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文化祭前日

 犯人はすぐに見つかる。


 そう思っていた時期が僕にもありました。






 ——あれから一週間。思えばあっという間だった。






 あの日、俺たち恋愛相談部は部としての方針を固めた。そして恋愛感謝祭に向けた準備をこれまで進めてきたのだった。それらの行為は犯人の要求に従わない態度を示し、また犯人が最も恐れる事態だと思っていた。


 あんな手紙を出すくらいだ。きっと犯人さん、焦っちゃってパン咥えながら曲がり角でごっつんこするかも……なんていう意味不明な心配をしたくらいだ。というか、それくらい自信があったという話。


 しかしあれ以来、犯人側から何のコンタクトもないのである。


 何もだ。俺たちが平然かつ公然と準備を行う中、犯人から何も連絡はない。


 目安箱はもちろん、部員個人への接触、周囲の不穏な動きなど全てをチェックした。……しかし、何も起こらなかったのだ。


 この事態は想定外だった。


 まさか犯人側が、俺たちが出展することを知らないというわけでもあるまい。


 恋愛感謝祭は体育館ステージで行われる。この一週間は体育館に出入りしながら準備を行った。文化祭前日である今日は必要資材の運び込みが行われ、連絡通路を行ったり来たり、それはそれは目立っていることだろう。俺たちのことをマークしているなら、確実に俺たちの方向性に気づいているはずだ。


 しかし、こうして堂々と準備を進めている間にも、犯人からのコンタクトは無い。


 時刻は午後一時半。普段なら授業中であるが、文化祭前日の今日だけは準備に向けた自由時間となっている。


 そして俺は、ダンボール箱やら重たい機材やらを体育館に運ばされていた。




「……はぁ。……はぁ。」




 ぶっちゃけ犯人とかどうでもいいくらい、こき使われていた。


 なんかよく分からん重たいものを次から次へと運ぶ。恋愛相談部に男は俺しかいないので、肉体労働系は全て俺の担当だということだ。……ぐへぇ。


 まぁ分かるよ。男が力仕事を引き受けるのは分からんでも無い。いくら多様性の時代だからって、こんなに重たいものを女の子に持たせるのはちょっとばかり気が引けるもの。だから俺がこうして汗水垂らしているのは至極真っ当な結果だと思う。


 分からないのは、そんな俺の隣で涼しい顔して歩いているゴリラの件である。




「……はぁ。お前さ、もうちょっと手伝うとか、そういうの、無いわけ……?」


「頑張りなさいよ。男の子でしょ。それにあたしだって荷物持ってるし」


「いや、お前が持ってるの書類じゃん!? たかが数枚の紙切れじゃん!? 何お前、ペンより重いもの持ったことないとか言う系の女子なの?」




 ため息をこぼす。そう言う奴に限って、お出かけ用バッグの中身は荷物でパンパンだったりするのだ。無駄にいろいろ詰まっているに違いない。もちろん俺の偏見でございます、ええ。




「…………はぁ。仕方ないわね」




 加納はしぶしぶ、段ボール箱を一つ受け取った。


 テキパキやらないと日が暮れてしまう。まだまだ荷物の量は多かったはずだ。たしか段ボール箱があと十個ほど部室にあったと思う。それに音響用の機材が生徒会室に何個か。倉庫から備品も取り出すんだっけな。飾り付け用の材料は会議室、必要書類は職員室に受け取りに………………って。その瞬間気付いた。




 ——いやこれ。俺たち働きすぎでしょ……。




 どう考えても一つの部活動で担当する量ではない。あからさまに手伝わされている。部室以外の場所に赴いてる時点でダウト。だいたい俺が今運んでるこれは何だよ。




「なぁ加納、これって俺たちの備品じゃないよな?」


「え? ああ、そうよ。それは生徒会の備品」


「……なんで生徒会の仕事を手伝ってんだ、俺たち」


「仕方ないじゃない。この前の一件で生徒会の人たちには貸しができちゃったんだから」


「貸し? 貸しっていったい…………あぁ、そういうこと?」





 納得した。つまるところ『貸し』というのは生徒会がこの一件を黙っていることだろう。あの日から一週間経つわけだが、今のところ加納の写真やら暴露話やらが学校中を飛び交っている様子はない。


 それだけではない。たとえば教員にこの件がバレてしまえば、それこそ恋愛感謝祭は中止の運びとなってしまう。加納としてはこれも避けたいわけだ。生徒だけでなく、教職員にも相談することのできない状況。ゆえに生徒会にも口止めを頼んでいるということだと思う。




「……なるほど。それで見返りに荷物運びってわけか」


「別に頼まれたわけじゃないわよ。こっちから仕事を請け負っただけ。生徒会は何とも思ってないみたいだけど……。なんだか気が引けちゃってね」


「そうですか。……それで俺が働かされている、と」


「そうね」


「そうねじゃねえよ」




 だったらお前が働けよ。なんで俺が一番働いてんだ。


 だいたいその話、俺聞いてないんだけど。部員の許可も取らずに勝手に仕事を増やすの、やめてもらえませんかね。ただでさえ仕事が嫌いでホワイトな労働にしか適性が無いというのに。完全にブラックだよこれ。中身が何かも知らずに運ぶとか完全に『運び屋』じゃねえか。それだとブラック通り越してただの犯罪ですけど。


 まぁなんだっていいんだが。それより気になるのは。




「そういえば、生徒会の方から何か連絡はあったのか?」


「いいえ、あれから何も来てないんだって。目安箱にももちろん、何もなし。犯人を追う手がかりになりそうなものは、一つも無いらしいわ」


「そうか……」




 犯人が生徒会に接触した可能性。


 加納の反応を見るに、既に生徒会には聞いて収穫なしといったところか。




「あれから一週間。何も無いのが逆に怖いな……」


「そうね……」




 考え事をするかのように、加納が物憂げな様子でそう呟く。




「私たちが持っている手がかりはあの手紙だけ……。あれだけで犯人を特定するのは難しいでしょうね」


「難しいっていうか無理だろうな。あまりにもヒントが少なすぎる。いつか弥富が、指紋鑑定だとか何だとか言ってたけど、本当にそれくらいやらなきゃ見つかりそうにない」




 事は袋小路に入り込んでいた。


 手がかりがなければ、犯人を推理することもできない。コ○ン君だって映画の序盤じゃ爆発シーンだらけで、犯人がヒントも与えてくれないものだから、なかなか推理が進まないのと一緒だ。加えて俺にはハワイの親父もいないし、伸縮サスペンダーも持っていないからどうしたものか……。




「ちなみにだけど、陽斗くんは犯人が誰だか、見当はついてるの?」




 いらぬ心配をしていると、加納が俺の元に寄ってそんなことを聞いてくる。




「は? 犯人?」


「そう。一週間あったんだし、それなりに考えがあるのかなって?」


「いやあるわけねえだろ。ヒントなさすぎだヒント。……それとも何? お前は分かったとでも?」


「——ふん、実は気付いちゃったのよねぇ」




 そう言って、加納がふふんと得意げな表情を作ってみせた。可愛さ:鬱陶しさ=6:4といったところである。これだけの付き合いを経てまだ可愛さが勝っているあたり、こいつの顔は恵まれているなぁとかクソどうでもいい感傷に浸ってしまった。




「ほう……」




 そんだけ自信があるのなら、ぜひご高説を賜ろうか。もしこれで、こいつがしょうもないことを言ったら、どさくさに紛れて乳を揉んでやろう。そうしよう。




「ずばり、あの写真よ」


「……ん? 写真?」


「そう、写真。私がアンタに一発やってる、あの写真ね」




 加納がつらつらと説明を始める。言われんでも文脈から『写真』と言ったら『あの写真』しかないわけだが……。しかしそれより『一発やってる』という表現は誤解を招くからやめなさい。




「それがどうした」


「あの写真の画角よ。この前あの写真がどこから撮られたものか、調べてみたのよ。間違いなく部室後方からだわ」


「へぇ……。つまり廊下からの撮影は不可能だと」


「そう。私たちが部室にいるにも関わらず、写真は部屋の中から撮られていることになるのよ」




 加納の言う通り、確かに写真は部室の中から撮られたような画角だった。被写体が俺たちであることから、その時間に俺たちが部室内にいることも頷ける。




「……はぁ。つまり犯人は、俺たち恋愛相談部の中にいるってことか?」




 ——なるほど。それは大した推理だ。考えもしなかった。




 変に納得していると、慌てた様子で加納が口を開く。




「ちっ、違うわよ! 犯人はカメラを使って、遠隔操作であの写真を撮ったのよ! 今のカメラアプリなら、好きなタイミングで写真を撮ることもできるからね」


「あぁ……そういうこと。てっきり内部犯行かと」


「そんなわけないじゃない。そもそも私たちの部活よ。こんなことして誰が喜ぶのよ」


「俺が喜ぶんだよなぁ……」




 まぁやったの俺じゃないんだけど。


 内部犯行か……。俺はともかくとして、確かに鳴海や弥富、ましてや加納がこんなことをするとは思えない。俺たちでない第三者による犯行と考えるのが自然だろうな。




「それで?」


「えっ?」


「いや、今のお前の話。結局結論は何だったの?」


「結論なら言ったじゃない。犯人は遠隔操作でカメラを使った。スマホなんかを置いて盗撮したっていうことよ」


「……はぁ。つまり遠隔操作で写真を撮ったと……。それだけ?」


「間違いないわ」




「…………」


「…………」




「——加納、乳を揉ませろ。今すぐに」


「はぁっ!? なんでよっ! ダメに決まってんでしょ!」




 いやいやダメって。……なんだその結論は。まったく犯人絞り込めねぇじゃねえかよ。


 全く参考にならない推理をした罰である。俺が荷物を置いて乳を揉む構えを取ると、加納はあからさまに嫌な顔を俺に向けた。そして自分の身を守るかのように俺から距離をとる。……乳を揉む構えってなんだ。




「そんな当たり前に思いつくことを言うんじゃねえ。俺だってそう思ったっつーの」


「そ、そう……?」




「自信ありげに言うから何事かと思ったぜ……。言っておくけど、鳴海や弥富にこの話はしなくていいからな?」




 しかしこの構図……。加納以外の女子にやったら嫌われるどころじゃ済まないな。完全に警察沙汰である。セクハラを超えて、ただの強制わいせつ罪。そんな俺のことを鉄拳制裁で許してくれる加納はある意味聖人君子なのかもしれない。うん。……なんてね。んなわけないよね。こいつやられたらやり返してるだけだし。俺の罪を清算してるのと同じだし。ハンムラビ法典的な意味で。




「……まぁいいわ。早く行くわよ。荷物まだあるんだから」


「へいへい……」




 こいつの言う通りだ。今は荷物を体育館に運ぶことが先決である。


 加納のなんちゃって推理は頭の隅っこに仮置きして、再び荷物を持ち直す。




 あと何往復すれば解放されるのか考えながら、俺は体育館の方へと歩き始めた。


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