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おぞましき写真

「あっ、おかえりなさーい」




 部室に戻ると、休憩して元気を取り戻したのだろう、さっきまで干からびたようにダウンしていた弥富が笑顔で俺たちを迎えてくれた。


 後ろの方で鳴海も「おかえり」と小さな声で俺を迎えてくれる。……いいな。『おかえり』がある生活。おかえりって言われることで俺にはまだ帰っていい場所があるんだなって思うことができるから。どんだけ自己肯定感が低いんだ俺は。




「どうでした、書類?」


「ん? あぁ。普通に受理されたぞ。とりあえず体育館ステージは押さえられたな」


「そうですかっ。にししっ。いやぁ……がんばった甲斐がありましたよー」




 弥富が満足そうに笑っていた。まぁさっきまで暑い中頑張ってくれてたもんな。そりゃ喜ぶってもんだ。今だけはその意味不明な笑い声も聞き逃してやろう。


 無事に書類は生徒会に承認されたのだった。故に今日の事務手続きはこれで完了である。




 一仕事したなぁとか思っていると、




「えっと……。それで……」




 鳴海が恐る恐る俺に声をかけてきた。




「どうした?」


「えーっと……。ことちゃんは、なんでそんなに顔が青ざめてるの……?」




 鳴海が視線を向ける方向。つまりは俺の背後。そこには加納が項垂れながら亡霊みたいに突っ立っていた。


 見れば確かに顔は青ざめている。どうも元気がなさそうだ。心なしか、その姿はひと回り小さくなったようにも感じる。




「腹でも減ってるんだろ、きっと」


「いやっ……それにしては、元気がなさすぎじゃない?」




 俺の適当な発言にツッコミを入れつつ、鳴海は加納を心配しているみたいだった。


 鳴海が加納の元に駆け寄る。




「だ、大丈夫……?」


「——あははっ……、だ、大丈夫よ……」


「全然大丈夫そうには見えないんだけど……」




 さすがは鳴海。加納の強がりをこうも簡単に見抜くとは。友達同士だからこそ気づけることがあるのだろう。……俺だったら「そうか、ならいいわ」とか言っちゃいそうだ。たぶん体調が悪いということにも気付けない。まぁ友達じゃないからね。気付けなくてもしょうがない。




「何かあったんですか?」




 弥富が問う。……さて、なんと説明したものか。


 何かあったと言われれば、もちろん何かあったんだが……。




 俺は生徒会室での会話を思い返しながら、二人にどう説明すべきか考えることにした。








***








「陽斗くんなにこれっ! ねぇっどうしよう! どうしようぅ!」


「——おっ、ちっ、つけ……! おい、揺らすな揺らすな! 酔う酔う酔う!」




 狂乱した加納が、俺の肩を掴んで激しく揺さぶってくる。


 机の上に置かれた写真。それは加納にとって最も考えたくない結末を想起させる。


 便箋と写真が同封されていたことから、手紙の差し出し人はこの写真を拡散する用意があるのだろう。




 つまりは、脅迫材料。




 俺たちが最も恐れる事態を、犯人は知っている。


 だからこそ、恋愛感謝祭の中止なんていう突飛な要求も現実的になり得るというわけか。




「加納さん……。ところで、この写真は一体……」




 生徒会副会長の田神が、苦笑いを浮かべながらそう尋ねる。これまでの発言と様子から察するに、田神は事前にこの写真を確認していたみたいだ。




「ちっ、違うのっ! 違うのよ田神くん! これはその……なんというか……。粛清というか、排除というか……。つまり、矯正をしていたわけで!」


「加納、それ全然フォローになってないからな」




 俺がぽつり独り言のように突っ込むと、加納が一瞬こちらを睨みつけてきた。はいはい、こわいこわい。


 しかしまぁ、これ以上事態がややこしくなることは避けたいところだ。田神はこう聞いてくるが、ひとまず誤魔化しておくべきだろう。下手したら加納の暴走にもなりかねないしな。


 俺は咳払いを挟んでから、会話に割り込む。




「まぁ深くは尋ねないでくれ……。こいつにも隠したいことくらいあるんだよ」


「陽斗くん……」




 加納が打って変わってこちらを上目遣いで見つめてきた。はいはい、可愛い可愛い。




「この写真がどういう意味をもつのか、俺には分からない。でもそれでいいじゃないか。今はまず、脅迫状の方に目を向けて犯人の特定を始めるのが先決——」


「分からない……って、これ、どう見ても、柳津さんが加納さんに殴られているように見えますが……」


「……えっ? そうなんですか? はははっ、そうですかなるほどっ。田神さんにはそう見えるんですねっ。……えーっと? もう一度その写真をよく見せてください? ——あぁ、俺には『加納がサンドバッグに打ち込みを入れている』ように見えますね。ただのトレーニング風景です。ご心配なく」




「——それ、柳津さんがサンドバッグってことになっちゃいません……?」


「……陽斗くん、ちょっとおいでっ」




 加納が溢れんばかりの笑顔で俺のことを見ていた。こいつとの付き合いも長いのでもう分かる。この表情はアレだ。……今から『説教』をするという顔だ。


 会長と副会長から少し距離をとって、再度耳打ちタイムが始まった。




「——アンタも全然フォローできてないじゃない……!」


「おかしいな……。よくある光景だから心配するなって言ったのに……。なぜバレた」


「さては最初からフォローする気なんてなかったでしょ……!」




 ばっかお前。そりゃそうだろ。なんで俺がお前のフォローなんてせにゃならんのだ。内部告発のいい機会である。この調子で恋愛相談部も畳んでしまおう。


 俺が加納から受けた他のパワハラ(物理)を思い返していると、




「まぁこの写真について、とやかく言うつもりはない」




 知立会長が、ため息混じりにそう言った。




「問題はこの写真そのものではなく、脅迫状の方にあると私も思う。まずは対策を考えるべきだろう。そこの柳ヶ瀬くんが言ってくれたようにね」




 会長は便箋を手にとって、俺たちに注目を集めるようにしてそれを掲げた。


 彼女の言う通りだと思う。この場で考えるべきは犯人の思考でも思索でもない。まずは対策。今後の方針極めをしなければならないはずだ。……あと会長。ぼくの名前は柳津陽斗です。よろしければ、今後お見知り置きを。




「それで、この写真が持つ意味を君たちは知っているわけだが、それを勘案した上で、まずは恋愛相談部の意見を聞きたい」


「恋愛相談部の、ですか……?」


「あぁ。私たち生徒会としてもできるだけの努力はするが、この手紙だけでは犯人特定は難しいだろう。要求にある通り、君たちの出展を行うか行わないか、それは君たちの部活で考えることだと思うよ」




 会長はそう言って俺の元に近寄ると、便箋を差し出す。


 受け取ると、まっすぐな視線を向けてこう言った。




「もし何かあったら、いつでも生徒会に来るといい。生徒会はいつでも君たちの味方だ」


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