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緊急円卓会議

 普段とは違って、厳かな雰囲気だった。




 円卓のように机を四方から向かい合わせて座る俺たち、恋愛相談部メンバー一同。


 途中までは笑顔が見られた鳴海と弥富だったが、説明の後半になってくると和やかな表情さえも消え失せていた。




「…………なるほど」




 説明を終えて俺が一息ついていると、弥富が深刻そうな声音でそう呟いた。




「やばいですね。それは」


「あぁ、やばいな。恋愛相談部の危機だな」


「そんなことをする人がいるんですねぇ……」


「そうだな。許せないよな。ていうか前にもこんなことがあったよなぁ……?」




「…………」



 弥富の方をじーっと見ると、バツが悪そうに弥富は俺から視線を外した。……そうである。今回の手口は、以前弥富が俺たちを脅したときの手口とほとんど一緒なのだ。加納の裏の顔が激写され、それを拡散するという脅迫手法。惨いやり方というか何と言うか……。


 相変わらず良い意味でも悪い意味でも、加納琴葉というのは話題に事欠かない奴である。そのうちこの部室には赤外線センサーとか監視カメラとか導入するべきなのかもしれない。こんな調子ではザルもいいところだろう。立て続けに加納のスクープ写真が激写されるとは流石に思わなかった。いやマジで。フラ◯デーじゃないんだからよ。


 恋愛相談部は加納にとってオアシスのような存在になっているのではないか、と前に考えたことがある。この部活ができたことによって、加納は素の自分を学校内でも出せるようになったというからだ。それはそれで良いことなのかもしれないが、代わりにこうやってスクープされてしまうのであれば、結局のところ無意味でしかない。


 恋愛相談部という空間ならではの問題。部活を続けていくためにも、この件については対策を講じる必要があるのかもしれないな……。




 ……まぁ、俺が知ったこっちゃないんですけどねっ☆




「今回の件については、そもそも犯人が分からないっていう点で、弥富のときより危険度が高い。……さて、どうする?」




 とりあえず現段階での状況共有は済んだ。問題はこの後だろう。


 この緊急会議の目的。ないしは議題。




 ——ずばり、恋愛感謝祭をやるかやらないか。




 議論するにあたって判断材料が欲しいところだが、犯人につながる手がかりはあまりにも少ない。犯人像も動機も一切分からないのだ。脅迫状が持つ意味さえ分からないまま、俺たちは出展の是非を問われていることになる。




「恋愛感謝祭をやるか、やらないかだが……」




 ここまでの状況を勘案して、俺は会議の口火を切った。




「——『やらない』ってことで良いよな?」


「異議あり! 異議ありよ、こんなのっ!」




 おっと。さっきまで机に突っ伏して死んでいた加納が、突然大きな声を出しました。




「こんな形で妨害されるとは予想外だわ! 抗議よ。徹底抗議してやる!」


「抗議つったってお前、具体的に何すんだよ。ストライキでもすんのか? それなら俺も賛成だが」


「それだと意味ないじゃない……」




 加納が呆れたような声を漏らす。……なんだ。ストライキだめか。抗議のフリして恋愛感謝祭にも参加しなくて良い最高の案だったんだが。




「そもそも犯人が全く分からないだろ。誰にどうやって抗議するんだ」


「それはそうだけど……」




 無論、犯人が分かれば今回の問題は一発解決するだろう。犯人の元に加納を送り込み、色仕掛けでも脅迫でも暴力でも何でもしてやれば良い。肉弾戦において加納に勝てる生徒など、この学校にはおそらく存在しないのだから。


 しかし今回は犯人の予測さえ難しい状況だった。新たに犯人側からコンタクトを取ってくる可能性はあるが、文化祭開始まで一週間しか猶予がない。これからの出展に向けた準備などを考えると、今日にでも方針は決めなくてはならない。




「この写真が一緒に入ってたってことだよね……?」




 鳴海が例の写真を手に取りながら、俺に尋ねる。




「ああ。手紙と一緒にな。まず間違いなく、脅迫材料と見ていい」


「……それにしてもよく撮れてますよねぇ。どうやって撮ったんでしょう?」




 改めて写真を見てみる。弥富の言う通り、よく撮れている写真だ。場所は部室。加納が俺のボディを的確に捉えている様子が確認できた。……今更だけど、なんで俺は殴られているんですか。




「うぅ……。どうしたらいいの……」


「大丈夫……? ことちゃん……」




 情けない声をあげる加納。それを宥める鳴海。




「写真が拡散されるのは……さすがに困るわね……」


「でも出し物をストップすれば、その心配は無いんじゃないかな?」


「それは、そうだけど……」




 加納にとって、この企画がどれほどの意味を持っているのかは知らない。しかしここまで準備してきた企画をこんな形で諦めるのは相当悔しいに違いない。


 いやまぁ。俺としては別に良いんだけど。こんな企画さっさと中断すれば良いんだけどさ?


 けれど、腑に落ちないという意味では同意する他ないわけで。




「この写真がバラまかれたらぶっちゃけ、ことはっちの人生終わりますよねー」


「うぅ……」


「その辺にしておけ弥富。あんまり加納を傷つけるんじゃない。だいたい、この写真が部活外に漏れた時点で、俺らの知らないところで拡散されている可能性もある。つまり、こいつの人生はもう終わっているかもしれないんだぞ。……くっ。くくっ。めっ、めちゃくちゃ良い気味だが、言葉は選ぶようにっ」


「柳津くんが一番傷つけてるし、言葉も選べてないよ……」




 鳴海に諭される。ありゃ、気付かれちゃったか。もちろん今のは加納を傷つけるために言いました。


 しかしその可能性は十分に考えられるはずだ。既に動き出すには遅すぎたかもしれない。俺たちが置かれている状況を、他ならぬ俺たちが一番把握できていないのだから。




 だから、どうするべきか——




 これまでの話を踏まえて、俺たちが取れる最善の手段は——




「今回ばっかりは、中止するしかないのかなぁ……」


「……」




 加納が独り言みたいにポツリと呟いた。


 元気のない声だった。加納の声に合わせて、俺たちは互いに視線を交わす。






 ——恋愛感謝祭の中止。






 確かにそれしかなかった。加納に取っては尚更の選択だろう。この写真が拡散でもされたら、それこそ自分のブランドイメージ云々の話ではなくなる。それがどんなにバカみたく下らないものだろうと、こいつにだって守りたいものがあるのだ。その意思を尊重しないわけにはいかない。




 ……まぁはっきり言って、こんな意味の分からない企画に参加するのは御免被りたいし、今すぐにでも小躍りして『中止万歳!』とか叫んでやりたいくらいだが。


 今はただ、その苦渋の決断に対して同調することくらいしか俺にはできない。




 だから、ここは一つ。




 俺も加納の気持ちに寄り添って、残念そうな表情を——




「ハルたそはどう思います?」


「やめよう! こんな企画すぐにでもやめよう! 中止万歳! やったぜ!」


「柳津くんは自分に正直だね……」




 なんか鳴海に呆れられている様子だが、知ったことではない。前言撤回。……やっぱり恋愛感謝祭は中止じゃい! やったぜ! 弥富の件で色々あったときは仕方なく手伝いもしたが、今回ばかりは手を貸さんぞ!


 手紙の差出し人は加納を脅迫しているわけだから、加納に私怨を持っている人物と考えるのが自然だ。つまり、加納自身が撒いた種である可能性が高い。完全に俺とは無関係。故に手伝う必要なし!


 恋愛感謝祭が中止になるのであれば、それを進める動機こそあれど、止める動機など俺にはなかった。そうそう。だから俺ってば、加納の気持ちに寄り添って悲しむだなんてことはできませんでした。マジごめんなさい。こんな主人公でごめんなさい。——でも陽斗くん大勝利。さぁさぁ、こんな出し物すぐにやめて、早く家に帰ろうぜ!


 なんて、割と最低なことを思いつつ、視線を鳴海に向けた。


 俺の視線に気づいた鳴海。少し考えるような素振りの後に口を開いた。




「……そう、だね。ことちゃんがそう言うなら、中止にしたほうがいいかもしれ——」


「えぇ!? やめちゃうんですか! せっかく準備したのにぃ……」




 弥富が悲痛な叫びを上げる。……おいお前。ここは流れに乗れよ。どう考えても中止の流れだろうが。なんでそんなにこの企画やりたいんだよ。頭おかしいんか?




「せっかく良い企画なのに、もったいない気がします!」


「バカお前。もったいないわけねぇだろ。むしろ企画に割く俺たちの時間がもったいねえよ」


「そうですかねぇ……。私はやりたかったのになぁ……」




 ぬぅ……。まさかの伏兵だ。加納が意気消沈している今、勢いに任せて企画を潰せると思ったのに。


 対して鳴海は中止に肯定派のようで、俺と同意見だった。きっと、企画を強行した時のリスクや、今後のことを考えた上での意見に違いない。心優しい鳴海のことだ。そこまで考えた上で、泣く泣く中止という意見に賛成しているのだろう。つまり、俺とまったく同意見ではない。




「やっぱり、この手紙についてもうちょっと考えてみるべきですよー。もしかしたら犯人につながる手がかりが分かるかも!」


「……犯人?」




 一方の弥富。犯人探しでもするつもりだろうか。


 そりゃ犯人が分かれば、企画を中止せずに済むかもしれない。あるいは個人を特定できなくても犯人像が掴めれば、それだけでも対策の仕様はいくらでもあると思う。


 しかし目の前にあるのは、差出人の書かれていない手書きの便箋のみ。これだけで犯人を探すというのはかなり無理がある。


 弥富の言うように、犯人を見つけることが一番最善策だと分かってはいるのだが……。




 しかし、こればかりはどうにもならない。




 手元に便箋を取ってみる。やっぱり、手がかりなんてどこにも——






「……ん?」






 瞬間、違和感を覚えた。






 それは、単なる気付きでしかなかった。


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[一言] 教室内から撮ったのか教室外から撮ったのか ふうむ…
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