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一日目:鳴海莉緒と宣伝活動

 生徒会から道具を借り、部室で適当な木材を組み合わせること十五分。


 およそ強風が吹いたら柄の部分からポキっとイキそうな、実にクオリティの低いプラカードが完成した。シルエット的にはかいわれ大根みたいな細さである。




「まぁ、三日間乗り切れればこれでいいだろ」


「……そうだね」




 見た目はともかく、目的は恋愛感謝祭の宣伝、ひいては犯人を焚き付けることだ。そんなにデザインまでこだわる必要もない。


 看板のところも白背景に黒文字で『恋愛感謝祭 三日目開催』と書いてあるだけである。実にシンプルで分かりやすい。これなら遠くから見てもなんて書いてあるのか読みやすいし。……甲子園のプラカードかな?


 まぁ他に書くことがなかったとか、俺も鳴海も絵心はイマイチだったとか、色々要因はあったのだが、ともかく看板の完成である。




「……どうしたの? そんなに難しい顔をして」


「いいや」




 別に険しい顔をしていたわけではないのだが、完成した看板を凝視していたら鳴海に声をかけられてしまった。




「もしかして……どこか字間違ってる?」


「いやいや、そんなに難しい字はないだろ。もっと自分に自信を持てって。大丈夫だよ」




 まぁ簡単な漢字とはいえ、不安になる気持ちは大いに分かるが。


 いまのやり取りの通り、この字は鳴海に書いてもらったのだ。俺は字の汚さに定評があったので遠慮した次第だ。


 最近は自分でも字が読めないほど乱雑になりつつある。マジで読めない。自分でも。……それはそれでどうなんだって話だが、曰く難関大合格者は字が汚い人が多いらしいので、俺も東大とか京大に合格できる資質はあるんだなぁとか思った。そう。資質はあるのだ資質は。実力がないだけで。




「なんでもない。……じゃあ宣伝しに行きますかね」




 そうしてやってきた渡り廊下。開会式から三十分以上が経過し、文化祭は盛り上がりを見せている頃合いだ。生徒たちだけではなく、保護者やら関係者やらも参加している様子。特に親御さんが多いことが目立つ。……本当にこの企画やるのん? 大丈夫?


 恋愛感謝祭をうちの親が見るのは百歩譲って良いとしよう。しかし他の保護者から噂されるのはマジで勘弁して欲しい。やばい奴認定されちゃって、あそこの子とは遊んじゃダメよ! とか言われちゃいそう。ただでさえ少ない友達がさらに減っちゃいそう。泣いちゃいそう。


 企画への不安やら不満やらを心に滲ませながら周囲を見渡す。各々、自分の団体の企画を声高に宣伝していた。どこもかしも躍起になっている。なるほど、中途半端な宣伝では、喧騒に埋もれてしまうらしい。




「じゃあ鳴海、声出しは頼んだ」


「えっ? わ、わたし……?」




 驚いた様子で鳴海がこちらを見る。そう驚くような話ではないと思うが……。俺がこういう目立つようなことをするのが苦手なことくらい、簡単に予想できましょう?


 目で促すと、顔を真っ赤にしながら鳴海が口を開いた。




「——れ、れんあい、そうだんぶでーす……」


「…………」




 まぁ、鳴海さんもこういうの苦手なんですけどね。もちろん知ってました。


 こうした現場での役回りは加納や弥富の担当である。俺たちではない。仕事に例えれば、加納たちは営業職、俺たち二人は本社オフィスでデスクワークするタイプの人間なのだ。もっと言えばメールとかチャットアプリでなら主張が激しいけど、会議室に入った途端声が小さいタイプ。誰の話だ。


 さて、宣伝するとは息巻いたものの、こんなんで効果があるのかは不明だ。やらないよりはマシだろうが、無駄な足掻きという説もある。どうしたもんか。


 しばらく俺たちは、街中でよく見かける看板を抱えて突っ立っているだけのバイトみたいな存在となっていた。たまに俺たちのことを見てはクスクス笑う奴らが通り過ぎていくのが恥ずかしかった。まるで見世物になった気分である。なんだこれ。晒刑かよ。




 五分ほどが経過して、俺はたまらず鳴海に話しかける。




「……なんかすげぇ見られてるな。もしかして俺の顔になんかついてる?」


「う、ううん……。特には……」




 廊下を通る人たちは、俺たちの看板に注目はしてくれているみたいだった。無論彼ら彼女らは関心なんかではなく、単純に好奇の目で見ていたのだろうが、宣伝という意味では意外と効果があるようだ。適当に作った看板だが、逆に功を奏していると言えなくもない……らしい。


 だから、もう少しアピールをしていきたいところではある。ある程度の宣伝効果はあるみたいだが、所詮は看板。これでは今日の放課後に「そういえば変な看板を持ってた陰キャいたよね〜」とJKの話のネタにされるのがオチである。おいふざけんな。俺のことを陰キャだって決めつけるのはやめろ。(被害妄想)


 なんて、思案を巡らせていたときである。場所でも移動しようかと考えていると、背中の方から声をかけられた。




「——柳津さんじゃないですか」


「ほぇ?」




 呼ばれたのは俺の名前だった。驚いて声のする方を振り返る。




 そこにいたのは、端正な顔立ちをしたイケメン。




 互いに顔を見合わせる。イケメンは愛想よく笑顔を見せていた。こちらを見知っているようだ。対してこちらは真顔。……思わず質問した。




「——だれ?」


「えっ、誰って……。誰とはヒドイですよ……。私です、私!」


「……ほぉ?」




 えっ、なに? マジで誰? ワタシワタシ詐欺?




「私ですよ……! 田神です! 田神桔平!」


「田神……桔平……。あぁ、田神か、思い出した……! すまん、お前みたいな顔はすぐ忘れるんだよ……。イケメンだけはどうしても覚えられなくて……」


「君はどういう記憶力をしているんだ……」




 バカみたいな言い訳を並べる俺に呆れ声を漏らしたのは……おっと、この人は覚えてるぞ。我らが忠節高校の生徒会長、知立一華様だ。


 相変わらず凛とした佇まいで品性を感じさせる。今日の開会式でも見事な演説を披露していた。




「一度会った人を忘れるのは失礼だぞ、柳ヶ瀬くん」


「……ん? いや、アンタも。アンタもじゃないですか。いま超失礼な発言が飛び出ましたよ? 俺の名前間違えちゃってますよ?」


「何のことだ?」




 俺のツッコミも虚しく、知立会長は困ったような顔を浮かべていた。本気で間違えちゃってるよこの人。あれから会うたびに何回も訂正してるんだけど未だに覚えてくれねぇ。この人こそどういう記憶力をしているんだ。




「俺の名前は柳津です」


「あぁ、そうか。そうだったな。……今のは冗談だ」


「絶対嘘じゃねえか……」




 名前を覚えてくれないというのは、どうも想像以上に傷つくものらしい。身をもって気付かされた。……うん、そうだな。今度からは気をつけよう。イケメンだろうが何だろうが顔と名前は覚えよう。大事だからね、顔と名前。デ○ノートの必須要件だし。


 そんなことを考えていると、会長が口を開いた。




「例えばあだ名とかないのか? その方が言いやすいし覚えやすいだろう」


「……あだ名ですか」




 なるほど。それは妙案だ。俺の名前を覚えるという根本的解決に繋がるかは分からないが、確かにあだ名なら覚えやすそうだ。名前に親しみが込もって親睦も深まるというものだろう。……さてさて。俺のあだ名ですか。なんだったけな。俺のあだ名は恋愛マ——




「あだ名はないですね。『柳津』で頑張って覚えてください」


「……そ、そうか? なにか気に障ったか?」




 俺の語気が強くなったからだろう、会長がちょっとだけたじろいでしまった。……別に気に障ったとかじゃないですよ? まじで。たった今、会長が俺の地雷を踏み抜いただけです。ぜんぜんおれへいき。




「……まぁちなみに、私もあだ名は無いんだよ。どうもみんなからは『会長』と呼ばれてしまう節がある」


「そりゃ会長ですからね。畏怖の意を込めてその呼び名なんでしょう」


「畏怖って……。君ねぇ……」




 会長が不服そうに俺のことを見た。あ、いや別に。今のは悪い意味で言ったわけでは無いんだが……。


 返答に困っていると、会長は顎に手をやって、何やら思案している様子。




「……いや。でも的は射ているかもしれない。生徒会のメンバーもそうだが、私のことを気軽に名前で呼んでくれる人がいないのは悩みだな。もう少し打ち解けたいところだ……」


「はぁ……」




 どうなんでしょうね、そういうの。別にみんながみんな呼びたいようにお互い呼びゃいいと思いますが。


 田神の方を見ると、こちらは気まずそうに苦笑いを浮かべていた。




「会長からそうお願いされることはあるのですが、どうも『会長』という呼び名の方がしっくり来まして……」




 そう言って田神は会長の様子を伺うように見ていた。後輩である田神にとっては殊更恐縮してしまうような話だろう。俺には仲のいい先輩など居ないのでピンとこない話だが、要するにアレだ。例えるなら、陽キャのクラスメイトに陰キャの俺が『サーフィンでも行かね?』と誘うようなもんだ。場違いも甚だしく、畏れ多いことこの上ない。


 どうでもいい話が一段落したところで、田神が俺に尋ねる。




「……ところで、柳津さんたちは何を?」




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