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浮気調査

浮気調査って探偵みたいですね

 しかしまあ、浮気を許さないという彼女の異常なまでの執念だけはよく分かった。まるで昼ドラに出てくる団地妻のような気質。なぜか少しだけ応援したくなる。ホントになぜだ。


「美咲が彼氏を殺すかどうかは置いといて、とりあえず美咲がどう思っているかを知りたいかな。最近彼氏と喧嘩したとか、そういうのは無いかな?」


 とんでもないものが話の脇に置かれた気がするが、春日井は落ち着いた様子で答える。


「喧嘩とかは無かったかなー。普通に今日もLINEとかしてるし。だからこそ許せないっていうかさ。アタシには何食わぬ顔で接してるっていうのが、もう、許せない……!」


 肩を震わす春日井。態度は落ち着いていても怒り心頭といったご様子だ。

 浮気は確かに許せない行為だ。恋愛関係にある者たちにとって、それは最大の裏切り行為に他ならない。


 春日井が怒りに震えるのは至極当然のことであり、もしこれが事実ならば、春日井の彼氏は糾弾されて然るべきだと俺も思う。


 故に、問題は事実か否か、という点である。


「春日井の『夜遊び』っていうのは本当に見たのか?」


「なに? もしかして、アタシのこと信用できないって言うの?」


 鋭い視線が俺を貫いた。


「いや違います何でもないですごめんなさい命だけは」


 ――あっぶねぇ。危うく彼氏の前に俺が死ぬフラグ立つところだったわ……。


 春日井ってなんだろう、普通に怖いんだよな。キャラとして。


 なんというか、声は低めで怖いし口調も悪いし目で俺を殺そうとしてくるし? 束縛強そうというか、喧嘩したら手に負え無さそうと言うか……。彼氏に浮気される理由それなんじゃねえの……? とか絶対に口が裂けても言えないな。


 俺がそんなことを考えていると、次に加納が口を開いた。


「私思うんだけど、美咲ってめちゃくちゃ可愛いし、彼氏さんが美咲のこと放って別の女子と遊ぶなんて、ちょっと考えにくいと思うなぁ……」


「甘いよっ! 甘いよ琴葉! 性欲で生きてる男子なんてすぐ寝返るんだからっ! まるで、小早川秀秋のようにっ……!」


 おい嘘だろ。お前その見てくれで小早川秀秋知ってんのかよ。お前はイメージ的にアホキャラだろうが。……ていうかその言い方だと小早川秀秋がスキャンダルしたみたいになってんぞ。


 俺は大好きな武将である小早川秀秋の名誉のため、待ったをかけた。


「それは偏見だぞ春日井。男だって一途な奴もいるんだ」


「……キミ、童貞なのにそんなこと分かるわけないじゃん」


「ぐほぁっ」


 会心の一撃が俺にクリティカルヒットした。退廃的で暴力的、悲劇的越えて、残酷な一撃。

ていうかなんで俺が童貞だって知ってんだよ。ふざけんなよ。


 いや、めげるな俺。俺は自分の立場をしっかり主張するんだ……!


「いやいや、一途な男だっている! 俺は信じてる!」


 そう言う俺の目には涙が浮かんでいた。ほろりと頬を伝う一滴の涙。なんで泣いているのかこいつらには分からないんだろうなぁ……。まあ俺も分かんねえんだけど。


 でもまあ確かに、男は性欲の塊だってよく言われるよな。


 一途に一人の女性を思い続けること、それは当たり前のようでとても難しい事なのかもしれない。決して浮気を容認するつもりはない。だが、男子というのは常に下半身と戦って生きているんだなぁ、というしょうもない結論にたどり着いたので今度レポートにして学会発表しようと思いました。


 下らんことで脳を腐らせていると、加納が相談をまとめにかかっていた。


「とにかく、美咲は彼氏が本当に浮気をしているか知りたいってことだよね?」


 加納の言葉に、春日井は小さく頷く。そして俺たち二人を交互に見て、小さな声で尋ねた。


「……お願い、できる?」


「もちろんっ!」


「おい加納。嘘だろ。嘘だと言ってくれ」


 加納の宣言。それは恋愛相談部として浮気調査を引き受けたという意味に他ならない。

俺は慌てて懇願するも、加納はにっこり笑って俺に言う。


「陽斗くん、さっき言ってたじゃない? 一途な男もいるんだって。それを証明するチャンスだよっ!」


「いや……。そんなの証明したいわけじゃ……」


 俺は両手をブンブン振るが、加納は決定事項だと言って聞かない。


「いや、マジでやるのかよ……」


「当たり前だよ! 恋愛で困っている人を見捨てるなんて選択肢はないんだからねっ?」


 そう言う加納だったが、机の下で俺のわき腹をめちゃくちゃつねってくる。

 完全に暴力による統治。暴君ディオニスみたいなやり口である。


 痛ぇよ、と目で訴えようとしたその瞬間、詰め寄った加納が淀みない笑顔で俺に問う。


「…………やるよね? 陽斗くん?」


 目が眼になっていた。いや、どういうことだよ。


「お、おう……。も、もちろん、やるに決まっているさ、あははっ」


「あははっ、だよねー」


 笑い合う俺たち。二人の笑顔に屈託はない。


 しかし未だ俺のわき腹をつまむ彼女の手は放れない。逃がさないという意思表示だろうか。むしろ力はどんどん強くなっている。……早く放せよ痛ぇよ。


「というわけで、わたしと陽斗くんで調べてみるよ」


「ありがとうっ……琴葉」


 感謝の言葉を述べ、春日井は深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとね……」


 その姿を見て加納はすぐに「頭を上げてよ」と言うが、春日井はしばらくの間、頭を上げようとはしなかった。深い感謝を示したいのだろう。何度も何度も頭を下げ、「琴葉、ありがとう」と呟いた。……俺に感謝とかはないんですね、そうですね。


「大したことないよっ、友達のためだもん!」


 ……なんだろう。すごい友達思いで良いこと言ってるはずなのに、こいつの台詞のすべてが嘘くせぇと感じてしまう。その言葉も全て嘘なのだとしたら、加納琴葉という人間は、俺が考えているよりもずっと恐ろしい人間なんだと感じる。


 加納の弾ける笑顔も、友達思いの優しい言葉も、そのすべてが嘘なのだとしたら。




 マジで怖いし、おっかない。




 そんなことを思ってしまった。


「……あっ。ところで」


 突然、加納が何かを思い出したように言った。


「美咲の彼氏さんって、誰?」


 首を傾げて可愛らしく尋ねる加納。……いやいや、そういうアピールいらねぇから。むしろイラっと来るから。つーかまだ俺の腹掴んでるのかよ、いい加減放してくれ……。


 加納の質問に「あぁ、そうだね」と言葉を漏らす春日井。確かに俺たちは春日井の彼氏が誰なのかまだ聞いていない。彼氏が誰か分からなければ、俺たちは調査のしようがない。


 とはいえ、春日井の彼氏が誰か聞いたところで俺に分かるはずがないので正直誰だっていい。いつぞやの有名で在らせられるなんたら先輩ですら俺は知らなかったのだから。んん、マジか。俺はもはや、その先輩の名前すら忘れてしまっているようだ。俺の脳みそポンコツすぎるだろ……。


 と、自分の記憶力の無さを憂いていると視線を感じたのでその方へと向く。


 春日井の目が俺を捉えていた。


「キミが一番連絡取りやすいと思うんだけど」


「……あぁ?」


 つい、喧嘩腰のヤンキー中学生みたいな声が漏れた……。てか中学校に絶対こういう奴いるよなぁ。意味もなく絡んでくる不良中学生。当時オタクをこじらせていた俺に話しかけてくる奴なんてほとんどいなかったから、俺は不良に話しかけられると嬉しくてたまらなくて、喜んで彼らに小銭を渡していた……ことなんてどうでもいいわ。それより春日井である。


 俺は友達の少ない日陰者である。交友関係なんてほとんどない。異性とはいえ、よっぽど加納の方が連絡取れる人は多いだろうに……。


 そんなことを思っていると、春日井の口から、思わぬ人物の名前が飛び出た。




「アタシの彼氏は、キミと同じクラスの大里智也よ」


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