ……。あぁでも——」
先輩は一呼吸置いてから続ける。
「そういえば……。がーみん、なんか言ってたなぁ。この文化祭で決着をつけるとかなんとか。ちょうどいい舞台もあるから……って」
瞬間、俺と加納の視線が合った。
「——それって」
「——恋愛感謝祭のことか」
頷く。間違いないだろう。
文化祭において、恋愛感謝祭ほど『恋にうつつを抜かせる場』は存在しないはずだ。
田神が恋愛感謝祭での告白を計画していたのであれば、伏見が犯行に及ぶ動機にも説明がつく。恋愛感謝祭を妨害し、二人の交際発展を邪魔することができれば、それは伏見にとって利益以外の何物でもないからだ。
となると、やはり犯人は——
「——なんていうか、あいつもかわいそうになぁ……」
「えっ?」
「……いや。ただの独り言や」
自嘲でもするかのように笑い、手をゆっくり左右に降る先輩。独り言にしては、けっこう思いっきり喋っていたような気もしたが……。何か思うことでもあったのだろうか。
まぁ何にせよ、聞きたいことは聞けたか。生徒会の関係と伏見の動機。おおむね知りたい情報は知り得ることができた。加納に目で尋ねると、『ここはもう退席していい』と目で返事が返ってくる。そうだな。じゃあそうするか……。
立ちあがろうとして、一つ思い出した。
「あ、最後に一つ。いいですか?」
思わず改まった感じになってしまうも、安城先輩は快く首を縦に振ってくれた。そういえば、安城先輩本人のことでも聞きたいことがあったのだ。話が大分まとまってしまったから忘れていた。今さら聞いたところで何にもならないかもしれんが、念のためこれも聞いておこうか。
「もちろん。なんでもどうぞー。……ていうかもう帰るんか?」
「あぁ、まぁ、この後ちょっと、あのっ、予定が、あるので……」
なぜか言葉がぎこちなくなっていた。この後の予定といえば、加納とのうんこみたいな文化祭デートだけである。なるほど。だから予定があることを否定したくなったのだろう。俺の深層心理ってば超分かりやすい。
そんなことはどうでも良く、俺は先輩に尋ねた。
ゆっくりと、目を見据えて。
「——田神のこと、安城先輩はどう思ってるんですか?」
「…………はっ?」
安城先輩にしては珍しく低い声である。
先輩の目が大きく見開かれた。心底驚いているというか、呆れているというか、少なくとも想定外の質問だったのだろう。返事にはしばらくの時間がかかっていた。
「えぇっと……。それはつまり、どういう意味の質問?」
「言葉通りの意味です。先輩が田神のことをどう思ってるのか、知りたいんです」
「どう思ってるって……。いやいや。そんなこと気になるか?」
先輩が訝しむような目でこちらを見る。明らかに警戒されていた。
「……それも、『部活動の一環』ってやつなん?」
「まぁそんなとこです」
「ははっ。んなわけあるかぁ。誰が私の恋愛事情なんて知りたいねんっ」
ケラケラと笑う安城先輩。まるで俺の言ったことが滑稽な嘘だと言わんばかりに笑っていた。まぁ実際俺の言ったことは嘘だし、滑稽なほど下手くそな嘘ではあるが、焦っていた俺はほとんど思考を挟まずに答えるしかない。
「いやいや、めちゃ気になりますよ? だって安城先輩めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。どういう人が好みなのかなぁって全男子が思いますね。あぁそうです! いわばこれは、全男子のための市場調査なんです!」
なんかすげえバカみたいなことを口にしていた。セクハラと言われても仕方ない発言だった。マジで何言ってんだ俺。
しかし、一度開いた口は塞がらない。ここまできたら勢いに任せるしかない。
「それに田神! 田神も恋愛相談部ではよく話題に上がりますよ! なんて言ったってあの塩顔イケメンですからね。それでいてクールだし知的だし気品があるし死んで欲しいしかっこいいですからね!」
「陽斗くん、一つおかしなのがあったよ……?」
おっと、これは失敬。勢いに乗りすぎた。確かに心の声が出ちゃった。反省反省。いやでも。別に私怨ってわけじゃないんだよな。田神に恨みとかねぇし。そもそも田神とはあんま喋ったことすらないし。シンプルに顔がいいから腹立つなってだけ。それだけ。……俺の性根歪みすぎだろ。
「とっ、とにかく! 先輩が田神のことどう思ってるのかを聞きたいんです!」
「はぁ……。そう言われてもなぁ」
なんとか無理やり聞いてみたが、先輩の反応は薄い。
「別に……。好きとかそういうのではないなぁ」
「本当に?」
「本当も何も……。そりゃそうやろ。私とがーみんなんて明らかに真反対の性格やん? どう考えても馬が合わんって」
先輩は苦笑いを浮かべながら俺の方を見ていた。
「そんなこと、ないと思いますけど」
「いやいや、付き合ったら絶対にイライラすると思うわー。それに私、決断力がある人が好きやねん。がーみんみたいなクヨクヨしてるのは、あんまり私タイプじゃないなぁ。ぶっちゃけ『興味がない』のかも」
「はぁ」
「だから、柳津くんの期待する恋バナなんてないで?」
そう言って先輩は大きなため息をこぼし、窓際の方へと歩いていく。俺たちの会話はそこで途切れて、それからしばらくの間、部屋の中はだんまりとしていた。
安城先輩は窓の外を見ていた。今日俺たちがここへ来た時も、彼女は遠くの青空を見ていた覚えがある。しばらく俺も加納も、先輩がそうしているように、遠く彼方をぼんやりと眺めていた。
どこへ向かうでもない風が安城先輩の髪を靡かせている。一瞬見えた横顔は、決して晴れやかな表情とは言えないように思われた。沈黙に耐えきれず、何かを言おうと口を開きかけたそのとき、ちょうど予鈴が鳴った。
「——くっつくのは会長とがーみん。たぶん時間の問題やと思うよ」
言い切るように。断言するように。
安城あかねは、俺たちにそう告げたのであった。