一日目:鳴海莉緒と開幕宣言
ここからは、この物語では珍しい個別ルート方式です。
体育館は、すでに多くの生徒でごった返していた。
普通に制服を着ている人もいるが、奇妙な仮装をしている者がちらほらと居た。年に一度の文化祭なだけあってその光景は新鮮というより異様だ。
いつもの全校集会であればクラスごとに列を作り並んで座るわけだが、お祭りに規則の類は野暮のようだ。みんながみんな、あちこちへ動き回っては、開会式が始まるそのときを待ち侘びている。
「すげえ人だな……」
「そうだね……」
俺の独り言に呼応する可愛らしい声。隣には鳴海がいた。
一緒にいる理由は言うまでも無い。加納に命じられて、今日はこのコンビで犯人探しをするからだ。つまるところ本日のヒロイン枠である。
「開会式見るの、ここからでもいいか? 俺ああいう人混み苦手なんだよな」
「うん。いいよ。わたしもそんなに得意じゃないから……」
まぁヒロイン枠っつーか、俺と文化祭を回らなければならない(向こうにとっての)罰ゲーム枠とでも言うべきか。せっかくのお祭りなのに時間を奪ってしまって大変申し訳ない。心苦しいことこの上ないが……。うん、ところで罰ゲームで思い出したんだけど、ゲームに負けちゃって陰キャに告白——そのまま満更でもない関係が続いて本当に付き合っちゃいました! っていうラブコメ展開。ああいうのが一番好きです俺。どうも、柳津陽斗です。俺はまだラブコメ主人公を諦めていません。
「開会式終わったらどうしようか……?」
誰に向けたかもわからない自己紹介をしていると、鳴海がそんなことを聞いてきた。
「ん? あぁ、そうだな……。加納からは、犯人に繋がるヒントを探してこいと言われてるが……」
でもそれがどこにあるねん、っていう話だ。ヒントの場所が分かっているのなら、それ以上に簡単な解法もないだろう。闇雲に聞き込みをするのも効率的でないし、何かいい案があればいいのだが……。
「やっぱり、情報を集めるしかないかな?」
「まぁな……。たとえば他にも脅迫を受けた部活があるかもしれない、ってことだろ。そういう犯人の尻尾を掴めそうな情報は確かにあるかもしれない。手当たり次第にはなるけど、怪しそうなところから探していく……っていう流れになるだろうな。めんどくせ」
「あはは……だよね」
鳴海が乾いた笑い声を漏らした。心の中を窺い知ることはできないが、鳴海にとっては特に面倒な一件だと思う。今回の騒動は恋愛相談部が巻き込まれているかのように思えるが、実のところ個人的な諍いである可能性も高い。言うまでもなく、わざわざ俺と加納を狙い撃ちするかのような脅迫手法だったからだ。つまり俺と加納の問題。鳴海は巻き込まれただけの傍杖というわけだ。
「あんまり加納の言うことに従わなくていいからな。あいつ頭おかしいから」
であれば、鳴海が俺たちに付き合わされる道理もないはずで。そんなことを思ったからか、気遣いの言葉がポツリと出る。……気遣い、なのかな。ただの陰口だった気もする。
「……じゃあこうするか。今日は俺の方で聞き込みする。鳴海は普通に文化祭を回っててくれ」
「えっ?」
跳ねたような疑問符。驚いた眼差しを向けられた。
「な、なんで?」
「なんでも何も……。鳴海はとばっちりを受けただけじゃねえか。あんまり付き合わせるのも申し訳ないなと思って……」
「ああ、そういうこと……?」
「……? どういうことだと思ったんだ?」
「あっ、ううん。なんでもないよ。……わたしは大丈夫っ。柳津くんと一緒に犯人を探す!」
「お、おう……」
驚いた。意外なことに俄然やる気らしい。なんか両手でガッツポーズを作ってるし。そんな面白いイベントではないと思うけどな……。
まあ人手が多いに越したことはないが、肝心なのが調査方法だ。かの有名なウィーン会議よりも何も決まっていない。そこを確定しないことには、動こうにも動けない。
「聞き込みだけじゃ効果は薄いな……。情報が集まるとは思えない。犯人に近づくにはどうしたらいいか……?」
「…………」
ぶつぶつと独り言を言いながら考えていると、鳴海がこちらのことを無言で見ているのに気づく。すごいガン見されていた。……いやん。そんな目で僕を見ないでください。恥ずかしい。
でも考え事をすると独り言が出ちゃうんですよね。もうこれが癖になっちゃって……。この前も加納の胸を見ながら少子高齢化について考えていたら「今の独り言、キモすぎよ……」ってドン引きされたんだよな。俺はいったい何を口にしたのだろうか……。
「自然科学部、開会式の後に実験体験をしまーす!」
「お化け屋敷を二年三組でやってます! めちゃ怖いですよ! ぜひ来てください!」
「冒険部、このあと空港集合でー」
雑踏の中で各クラブの宣伝がよく聞こえる。開会式前から熾烈な集客争いが始まっているようだった。……いや待て。空港集合って聞こえたぞ。大丈夫かよ。どこにイッテキューしちゃうんだよ。
「さすがにあれは冗談だよな……」
と、一人で納得していたときである。俺はあることに気付いた。
「——そうか。宣伝か」
「えっ?」
「宣伝だよ。俺たちも恋愛感謝祭の宣伝をすればいい。できる限り目立つようにな」
「……宣伝?」
鳴海が首を傾げていた。
「あぁそうだ。犯人の情報が少ないのなら、情報を探すんじゃなくて、もっと犯人の方から情報を出してもらえばいいんじゃないか? 俺だちの企画を宣伝して、犯人にも目をつけてもらえば、向こうから新たなアクションがあるかもしれない」
「だ、大丈夫かな……? それ」
「……どうせ出展は決まってるんだ。この際失うものなんて無いだろ?」
すでに俺と加納が致死レベルの大ダメージを喰らってるしな。ここまで来たからには、犯人がどんな脅迫材料を持ってこようが関係ない。
……あ、いやでも、どうだろ。犯人の動機がわからない今、脅迫相手が俺と加納に限定されているとは断定できない。つまり鳴海や弥富にも被害が及ぶかも知れないが……。
鳴海はしばらく考えるような素振りの後に、口を開いた。
「うん……。そうだね。じゃあ、柳津くんに任せるよ……?」
「お、おう……。そうか?」
提案は受け入れられる。鳴海とてこれ以上被害には巻き込まれたくないだろうに。本当に優しいやつだ、鳴海は。もしかしたら鳴海のお宝写真がばら撒かれちゃうかもしれないのにね……。マジかよ。ぶっちゃけ超見たい。
まぁそんなことにならないよう、最大限の注意を払わなければならないわけだが。
「——みなさん、お待たせしました!」
瞬間、会場が暗転する。
轟くアナウンスの声。どよめきと歓声。スポットライトが光の筋を見せる。
ステージ上に佇む一人の少女がいた。
あちらこちら向いていたみんなの視線は一つに集まる。まるで示し合わせたかのように、例外など許されないかのように、誰もが壇上に立つ彼女のことを見ていた。
そして視線の先、その人がマイクを口の方へと据え、次に口を開くまでの間、期待に胸を膨らませていたことだろう。
会場は水を打ったかの如く森閑としていた。
静寂と緊張の中で。
生徒会長、知立一華が高らかに宣言した。
「——只今より、忠節高校文化祭を開催します」
どっと湧く体育館。号砲なんかよりも余程大きく叫ばれる快哉。
期待と興奮に満ちた文化祭が、スタートしたのであった。
——無論、俺たち恋愛相談部は、そこはかとない不安に満ちている中で。