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二日目:加納琴葉と安城先輩の凡ミス

「昨日ぶりやなぁ柳津くん。えぇーなんで来てくれたん?」


「あっ、いや。ちょっと野暮用でして……」


「そうかそうかー。野暮用とは柳津くんも大変やなぁ。まぁ座りぃや?」




 さて安城先輩はいつも通りのテンションだった。すげえ笑顔だった。よく分からん同情をもらいつつ、俺たちは席をすすめられる。


 生徒会室に伏見がいる可能性も鑑みて此処へとやってきたのだが、どうやら不在のようである。ここには安城先輩一人だけ。昨日の午前中も生徒会室には安城先輩がいたわけだし、この時間はこの人が窓口ということか。




 一番近場の席に腰をかける。


 と、耳をつんざくような声が右方から。






「……そっ、そこにいるのは『加納さんっ』!?」






 何事かと思い、そちらの方に目をやる。


 そこには、キラキラと目の色を輝かせる先輩の姿があった。




「あ、はい……。初めまして……」


「加納さんやっ! 初めて見た! すごっ!」




 両手を口に当てて、絵に描いたような感動の仕方をする安城先輩。加納が戸惑ったような声で応対するも、彼女はますます高揚する一方だ。なんか街で芸能人を見たときみたいな反応をしていた。俺と初めて会ったときより百倍テンションが高い。なんだこれ。なんかムカつくな。


 仕舞いには握手を求めて先輩ぴょんぴょんしちゃう始末。加納琴葉というブランドが、二年生の間にも広く知れ渡っているという証なのだろうか……。そんな良いもんじゃねぇけどな、こいつ。ハイブランドのパチモンみたいなもんだぜ? いやホントに。クーリングオフ発動できるレベル。消費者センター早く対応してくんねぇかなマジで。


 ひとしきり先輩がヒートアップしたところで、俺は先輩に聞いた。




「意外ですね。加納と会うのは初めてなんですか?」


「そうなんよー。実は会ったことなくて……。あっ、今日から『ことえもん』って呼んでええ?」


「えっ。あっ、ことえ……。『ことえもん』はちょっと……」




 加納が苦笑いを浮かべる。微妙な空気が立ち込めた。……まぁことえもんは嫌だよねそりゃ。




「そうかー……。じゃあ普通に『琴葉ちゃん』って呼ぼうかなぁ」




 そう言って先輩は気持ちよさそうに笑っていた。俺のときもそうだったが、この人は初対面の人にあだ名をつけたがる習性でもあるのだろうか。……確か、田神や伏見のことも変なあだ名で呼んでたもんな。それに鳴海も……。——あれ。でもそれってつまり……?




「琴葉ちゃんも座ってー! それで? 今日はどういったご用件?」




 加納が俺の隣に座って、対面に安城先輩が座っていた。ニコニコと笑う先輩が視線を向けるのは俺の方。どうやら話を振られているようである。




 ここへ来た理由——。そうだな。それを話さねばならない。






「まぁ、ちょっとお聞きしたいことがありまして……」


「ほうほう? 何でもどうぞ〜」


「——ずばり、会長と副会長のことなんですけど」




「…………っ」




 先輩の眉がぴくりと動いた。瞬間、視線の圧が変わる。


 けれど俺は、単刀直入に尋ねた。




「——会長と副会長って、付き合ってるんですか?」


「ちょっ——陽斗くん!?」




 加納の焦るような上擦った声。俺は加納の方へ見向きもせず、ただひたすらに安城あかねの表情を捉えていた。


 この質問がカギになることだけは確かだった。生徒会メンバーの人間関係がどう絡んでいるのか、それを把握することが今回の事件解決への近道に他ならない。


 それを証明するかのように、俺が質問をしたとき先輩は明らかに動揺を示したのだ。何かを知っているのは間違いない。今回の一件で俺たちに開示されていない何かしらの情報がある証拠でもある。


 絶対に聞き出さなければならない。それを聞き出さない限り、俺たちに勝機などないのだから。




 しばらくして、先輩は表情を変える。




「…………なるほどねぇ」




 驚きの表情から一変、まるで余裕の笑みにも思える表情を浮かべた先輩に対して、俺は身構えていた。先輩が口を割らない可能性も考えて、続きのセリフを用意していたからだ。


 しかし——




「——いや、付き合ってないはずだよ? まだ今はね〜」


「…………えっ?」




 安城先輩は、あっさりと全てを話し始めた。




「まだ付き合ってないと思うよー。この前もがーみんに聞いたんよねー。『ぶっちゃけ会長とどんな感じなん?』って。そしたら、『いや、私が力不足のあまり進展には及ばず……』なんて情けないことを言ってたわっ。まったく、はははっ」


「あっ、そ、そうなんですね……?」




 安城先輩は面白半分、そしてもう半分は呆れを零すかのように笑っていた。


 デリケートな話題であるからもう少し渋られるかと思ったが……。驚いた。思ったより簡単に話してくれたな。さすが安城先輩……と言うべきか。




 えっと。つまりどういうことだ。




 話をまとめると、会長と副会長は付き合っていない。けれど二人の関係が発展する可能性はあるということだろうか……?




「つまり……会長と副会長は、好き同士ってことですか?」


「さぁ? そこまでは知らんけど……。少なくともがーみんは、会長のことをよく思ってるんやない?」


「そのことを、先輩はいつから……?」


「いつからって……夏休み前には知ってたかなぁ。がーみん分かりやすいし。……あと、たぶんふっしーも知ってるはずやで?」


「伏見も……」




 淡々と口を開く先輩。ここで一度何かを考えるように腕組みをする。数秒を経て、思い出したように続きを話し始めた。




「そうそう! 思い出した! そもそもこの話を聞いたのがふっしーからだったわ! そんでもって、ふっしーも実は会長のことが——! あっ……」




 と、そこまで喋って先輩は気まずそうに俺たちのことを見た。


 束の間に妙な沈黙が訪れる。この話の着地点がついぞ失われたからである。……無論、俺たちは何も言うまい。


 安城先輩が話した内容は完全に『ここだけの話』というやつだった。いわば伏見本人抜きで絶対に喋っちゃいけないやつ。個人情報保護法に違反しちゃうレベルの機密事項だ。


 喋りすぎちゃった、てへぺろっ☆ なんて誤魔化せるわけもなく、ついには「あぁぁ……やってしもうたぁ……」とか頭を抱えながら落ち込む素振りを見せている。かわいい。かわいいな安城先輩。まぁ口が滑っちゃうことは誰にでもあるもんね。仕方ないよ。かくいう俺も平気な顔してるけど、昨日まったく同じことしちゃってるしな。うん。……この際だ。俺も誤魔化しておこうか。てへぺろ★




「い、今のは聞かなかったことにしてくれるかぁ……?」


「も、もちろんですよっ……! 私たちは何も聞いていませんっ……」




 加納が震えた声でフォローするも、その姿は不自然そのものだった。なぜかといえば、既に伏見が会長のことを好いているという話を俺たちは知っているからだ。他ならぬ俺のせいで……。だから新鮮なリアクションもし辛いわけで。




「ま、まぁ……。今の話は誰にも口外しませんよ……?」




 俺も先輩にフォローを入れていると、加納が俺のことを変な目で見ているのに気づいた。……なんだよ。やめろよ。その視線は何だよ。


 しかしやはりと言うべきか、今の話を聞いて思うことはある。危惧していたことは的中したようだった。




 伏見は会長に思いを寄せている。しかし会長と関係が進んでいるのは副会長たる田神の方だった。恋仲ではなくとも、もうすぐカップルとして成立しかねない関係まで進んでいる……。そんな一連の流れを、伏見は知っている……と。…………うーん、やべぇなこれ。もはや昼ドラじゃねえか。


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