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一日目:絶望の朝

 目覚めが悪い日というのは誰にでもあるだろう。世の中では朝型の人間だとか夜型の人間だとかいってそういうのは括られるわけだが、もっと精神的な意味で、なかなか起きれられないという現象は存在するはずだ。


 例えば俺の場合。朝、目が覚めた時にまず今日が何曜日であるかを考える。これが月曜日だと気づいた日には目覚めが悪い。『悪い』というか『目覚めない』のである。布団に包まって二度寝をかまし、再び眠りの世界へと没入する。……えっ? なんでかって、だって月曜日ですよ? 人間にとって最大の敵と言っても過言ではない月曜日を前に、気持ちよく起床できるはずもない。十三日の金曜日とかの方がまだマシである。


 こうなってしまえば最後、母親にド叱られるか、遥香にドロップキックを喰らうまでは起きない。そして深い眠りから覚めた俺は文句を垂れなしながらも、何とか学校へと向かうというのが常である。いつも母親と妹様には迷惑をかけています、えぇ。




 さて、そんな俺は今日も布団からの脱出を図れていない。ちなみに現在朝の七時半。そろそろ家を出ないとヤバい頃合いだ。




 今日は月曜日というわけではないのだが……。






 ではなぜ、布団から出れないのかと言えば——






「ほら、兄ちゃん。今日から文化祭だよ!」


「嫌だ! 行きたくない! 俺は今日は休むんだぁっ!」






 ——無論、文化祭に行きたくないからである。






 昨日の一件。犯人から新たに送られた封筒。そこに入っていたのは加納を貶める写真などではなく、俺への脅迫材料だった。


 ほとんど白目になった俺が肉食獣の鍵爪みたく両手を前に差し出し、加納のおっぱいを触ろうとしている写真。


 不幸中の幸いか、胸部に触れている写真ではなかったが、にしたって色々なコンプラに違反していそうな極悪の一枚。


 恋愛相談部が文化祭に出展を行えば、その写真をばら撒く用意があると犯人は言っているのだ。それが意味するところは即ち、俺の人生の終わりである。


 人生が終わるくらいなら最後の瞬間くらい布団の中が良い。そんなことを思っての抵抗だった。冷ややかな世間と違って暖かいし、もう死に場所はここしかない。


 んなことを考えつつミノムシごっこをして遊んでいたら、流石に遥香が突入してきたという次第だ。




「…………はぁ」




 遥香はクソめんどくさそうな表情で溜息をつくと、布団ごと俺の身体に向かって回し蹴りを決め込む。


 空を切る音が、安眠の最後を告げる号砲だった。




「——んがぁっ!?」




 瞬間、尻から津波みたいな衝撃。痛みのあまり布団から転げ落ちた。




「はい、兄ちゃん、おはよう」


「……お、おう。おはよう——じゃねえよ! おかしいだろ起こし方……! もっとなんかあるだろ……!?」


「いや、なんか寝顔がキモかったからつい」




 遥香は澄ました顔でそう言った。妹に叩き起こされる兄の光景。それだけ聞けば微笑ましいラブコメの序章って感じがするが、こと柳津家においてはただの傷害事件だった。普通に腰がジンジンするし、これ後遺症とか残ったらどうすんだよ。あんまり法律とか分かんねえけど、妹とかも普通に訴えていいんだよね? 大丈夫だよね?




「今日から文化祭って聞いたけど、大丈夫なの? 準備とか」


「んぁ? ああ、それは大丈夫だ。特に役目とか俺には無いから」




 即答した。我ながら悲しい理由だった。万年平社員の俺に死角はない。


 遥香は俺の返答を聞いて呆れたような表情を滲ませる。




「……まぁなんだっていいけどさ。早く学校行った方がいいんじゃない? いつも通りの時間に登校なんでしょ」


「そうだな」


「ていうかなんでそんなに暗いの? 文化祭ってもっとワクワクするものじゃん?」


「……そう、だな」




 遥香の言葉が胸に沁みる。全くもってその通りだ。文化祭は年に一度の楽しいイベントである。あんなことがなければ、な……。


 昨日のことを思い返すと心が沈んでしまう。……他ならぬ俺のことを撮った写真。どうして平穏に日々を送っている俺なんかにも飛び火が回ったのか。加納ならいざ知らず、俺にはまったく犯人から恨まれる心当りなど無いのだが。


 犯人が愉快犯である可能性は捨てきれないが、ここまで来ると確実な動機があるとする方が自然だ。となると犯人の脅迫文にも現実味が現れてくるし、最悪の事態も想定しなければならない。




 そもそも犯人が誰かも検討もつかないし、やっぱりここは休んだ方が……。




「それにお客さん来てるし。一緒に行く約束じゃ無いの?」


「……えっ。お客さん?」




 遥香の不思議そうな顔。そういえばやたらさっきから廊下の方を気にしている。……誰かいるのか?


 遥香が手招きするような動作をすると、廊下からもう一人の女子がやってきた。




 そして、聞き間違えることのない甲高い声がこだまする。




「おはようございます! ハルたそ!」


「……弥富」




 そこに現れたのは、満面の笑みを浮かべた弥富梓であった。


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