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404 not found

「……これで全部か」




 体育館ステージの横。つまりは舞台袖。


 最後の荷物を運び終え、暗がりの中、俺はその場所で一息ついていた。




 なぜこんなところまで運んだのかというと、恋愛感謝祭で使う諸々の備品は舞台袖にて管理されることになっていたからだ。他にも色々な備品が保管されているようだが、どれも文化祭当日にステージで使うものだろう。まぁステージにこれだけの備品を持っていくのは面倒だしな。事前に袖に置いた方が効率は良い。合理的な理由だ。


 ちなみに恋愛相談部が持ってきたのはお手製の演台である。ぶっちゃけ俺らの企画に大道具も小道具も必要はないのだが、加納はどうしても、司会者とパネラー(たぶん俺たちのこと)用の演台が欲しいとうるさかったので、最終的に作らされたのがこれになる。……嗚呼。こんなゴミを作るために俺の夏休みは消え去ったのか。南無南無。


 しかし他の団体の備品も似たようなものだと気付く。言っちゃ悪いが、俺たちと一緒で彼らの制作物もまた、お世辞にも質がいいとは言えない。目の前にあるのは演劇用の大道具だと思うが、何に使うかさっぱり分からないのだ。


 きっと限られた期間で頑張って作ったんだろう。しかし高校生が作る舞台セットなどたかが知れている。予算も限られているんじゃ、クオリティの高い備品など用意できるはずもない。……大体これ何? マジでゴミにしか見えないんだけど……。タ、タンブルウィードかな? 西部劇でもやるのかな?


 まぁそんな感じで、文化祭前日ともなればいよいよ準備は最終段階を迎えているようだった。




 ……さてと。一仕事終わり! マジ疲れたー。これ以上は残業代を請求しちゃうゾ★




 他のメンバーはどこにいるんだっけ。加納は確か生徒会のメンバーと話すとか言ってたな。鳴海と弥富は書類の整理とやらで部室にいるはずだ。


 とりあえず部室に戻って、涼しい部屋で休憩するのが吉だろう。いやぁ、マジで疲れました。この勢いで明日の文化祭もサボタージュしたい……なんて思っていたときである。舞台袖の奥から足音が聞こえた。




 びっくりして、そちらの方に振り返る。




「——おっ? もう終わったんか?」




 そこには一人の女子生徒が立っていた。




「結構な量やなぁ……。よくもまぁ運んだもんやわ」


「……はぁ」




 その女子生徒は、俺が運んできた荷物をじーっと見ている。どこか感心したような様子でそんなことを言っていた。




 面識は……恐らくないと思う。




 ただでさえ知り合いデータベースの母数が少ない俺だ。彼女に関する記憶を検索にかけて404を弾き出すのにそう時間はかからなかった。


 黒髪のボブ。身長はやや高め。すらっとした足が目に入る。


 強烈な関西弁が特徴的なその女子は、俺の顔を見るなり、ニカっと笑って口を開いた。




「——お前、誰やっ?」


「いや、俺のセリフなんだが!?」




 思わず突っ込んでしまった。な、なんだこれ……。つい反射的に……。


 愛想笑いで適当に躱すつもりがしっかりと漫才みたいな展開になっていた。なんだこいつ。まさか大阪からの刺客か? 俺と漫才をするためにやってきた吉○の芸人か? 




「あぁ、ごめんごめん。知り合いかと思ってテキトーに話しかけたわっ!」


「は、はぁ」


「でもキミのことは知っとるよ?」


「……そうなんですか」


「確か何やっけ? 部活を聞いたんやけど……。れん……れんあい……恋愛、降参部やっけ?」


「恋愛相談部です。降参してどうするんですか」


「——それや!」




 その人は部活の名前を聞くなり、俺に向かって「はははっ」と笑いかけてきた。……お、おう。……エ、エガオガステキデスネ。




 ところでこの人、俺のことを知っているとか言ったか?


 どう考えても初対面だし、知り合いとは思えないが……。




 それにこのテンション。高すぎるこのテンション。温度差がありすぎて付いていけない気がする。いや、付いていく必要があるかもよく分からんが。


 怖くなって一歩後ずさると、俺のツッコミにご満足頂けた様子の彼女がこちらへ一歩詰め寄ってきた。別に面白いことを言ったつもりは無いのだが、やたらと上機嫌である。なんか俺のことめっちゃ見てくるし、普通に恐い。……どうしたもんかと考えた結果——俺は得意の愛想笑いで対人ATフィールドを張ることにしました。まる。




「私は二年の安城あんじょうあかねって言います! よろしく!」


「ご丁寧にどうも……。一年の柳津陽斗です」


「柳津くん! ははっ! ウケるわっ!」




 気持ちいいくらいの笑顔が炸裂した。なんでだよ。ウケねえだろ。




「柳津くんかぁ。本当によろしくなぁ。……やなっしーって呼んでもええ?」


「いや、だめですよ。なんですかその梨汁とか出しそうな名前は」


「何言ってるんや。梨汁じゃないやろ。やなっしーなんだから、柳汁やろ」


「柳汁ってなんだよ……」




 よく分からんが想像だけしてしまった。きっと緑色でドロドロしてるに違いない。まるで俺の性根みたいに。いやまぁ知らんけど。(関西人)




 くだらない話はさておき……。




「それで、安城先輩は何しにここ来たんですか」


「安城先輩なんてやめてやー。気軽にあかねちゃんって呼んでくれてもええよ?」


「……それで、安城先輩は何しにここに来たんですか」


「あれっ。聞こえてるよな、私の声……? さっきと同じ反応やけど」


「聞こえてますよ。先輩にそんな軽い口叩けませんって」




 上下関係はハッキリさせておかないと、それこそ後が怖いからな。特に呼び名はお互いの関係性を示す大事なパラメータでもある。だから円滑な人間関係を築く上で呼称を間違えてはいけない。


 そうそう。呼び名ってば超が付くほど大事。みんなもあるよね? 明らかにカーストが上だけど、それなりに仲良くしてくれる知り合いの呼び方に困ったこととか。友達の友達とかに多いケース。さん付けするにはよそよそしいし、かといって呼び捨てにするほど仲良くもないから、どうやって読べばいいのか分からなっちゃって、もう最後にはキョドりながら「……〇〇くん」って言っちゃうことが、みんなもあるよね? ……俺、だけ? そうですか。俺だけですか、そうですか。




「律儀やなぁ、柳津くんは……。私はここの機材チェック頼まれてるんよ」


「機材チェック、ですか」


「そうそう。私らは生徒会メンバーやからね。当日の照明とか音声とか、そういうのを確認する担当ってわけ」


「……はぁ。なるほど。——えっ、生徒会?」




 生徒会メンバー、彼女は確かにそう言った。




「そうそう。だからこういう面倒な仕事もあるんだよねぇ……」




 安城先輩はそう言いながら小さくため息をこぼした。そういえば手元にはバインダーを持っているが、おそらくあれがチェックリストか何かなのだろう。っつーかこの人生徒会なのか。マジかよ。




「興味がないことはとことん(・・・・)やらない主義なんやけど、仕事なら仕方ないよなぁ」


「……はぁ。なんか大変そうっすね」


「そういうわけやから、ちょっと通りますよーっと」


「あっ、はい……」




 言われるがまま俺は二人のことを通す。なんだかよく分からんが、詰まるところ安城先輩は生徒会の一員だということらしい。そして文化祭のためにこの辺りをチェックしに来たと。はぁ。


 なるほど、どおりで恋愛相談部の存在を知っているわけだ。生徒会全体でくだんの恋愛相談部に関する騒動は共有されていると考えるのが普通だ。この人が生徒会の一員であれば、恋愛相談部から俺の存在を知っていてもおかしくはない。


 生徒会のメンバーって全員で四人いるんだっけ。知立会長に田神副会長と、それから安城先輩。騒動解決のためにも、できれば生徒会とは協力関係を深めていきたいし、もう一人のメンバーとも顔合わせしたいところだが……。まぁそんなコミュ力が俺にあるはずもなく。




「なぁなぁ、柳津くん!」




 そんなことを考えていると、自分の名前が呼ばれていた。


 声の主は安城先輩である。彼女は舞台袖のなかの放送室にいた。




「この機械の使い方が分からんのやけど!」




 こっちへ来いと手招きしている。なんかすげえ笑顔だった。数分前に会ったばかりなのにまるで友達みたいな話し方をしてくる。




 ——ていうか。いや、俺もその機械知らないんですけど……。頼まれても困るんですけど……。


 なんて言えるはずもなく、俺は呼ばれるがまま放送室の方へと向かった。

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