アバンチュールもほどほどに
春日井の彼氏はまさかの親友でした
「よう、陽斗」
翌日の朝の昇降口。ばったりと俺は智也に出くわす。
「……おう、智也か」
「なんだ陽斗、今日は元気ねぇじゃねえかー」
にかっと笑う智也。相変わらずのイケメンぶりである。男は笑わない方が魅力が増すと聞いたことがあるが、こいつの笑顔は見ているこっちまで笑えてくるほどの良い笑顔だ。
「そんな明るい笑顔を向けるな。溶けて死ぬだろ」
「なんだそれ、吸血鬼かよ」
他愛もない話である。男子高校生同士の会話なんて基本中身ゼロなので仕方ない。
「今日はサッカー部の朝練無いのか」
「もう朝練は終わったぞ。陽斗が学校来るの遅すぎなんだよ」
「あっそうですか」
腕時計が示す時刻は八時過ぎ。まだホームルームまで二十分ほどはある。俺が遅いわけではなくて、こいつが早すぎるだけだ。
下駄箱で靴を履き替え、喧騒に飲まれながら教室へと歩みを進める。
歩きながらふと、隣のイケメンの顔を一瞥。
智也と並んで歩くと、自分の顔面偏差値が相対的に低くなるので困ってしまう。
くっきりとした二重にきりっと整った眉。すらりと高い鼻にと薄い唇。時折笑ったときに見せる白い歯……。イケメンすぎてこいつの顔を見ていると目が疲れてくる。
だからといって俺の顔が整っていないかというとそういうわけでもない。自慢じゃないが、身内贔屓で親戚のおばさんたちから「陽斗君は男前やねぇ」と言われる程度には顔が整っている。ちなみに加納曰く、「そうね、生き物でいうとブロブフィッシュくらいにはイケメンだと思うわ」とのこと。知らない生き物に例えられている時点でイケメンかどうか怪しいところだが、一応加納なりに褒めてくれたのだろうと嬉しくなった俺は、ブロブフィッシュをスマホで調べて絶対に加納をぶっ飛ばすと固く誓ったのでした。終劇。
そうこうしているうちに、廊下に人だかりを認めた。
数人の女子が男子を囲んでいる。
「頑張ってください、先輩!」
「次の大会も応援してます!」
「絶対に負けないでくださいね!」
聞こえてくるのはそんな黄色い声。女子たちはまるで媚びるかのようにその男子に腕や体を当てながらにやにやと笑っていた。
なんだあれ……。どこの世界の住人なの……。
「西春先輩、めちゃめちゃモテてんなー」
「……西春先輩」
忘れていた名を思い出す。西春先輩。確かそんな奴がいたようないなかったような。
そんな感じでよく覚えていない先輩の顔を初めて拝した。智也に劣らぬイケメンがそこにはいた。サッカー部だというのに周りの女子顔負けの白い肌が際立っている。芸能人のように整った目鼻立ちは神々しいとも言えるレベルだ。もはやご尊顔である。……アーメン。
「イケメンな上に、女子にめちゃくちゃ言い寄られてんじゃねえか。なんだよあいつ。コバエがホイホイかよ。控えめに言って死なねぇかなぁ」
思わずオブラートに包んだ言葉が漏れてしまう。ああいうのは目の毒以外の何物でもない。モテるイケメンは死すべし死すべし……。
ちなみに女子をコバエに例えたのは彼に『群がっている』からである。微妙にうまいこと言ったなぁ……と、智也からツッコミが来るのを待っていた……、
のだが。
「? おい、智也?」
「……あ、ああ。悪い。聞いてなかった」
「おいなんで聞いてないんだよ。思ったよりうまいこと言えたんだぞ」
「そっか。すまん、悪かった……」
謝る智也。なんだかそっけない態度だ。もしかして俺がサッカー部の仲間に悪口を言ったのを怒っているのだろうか。
「すまん、先輩があまりにもイケメンだったから、つい呪いの言葉を……」
「え? あぁ、いや、そんなことじゃねえよ。ちょっと、考え事だ」
「智也もアホなのに考え事とかするんだな」
「当たり前だっ!」
智也は俺を小突くと、いつものあの笑顔を見せた。考え事で沈んだ表情よりかは百倍マシな顔だ。というかよく見たらこいつもイケメンだった。……死にてぇ。
そんなことを考えているといつの間にか教室にたどり着いていた。時間とは、こうも簡単に流れ去っていくんだなぁ、とか思った。だが、男子高校生は下らないことを考えて不毛な時間を過ごし青春を浪費する生き物である。玄関から教室へ向かう僅かな時間とて浪費せずにはいられない。それが男子高校生。略してDK。うっは、ドンキーコングかよ。
みたいなしょうもないことを考えながら、教室の扉を開け、自席へと向かう。
ふと後方を振り返る。智也は、珍しく自席に座っていた。
いつもなら俺の席の前を陣取って、下らない話を押っ始めるというのに。
俺も自席に座り、智也の顔を見る。浮かない表情をしていた。
ふと、昨日のことを思い出す。
……浮気調査。
春日井は昨日の去り際、俺に『情けはいらない』と言った。
覚悟を決めた目で、どうか真実を明らかにしてほしいとお願いされた。
俺は、智也を信じている。
同じ男として、クラスメイトとして。
もとい、友人として。
いや、まあ、友人なのに彼女がいるということさえ教えてもらえなかった関係を果たして友人と呼んでいいのかは不問にして。
俺は立ち上がって、智也の席の前に座った。……誰の席かは知らん。
「……うぉっ、陽斗か。びっくりした。お前の方から来るなんて珍しいな」
「智也、何か俺に隠してることはないか?」
先週見た刑事ドラマを想起しつつ、鬼気迫る演技で俺は智也に問う。
演技には結構自信がある。月五千円の小遣いが底をついた際は、母親に参考書を買うからともっともらしい理由を添えて土下座で頼み込めば小遣いを前借してくれる程度には実力派である。演技じゃねえ。
「隠してること、か」
「そうだ。言っておくが俺は全て知っている。言い逃れは無用だ」
智也はうーんと唸り、それから申し訳なさそうな顔で俺を見た。
目が泳いでいる。
智也と過ごしてきた時間は決して長くはないが、友達という立場だから分かることがある。……これは間違いない。クロだ。
こいつは何かを隠している。
俺に怯え、そして委縮しているかのような態度。
俺が視線をぶつけると、智也は遂に諦めるようにして口を開いた。