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生徒会へ

 生徒会室は特別教室棟の二階にある。つまり、俺たちの部室の近所というわけだ。


 普段部室へ行く際に通り過ぎてはいるのだが、生徒会室を意識したことは一度もないと思う。誰かが出入りするところも見たことはないし、廊下まで騒がしい声が聞こえてくることもなかった。他のよく分からん部活などと違って。


 ものの一分足らずで目的地には到着した。


 部屋の外観は、他の部室と変わらない。無機質な扉が俺たちを出迎える。




「じゃあ入ろっか」


「あー、ちょっと。その前にいい?」


「……なに?」




 扉に手をかけた加納に俺は待ったをかけた。怪訝そうな様子で加納がこちらを見る。




「あ、いや、別にお前がいいんなら良いんだけどさ?」


「なによ。……言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」


「ああ、まぁ。そうなんだけど……」




 つってもこれ、どう説明すんだ。——シャツが透けてブラジャー見えてるよ、なんてダイレクトに言ったら確実に俺は殴られる。かといって指摘せず部屋に入り、生徒会の人たちから何かを言われたら、それはそれで鉄拳制裁されるだろう。どちにしろ俺は八方塞がりだった。……俺、なんにも悪くないのにおかしくね?


 しかし、ここは教えてあげるのが優しさだ。流石の加納とて、部外の人にそんな姿を見られたら赤面の至りに違いない。




「いや、なんつーか。こう……目のやり場に困るっつーか……」




 覚悟を決めて、俺はそう言った。


 どうせ殴られるのであれば、少しでも被害が少ない方を選択するのが良いに決まっている。俺に見られたくらいなら、こいつだって気後れを感じる必要もないだろうし、後になったら笑い話くらいで済むと思う。——さぁ殴るなら殴れ。最近腹筋に力を入れれば、多少痛みが和らぐ程度には筋肉が成長してきたからな! なんだこの特殊すぎる筋トレはっ!




 とか思っていたのだが。




「あぁ、これ? ……確かに透けちゃってるわね。でも心配ないわ。早く行きましょ」


「えっ」




 俺が驚くが早いか、加納はしれっとした様子で部屋の扉を開けた。


 そのまま入室する加納。立ち尽くす俺。




 状況を理解するのに二秒ほど要した。




「……」




 ……なるほど、そういうことか。




 まだ理解できていない諸君もいると思う。ここは俺から説明しよう。




 つまりこいつにとっては、透けブラも一種のコーディネートということらしい。もはや恥じらいなどなかった。女子の特権をフルに活用し、自身のブランドイメージ向上のため、使えるアピールは全て使うというハイエナもびっくりな処世術を披露してくれたのだった。




 ……頭おかしいでしょ、こいつ。




 どうなってんだよマジで。まず俺の優しさを返せよ。あと覚悟も……。せっかく腹筋に力入れたのに意味ねぇじゃん。俺のシックスパックが泣いてるぞ、マジで。


 はい、もう何でもいいです。どうでもいいです。デカいため息を漏らしながら、部屋の中へと入った。




 ——生徒会室。




 初めて入る部屋である。


 大半の生徒にとっては用事すらない場所だから当然かもしれない。そもそも生徒会が普段何をしているのか、どんな活動をしているのかさえ分かっていない人も多いだろう。もちろん、俺とて何も知らない。


 部屋の中は雑多としていた。書類やら備品やら道具やらがスチールラックに詰め込まれ、物品が多いなという印象を受ける。しかし整理整頓はされているようで、どの物品がどの箇所にあるのか一目で分かるようになっていた。


 部屋の中をぐるっと見回した後——正面に二人の生徒を認める。


 内訳は男子一人、女子一人。どちらの顔も見覚えがなかった。同じクラスの連中でさえあまり記憶していないから、これまた当然の話である。




「失礼しまーす」




 加納の表モードボイスが炸裂した。いつになく甲高い声。……うわぁ、蕁麻疹がっ。


 無性に首元を掻きたくなっていると、爽やかな男子の声が出迎えた。




「——こんにちは」




 声のする方を見る。ちょうど部屋の奥。


 そこには度し難いイケメンが立っていた。


 思わず、そのご尊顔を二度見してしまう。


 端正な顔立ち、すらりと伸びた足。そこはかとないオーラを感じさせる笑顔。


 智也とはまた違うタイプのイケメンだった。なんというかこう、素行や会話の節々に初々しさというか、可愛さとかっこよさを兼ね備えたような感じだ。美少年とでも言えばいいのだろうか。例えて言うならジャ◯ーズとかにいそうである。


 そんな、テレビの向こうにいそうなイケメンが、加納に相対していた。




「こんにちは、田神くんっ。久しぶりだねっ」


「あぁ? 誰かと思えば加納さんじゃないですか!」




 どうやら二人は知っている仲のようだった。


 加納の笑顔が炸裂する。それに応じるかのように、田神とかいったその男子もはにかむような笑顔を見せていた。




「夏休みを挟んで、しばらく見なかったですもんね! その後調子はっ……——」


「……? どうかした?」


「あぁ、いえっ、なんでもっ!」




 途端の上ずった声。目のやり場に困っていると言わんばかりに、田神さんが視線を逸らす。そして首を傾げて不思議そうにしている加納。——はい、完全に確信犯。見てらんねぇよマジで。


 紳士的対応をとっさにとった田神。……と、彼が視線を逸らした先には俺がいたようで。不覚にも視線が合ってしまった。


 俺を安全地帯と判断したのか、急いた調子で声をかけられる。




「あなたも加納さんの関係者で?」


「……えっ、あぁ、まぁ」




 関係者て。




 まぁ友達でも親友でもないし。ましてや恋人でもないし。その肩書きが最もベストなことに違いはないけどね。うん……。できれば関係すら持ちたくなかったが。




「林間学校以来ですね。私は田神桔平たがみきっぺいといいます」


「あぁ、ご丁寧にどうも……。俺は柳津陽斗です。よろしくお願いしま…………。あの、どこかでお会いしましたっけ?」


「陽斗くん、本気で言ってるの……?」




 横から加納にそう言われるも、面識の覚えはなかった。林間学校以来と声をかけられたもんだから、てっきり知り合いかと思ったのだが。何度その顔を見ても、俺にとっては初めましてだった。……俺の知り合いにこんなイケメンいたか?




「いや、ガチで知らねぇ……」


「陽斗くん、ここは生徒会室だよ」


「それは分かってる」


「じゃあ田神くんは何をやってる人か、分かるでしょ?」


「……えっ。どういうこと? なぞなぞ?」




 テンで分からない。おそらく加納の発言は何かのヒントを示しているのだろうが、何度その顔を見たところで、ひらめきがやってくることもない。


 記憶の方もさっぱりだし、完全にお手上げである。


 唸りながらも、なんとか記憶の断片を捻り出そうとしていたら、田神が苦笑いを作って言った。




「いや、こっちが悪いですよ。そうですよね。ほとんどの人は、私のことなんて知らないですから」


「そんなことないよっ。なんて言ったって、一年生で『生徒会副会長』になった人なんだからっ」





 ——生徒会副会長。




 あぁ、そうか。そういうことか。ここは生徒会室だから、生徒会の人間がいるという意味だったのか。なるほど、そういうこと……。生徒会副会長ねぇ。ダメだ、やっぱり知らね。





「……覚えてませんか? 林間学校のキャンドルサービス。あれの取り仕切りをさせてもらったんですが……」


「はぁ。そうですか」


「陽斗くん、全然覚えてないじゃん……」




 いや、いちいち覚えてねぇよそんなこと。林間学校とかキャンドルサービスとか。でもまぁ、そんなイベントもあったかもしれない。うん。……あのときに喋ってた人とだいぶ印象が違う気もするが、そういうキャラ付けだったということだろうか? うーん……。いや分からん。今となっては遠い記憶の彼方だ。


 思い出したような、思い出していないような、妙なモヤモヤ感に苛まれていると、田神が口を開いた。




「——っと、私ばっかり喋っていちゃダメでした。生徒会長に用があるんですよね?」




 そう言って、田神は後ろの方を振り返る。もう一人。この場にいる生徒会の人間がいたはずだ。


 彼女はパソコンに向かって何やらカタカタしていたが、俺たちの会話の節目を察したか、ちょうど立ち上がってこちらの方を向いた。




 ——視線が合う。




 そこはかとない、緊張感を覚えた。




「——こんにちは、加納さん。それからそこの人も」




 どこか落ち着いていて、しかし言葉の中に冷ややかさを感じさせる口調。


 同じ高校生とは思えない、異様と言えるほどに気品を感じさせる声音。


 そして佇まい。美人だった。厳格さを纏うその姿は、それだけで画になるようだ。


 ストレートの長い黒髪が風に任せて揺れている。凛とした綺麗な目に射抜かれた。




「私は生徒会長、知立一華ちりゅういちかだ。よろしく」




 彼女は微笑を浮かべながら、歓迎の言葉を口にするのだった。






 ……ていうか。まず言わせてください。






 ——『そこの人』って、ひどくね?


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― 新着の感想 ―
[一言] 加納と陽斗の関係って本当に何になるんだろう? 5章まで来て友達にすらなってないってすごいな
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