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秘密と疑念

浮気、ダメ、ゼッタイ

「あぁ、気付いてたのか。悪い……。陽斗がこの前貸してくれたゲーム、まだ返してないだろ……。あれ実は失くしたんだよな……」


「そうかそうかやっぱりちょっと待て初耳だぞ」


 おい。


 俺が貸したゲームを失くした? おいマジかよ。




 ――ていうか待て。思い出したぞ。



 あの日。智也が一緒に俺の部活を選んでくれたあの日。お前なんかゲームの話になった途端言い淀んでたな……。なんかすげえ慌てた様子で……。あれってそういう伏線だったのかよ。いらねぇよそんな伏線。分かるかよそんなの。


「マジですまん……。今度買い直すから許してくれ」


「お、おう……」


 予想外のカミングアウトにたじろぐ俺。どうでもいい伏線が回収された。


「……いや、そんなことはどうでもいい。他にだよ。他になんかあるだろ」


「他に、か?」


 俺の問いにキョトンとする智也。思い当たる節が無いと言わんばかりの戸惑った顔をしている。


「隠してることなんてねえぞ?」


「んなわけねえだろ。あるんだよそれがっ! 思い出せこの野郎!」


 この時、ゲームをなくされたショックでちょっぴり苛立っていたことは認めよう。


「……んん、そうだなぁ。考えても思いつかないんだが。というか陽斗はそれが何か知ってるんだろ。お前から言ってくれよ」


「いや、まあそれは、だな……」


 ぐう正論だった。別に俺が隠す必要はない。


 話題は俺から振ってやればいい。それはそうなんだが……。


 でも、これだけは言わせてほしい。


 彼女がいるっていう事を、智也が俺に、智也の口から話してほしかったっていう、そんな友人としての淡い期待があったということをまあ別にどうでもいいんですけどね。


 話が進まないので俺の方から口を切ることにした。


「お前、彼女いたんだな」


「よく知ってるな。どこからその話を――って……。ああ、なるほどな」


 言って智也は何か納得した様子で俺を見る。間をおいてから智也が口を開いた。


「美咲が恋愛相談部に来たんだな」


「おお……。よく分かったな。さすがカップル。愛の力ってやつか?」


「ばーか。違ぇよ。俺の崇高なる頭脳の演算結果だ」


 勝ち誇ったような顔で俺を見下す智也。ちなみに智也はこの前の実力テストで学年四百人中、三百八十九位だったという。何が崇高なる頭脳だ。バカはお前だ。


「それで、美咲が何か余計なことを言ったんだな?」


 智也の質問に俺は口ごもる。


 無言を肯定として捉えたのか、智也は小さくため息をついて「やれやれ」と呟いた。


「美咲が何を相談しに来たんだ?」


「それを答える前に俺はもう一度質問する。なんか隠してることはないか?」


 改まった声で俺は問う。智也は面倒臭そうな表情で俯いた。


 ……そりゃそうだ。智也の立場になってみれば嫌でも気持ちは分かる。自分の彼女が何か余計なことを言って、友人にそのことで糾弾されようというのだ。俺だったら間違いなく煩わしいと思うだろう。「お前には関係ないだろ」と強い口調で跳ね除けるかもしれない。


 だが、智也はそうはしなかった。しばらく考える素振りを見せ、それから大きくため息をつく。表情は晴れ晴れとしていないが、何か絶念するかのようにして言った。


「実は、最近美咲がなんかおかしいんだよな」


「……おかしい?」


「ああ。なんていうか、俺のこと勘ぐってるって言うか、疑ってるって言うか」


「何を?」


「それが分かったら苦労しねえよ」


 智也はそう言って肩を落とす。なんだか草臥れた表情をしていた。


「美咲が俺に何か疑いを持っていることだけは確かだな。あいつとは普通に今もLINEしてるし、喧嘩なんかしてねえけど、美咲は顔に出していないつもりでも俺には分かるんだよ。あいつはなんか俺に言いたいことがあるんだろうなって」


 そこまで言って、智也は座りながら大きく伸びをした。


「んん……。でも、分かんねえわ。結構考えてみたんだけどなぁ」


 そう言って苦笑いを浮かべる智也。そんな姿も相変わらずのイケメンぶりである。イケメンだが、こんなイケメンでも分からないことがあるんだなと思った。


「女心っていうのは分かんねえもんだな。美咲のことは俺が一番よく分かってるって思ってたんだけど。間違いだったよ。俺は何も分かっちゃいないんだ」


 確かに、女心は男には分からないものだという。智也のように気配りができて、みんなからの信頼も厚い男でさえ、男女関係に熟慮し苦悩しするのだ。そんな当たり前のことでさえ俺は分かっていなかったのだと気付いた。


 気付いてしまったからだろうか、少しだけ考えてしまった。


 例えどれだけ誰かを愛していたのだとしても、その人のすべてを理解することなんてできるのだろうか。その人の性格や性質、行動や態度、そして気持ちのすべてを完璧に理解することなど、できるのだろうか……。




 ――いや。そんなことは、できないのだろう。




 自分が一番分かってあげられている、なんていうのはただの傲慢でしかない。


 恋愛はパズルだと、いつかやったエロゲーでそんな台詞があったのを覚えている。不確定極まりない要素でくみ上げられたパズルのようなものだ、と。


 どれだけ慎重に事を重ねたとしても、たった一度のすれ違いが、パズルを崩壊させる危機になりかねない。


 自分が相手のすべてを理解できないように、相手もまた自分のすべてを理解してはくれないのだから。


 そんな、今にも崩れそうなパズルで出来た舞台で、智也は悩んでいる。


 彼女のことを思い、彼女を理解しようと苦しみ、彼女のためにできることを探している。


 目の前で、苦しそうな顔で、笑っている。


 だから確信できた。




 智也は絶対に浮気するような奴ではない、と。




「まあそう悩むな。智也は何も考えずに笑ってた方が、ずっといい」


「……そうだな。陽斗の言う通りだ。それに、せっかくのイケメンが台無しだからな」


「おい」


 こいつは自分のことを自分でイケメンとか言う残念な奴だが、奇しくも良い奴である。

 そんな良い奴が浮気をするわけがない。誰が何と言おうと友人である俺が保証しよう。


 そのために春日井から託された任務、それを果たせば良い。


 俺は小さく笑って、言った。


「実はな、春日井はお前が浮気してるんじゃないかって昨日来たんだ」




「――っ!?」




「……………………え」


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