錯綜する思惑
加納琴葉、復活。
加納の心変わりと横暴すぎる採決によって恋愛感謝祭はやることになったらしい。
なぜ急に加納は強硬姿勢を取ったのかは分からないが、まぁ理由なんて何だって良かった。どうせ俺に拒否権などないのである。反対したところで拒否権を拒否されるのがオチだ。……おかしいなぁ。部活では常任理事国並みの働きをしてるんだけどなぁ。
さて、俺が出展を容認しているのはもちろん諦めというのもあるのだが……。
実はもう一つ理由があって、それは弥富が想像以上にこの企画に前向きだということだ。
「ハルたそも楽しみですよねっ! 恋愛感謝祭っ」
「いやまったく」
屈託のない弥富の笑顔。とっさにそんなことを言われたもんだから、そっけない返事をするしかなかった。ちなみにハルたそはまったく楽しみではありません……。一方の弥富。出展すると決まって、この上機嫌っぷりだ。
部活で出し物をすることがそんなにも楽しみだったと言うのであれば、こちらとしてもその気持ちを無碍にすることはできない。もともと出展する予定で準備を進めていたこともあるし、恋愛感謝祭を実行するという結論については強く文句を言えなかった。これ以上、恋愛感謝祭を開くことに異議を申し立てるのは野暮ってもんだ。
——となると問題は、次に交わされるべき議題だろう。
現状、俺たち恋愛相談部は名前も姿も分からない相手に脅迫を受けている。そんな只ならぬ状況下で出展をするのであれば、それなりの対策が必要になる。
加納の写真をバラまかれることなく、無事に恋愛感謝祭を終える方法。
それを考えるのが次の課題だ。でなければ加納が持つ音声データによって、俺が社会的に殺されてしまう。……おぉ、誰が悪役なのか分かんねぇなこれ。
「……んで、どうするよ。この手紙」
加納は吹っ切れて楽観視しているみたいだが、そんな悠長な事態ではないと思われる。愉快犯であることを祈るばかりだが、なんと言っても添付されている写真がある以上俺たちは安心できないのだ。
手紙を手に取りぼーっと眺めていると、弥富が声を上げた。
「そりゃもちろん、犯人探しをするしかないですよ!」
「……犯人探しって。簡単に言うけどよ……、具体的にどうやって探すんだ」
問うと、弥富はうーんと唸り声を上げた後に口を開く。
「……そりゃ、アレですよ? ドラマとかでよく見るじゃないですか。鑑識! 鑑識ですよ!」
「はぁ。鑑識……」
「指紋で特定するんですよ! 手紙にべっとり指紋がついているはずですからね。それなら一発で犯人を……ってハルたそ、めっちゃ手紙触っちゃてるじゃないですかっ!」
確かに俺はいま手紙を持っている。だがこの手紙を入手する前から、生徒会のメンバー含めいろんな人がこの手紙に触れているはずだ。そもそも指紋識別なんて俺たちにできるはずがない。
弥富は俺から手紙をひったくると、「ほぇぇ……」とか言って悲しそうな目をしていた。冗談かと思ったが、今のは本気の提案だったようだ。はははっ、バカだなぁこいつ。
心の中で笑っていると、今度は加納が言う。
「でも、犯人を探すっていう梓ちゃんの意見には賛成ね。このままやられっぱなしなのも腑に落ちないわ」
「まぁ、そりゃそうかもしれんが……」
手がかりはこの手紙と写真のみだ。仮に犯人が生徒の誰かだとしても、校内だけで千人近くの容疑者がいることになる。これらの物的証拠だけで犯人を推定することは困難だ。
「探すのは無理だろ。証拠が無さすぎる」
「そこは陽斗くんの出番じゃない。恋愛マスターとしての造詣をフル活用するのよ」
「いやこれは恋愛マスターとか関係ねぇよ……」
ただの探偵じゃねえか、それ。あとその名前で俺を呼ぶな。
なんかイラッときたので、俺は強めに言葉を返す。
「つーかそんなふうに頼まれてもやる気出ないっつーの。頼み事をするんならもっと可愛げのある感じでお願いしてみろよ」
だいたいこいつは俺に頼み事をするとき、いつも高圧的なのがムカつくのである。たまにはできんもんかね。ヒロインらしく上目遣いでお願いすることが。
いつだってこいつと協力関係になるときは、俺から最大限の譲歩をしているのだ。いい加減我慢の限界も近い。俺が世にも珍しいレベルの優男だからって、ちょっと甘く見過ぎじゃなかろうか?
そんなことを思ったからこその反発だった。ちなみに他意などない。
まぁ言ったところでそんなの無理だろうし、こいつが俺に乞うことなんて無いだろうと。
そう思っていたのだが……。
——豈図らんや。
加納は徐に俺に近づいてきて、そして……
「——お願いっ、陽斗……」
「………………っ」
心臓が止まった気がした。
不意打ちである。
それは今まで見たことのない加納の姿だった。
……端的に言えばクソ可愛かったのである。
男心をくすぐる上目遣い。その大きな瞳と視線が合い、焦って息を呑んでしまう。わずかに紅潮した頬が目に入り、加納のきめ細やかな肌がいつになく白く輝いて見えた。
これは……どういう精神攻撃だ。
「……な、なんだよ急に」
おまけに可愛らしい猫撫で声。呼び捨てで『陽斗』と言われたのもすぐに気づいた。何から何まで、その瞬間の加納に驚いてしまう。…………あぁ、認めよう。俺は加納にその瞬間だけ見惚れてしまったのだ。
どこまでも透き通るようなその肌に。瞳に。唇に。
——俺は目が離せなくなっていた。
「あんま、こっち見るな……。恥ずかしいっての……」
「ハルたそー、チョロすぎますよー」
「うるせえよ弥富」
苦し紛れにそう言ったが、自分でも分かるくらい俺はしっかりチョロかったようだ。……しょうがねえだろ。思春期男子なんだぞこっちは。
こんなの勝てるわけがない。卑怯である。いつもの加納なら、完璧な顔立ちとゴミみたいな性格でバランスを取れていたのだが、打って変わってこんなことをされたら誰だって見惚れるに決まっている。もうね。加納マジ可愛いわ。うっかり好きになっちゃいそう。
「——ふっ」
加納が鼻で笑った声がした。
「ざっとこんなもんよ。陽斗くんレベルなら余裕ね」
「……お前本当にいつか刺されるぞ」
いやいや、こんなの世に出したらダメでしょマジで。高校卒業して大学なんて行ってみろ。痴情の縺れで人間関係終わるぜ? サークルとかにいたら間違いなく団体ごと潰れるよ? 断言してもいい。加納は間違いなく、男に私怨を買われてロクな死に方をしない。
「そういうの、マジで公共の場でやるなよ。ぶっちゃけ公害レベルだから」
「……バカね。こんなことするのは陽斗くんくらいよ?」
「いや、嬉しくねえよ。それだと俺だけはバカにしてもいいって意味になっちゃうから。ていうか知ってるから」
加納の台詞がなんかヒロインっぽい発言だったが、騙されてはいけない。こいつは俺にちょっかいをかけているだけなのだ。……まったく。男心を揺さぶるのはやめていただきたい。俺の性癖が歪んでしまうではないか。
ちょっと拗ねた感じに物を言ってしまったが、実際拗ねていたのだから仕方がない。こいつに素直になったところで、泣きを見るのは自分なのである。
「…………」
「んだよ」
「……別に?」
なんか加納が不満そうにこっちをみていた気がしたが、どうでもいい。
それより、話を戻そう。
今は恋愛相談部としてどう対策すべきかを、議論しなくてはならない。
「とにかく犯人を探すっていうのは分かった」
対策として、その方向性しか無いのは確かだしな……。現状良い案が出るとは思わないが、ここは全員の意見を聞いておくべきだろう。
「鳴海はどう思う?」
ここまで静かに俺たちを俯瞰していた鳴海に、俺は意見を尋ねた。
視線をそちらに預ける。……と、そこにはうつむいたようにして物憂げな表情を浮かべる、彼女の姿があった。
「…………鳴海?」
「——へっ?」
瞬間、まるで電気が走ったみたいに、鳴海の体がピクリと跳ねた。
「……えっと。ご、ごめん。……なんだっけ?」
「いや、犯人探しについて鳴海の意見を聞きたいと思って……」
「あ、あぁ……。そうだね。犯人探しだよねっ」
慌てた様子で思案をめぐらす鳴海。
「……そうだね。私も犯人を探すしかないと思うかな?」
「そうか。まぁそうだよな」
んん、まぁ。この流れではその方策しかあるまい。犯人を特定しないことには俺たちは安全に動き回れないしな。鳴海の言う通りだ。なんとかして尻尾くらい掴まなければ。
とはいえ手がかりがあるわけじゃないし、どうしたもんか……。だいたい犯人探しってどうやるのだろうか。とりあえず今からホームズ全巻読めばいいんですかね? あるいはコ○ンとか。行く先々の現場で面倒ごとが起こるあたり、俺と似た雰囲気を感じなくもない。
そんなバカみたいなことを思っていると、
「——ことちゃんは……なんで……」
傍ら、一人呟くようにして、加納を見つめる鳴海の姿が目に入る。
何かを口にしたみたいだが、はっきりとは聞き取れなかった。
何かあったのかと思い、声をかけようとしたときだ。加納が威勢よく声を上げたのが聞こえた。
「となると、今から犯人探しね! 役割を決めなきゃ!」
やけに元気な声だった。
見れば満面の笑み。もう加納は完全復活しているようだった。
その姿は自信に満ち溢れているようにさえ思われる。……つーかなんでこいつはこんな状況でも笑っていられるのか。楽観視もいいところだ。加納にとっては恐らく今世紀最大の危機だというのに。
別に俺が被害を被るわけではないし、まあ良いんですけど。加納の秘密が暴露されるだけだから、良いんだけどさ? ……あっ、いや、俺の音声データが懸かっているんだった。忘れてた。他人事じゃねえ。
「莉緒ちゃんと梓ちゃんは、引き続き恋愛感謝祭の準備をお願いするわ」
まずは鳴海と弥富の役割が任命された。今後はこの二人で文化祭に向けた準備を進めるということだろう。
「うん。分かったよ」
「にししっ、了解です!」
労働力が二人というのは心許ないが……文化祭まで一週間。恋愛感謝祭の準備は佳境に入りつつある。ほとんどの作業は終わっているので、今から準備に割く人員を減らしても問題は無かろう。
さて、問題は俺の役割だが……。
「アンタは私と一緒に犯人探しね」
「——イヤすぎる……」
はい、知ってた。知っていました。
どうせそんなことだろうとは思っていましたよ。ええ。分かっておりましたとも。しかし犯人探しって……。マジで何すんだよ。
「とりあえず、どうやって犯人を痛めつけるか考えなくちゃね……」
「……最後だろ。それ最後に考えるやつ」
恐ぇよ。誰が処刑方法を考えろと言った。
相変わらず目が血走っている加納は怖い。幻覚か分からんけど、なんか背後に邪神みたいなのが見えた。しばらくは話しかけない方が良さそうだ。
——何はともあれ、恋愛相談部の方針は決まったようで。
犯人探しを並行しつつ、文化祭出展への準備を続ける。ヒントが少なすぎる以上、俺たちができることは聞き込みくらいしかなさそうだが、やれるだけのことはやるべきだろう。犯人の尻尾でも掴めたら御の字である。
それに、向こうから新たな接触があるに違いない。
俺たちは犯人の意に背いて出展を強行するのだ。犯人側から見れば、それはあまりに予想外なことのはず。期待通りにならなかったことに怒りすら覚えるかもしれない。故に、なんらかのアクションはあると見込める。
それは同時に、俺たち恋愛相談部へヒントを与えることにつながると思う。そこが今回のカギになるはずだ。
そして俺の崇高な頭脳を使ってバシッと解決! ハッピーエンドめでたしめでたしっていう寸法だ。いやぁ完璧すぎる。なんて言ったって俺、ミステリーとか結構好きだからな。この前もオリエント急行を読んで気分はポアロ。ミステリー好きの俺に死角などない。……なんなら死角が無さすぎて、この前シベリア超○急にも手を出してしまった。あれはすごい映画だった。大どんでん返し過ぎだろ……。
というわけで、犯人だろうが犯沢さんだろうが、俺の敵ではないのだ。
IQ999、偏差値999、TO○IC999点の俺に、解けない謎などないっ! はははっ!
ちなみにTO○ICは990点満点だから、就活生のみんなはボロを出すなよっ☆