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成果報告

 弥富があちぃあちぃと言いながら、部屋のクーラーの前に立って涼んでいる。加納もどっと疲れた様子で席に座り、声にならない疲労感を呻き声で表しているようだった。




「おかえり? 二人とも、なんかすごい疲れてるね……?」


「そうなの、莉緒ちゃん……。もうホント疲れたわ」


「……ですねぇ。怒号と暴言が飛び交ってましたもん。マジで雰囲気激ヤバですよ? あと会議室のエアコン壊れてたし……。それが辛かったぁ……」


「……すげぇ会だな」




 二人の疲れた顔が、会議の強烈さを物語っている。なんというかこう……。今の会話だけで俺は行かなくてよかったぁーとか思ってしまった。そんな二重の意味で激アツな討論会に放り出されてしまったら、辛さのあまり俺は逃亡していると思う。


 事前情報で何となく、今回の会議は荒れると聞いていたが……。本当だったようだ。さすがは忠節高校文化祭。変な部活が多いだけのことはある。まぁ文化祭に本気な奴らが多いということだろうな。知ってた。


 さて、そんなことより成果報告である。




「んで、どこに決まったんだ?」


「あぁ、そうだ……。私たちの取れた場所ね」




 加納が思い出したように声を上げた。


 みんなが固唾を飲む緊張の一瞬。早くも運命の瞬間である。……そうだよね。そりゃ場所取りが全てと言ってもいいからね。マジ大事な分水嶺。大声で「結果発表ぉぉ」とか言おうかと思ったが、頭がおかしすぎるのでさすがにやめた。


 さてさて我らが恋愛相談部はどこで出し物をするのかな? もしかして校舎裏とかかな? それとも自転車置き場かな?


 なるべく人が寄り付かないところをキボンヌ。祈りを込めて手を組んだ。




 一呼吸おいてから、加納は結果を口にする。






「体育館のステージよ」




「「…………えっ?」」






 声が漏れた。




 無意識だった。鳴海と俺の声がハモっていた。




 ——えっ、今こいつなんて?




 体育館? ステージ?




「最終日の三日目。午後の時間に体育館のステージが取れたから、私たちはそこで出展ね。詳細な時間は追って連絡するわ。一日目と二日目で特にやることは無いから、それぞれクラスの出し物があればそっち優先で。あっ、あと——」


「ちょいちょいちょい。待ってくれ。一旦待ってくれ」


「……何よ?」




 話の腰を折られ、加納が不機嫌な様子で俺を睨む。だがそんなことはどうでもいい。


 ……いやまさか。もしかして俺の聞き間違いか?




「すまん。もう一回聞かせてくれ。……俺たちはどこで出展だって?」


「はぁ? さっきから言ってるじゃない。——三日目に、体育館のステージよ」


「…………。すまんもう一回聞かせてくれ。どこだって?」


「あれっ……今わたし喋ったわよね? ちゃんと口にしてたよね?」




 ちょっと混乱した様子で、加納がそんなことを言っていた。あまりにも俺が真面目な態度で聞き返したからだろう。あわよくば、その調子で全て聞かなかったことにしたい。


 しかしいくら何でも聞こえていたので、さすがに言い逃れすることはできないだろう。






 ——体育館ステージ。






 どう考えても一等地である。みんな喉から手が出るほど欲しい場所のはずだ。


 会場の広さ、集客能力、アクセスの良さ、その全てにおいて優れていると言えよう。




「よくそんな場所取れたな……」


「あら? 私のこと見くびってる? こう見えて私、こういう交渉術は得意なのよ」


「……ええ存じ上げておりますよ、もちろん。っつーか、それ交渉術じゃなくて、ただのペテンだからな」


「誰が詐欺師よ」




 納得いかないといった様子で膨れっ面を浮かべる加納。しかしそうは言うものの、加納はどうやら上機嫌のようで、この後に俺が殴られたり蹴られたりすることはなかった。いつもなら失言一つにつき鉄拳制裁も一つお見舞いされる流れなのだが……。あっぶねえ。命拾いした。


 とはいえ、俺の言っていることが間違いというわけでもあるまいに。どうせいつもみたく、その可愛い顔と猫撫で声を使ってみんなを騙したのだろう。


 加納の本性を知っているのはごく少数の人間だ。ほとんどの生徒は彼女の二面性すら知らないだろう。


 しかし大多数の前で加納が見せる顔こそ、本心の裏側であることに間違いはない。となれば、それは騙されたことと同義のはずだ。


 加納はやれやれといった様子で、肩をすくめてみせる。




「別に良いじゃない? 誰かが損をしたわけじゃ無いんだし」




 悪びれもなくそう言った。まぁ確かに。……いや、損をしているのが少なくとも一人いる。——俺である。




「何だっていんだけどさ……。そんな立派なところを取って大丈夫かよ。これで俺たちの出し物が失敗でもしてみろ。いいお笑い種だぞ?」


「そうならないように、できる準備はしておくまでよ。なんて言ったって私のブランドイメージがかかってるんだからね? ちゃんと成功させるわよ」


「あぁ、はいはい。わかりました」




 適当な返事が出てしまった。もう考えることすら面倒だ。こいつのブランドなど世界一どうでもいい。


 やはりと言うべきか、加納は今日も加納である。話数が進んで改心するヒロインとかではもちろんなかった。


 今どきのラブコメは甘々でイチャイチャな展開がトレンドなんだから、いい加減こいつもラブコメの展開というものを学んだ方がいいと思うんですけど。具体的にはラッキースケベとかポロリとか、そういうの、もうちょっと頑張れませんかね? まったく……。あと、水着回が無かったと思うんですが、まだ期待している俺はどうすればいいでしょうか?




「じゃ、今から生徒会に行くわよ」




 諦めのため息をこぼしていると、加納がそんなようなことを言っていた。


 毎回毎回、会話が突飛すぎる。




「は? 生徒会?」


「……ぁあ。えっとですね。私たち、出展場所を決めたじゃないですか? でも最終的な場所の管理は生徒会がやるみたいなんですよね……。つまり今回の会議はあくまでも場所の振り分けだけみたいで、最後は生徒会に書類を提出しないといけないみたいで……」


「……ああ、そういうこと」




 力のない声で弥富がそう補足してくれた。疲れてんのに長文を話してくれてサンキューな、弥富。おかげで納得できたわ。お前の補足説明がなかったら、加納の発言が意味分からなすぎて部活辞めちゃうところだったぜ……。




「全員で行く必要はないだろ。部長のお前が行けよ、加納」


「アンタだけでも付いてきてよ……? 『もしものこと』があるかもしれないじゃない?」




 セリフだけ聞けば、なんかそれっぽいヒロインに聞こえなくもない。


 だが、こいつにだけは騙されてはいけないのだ。




「なんだよ、『もしものこと』って……」


「決まってるわ。急に恋愛相談される可能性よ」


「……そんなシチュエーションはねぇよ!」




 どんな可能性だよ。怖ぇよそんな世界線。




 ——そう。これが加納琴葉。ため息混じりに、俺は改めて思い知る。どんだけ可愛かろうと、どんだけ胸がデカかろうと、こいつだけは俺のヒロインではないのだと。それだけは判然たる事実だった。……メインヒロインがヒロインレースにいないとか、これもう前衛的ラブコメすぎるだろ。




「——ほら、早く行くわよ」


「……はいはい」




 もはやちゃんとした説明すらないが、いつもこんな感じなので問題はない。


 黙って加納に付いていく。これこそ最も労力を消費しない対処法なのだ。


 机に突っ伏してへばっている弥富、そのとなりで団扇を仰いであげている鳴海に別れを告げ、俺たち二人は生徒会室へ。


 誰もいない廊下を、言葉を交わすこともなく、並んで歩いていく。




 …………。




 うん、まぁ。




 こんな残念ヒロインではあるが、それでもなんとか俺たち二人はうまくやっている方だと思う。柄にもなくそんなことを思ってしまった。






 ——その証拠に、だ。




「にしても、さっきの会議は暑かったわ。汗止まらなかったし……」


「……そ、そ、そうか。それは災難だったな……」




 暑そうに胸元をパタパタさせている加納。


 視線の先には彼女の言うとおり、どこか湿り気を帯びていているカッターシャツがあった。


 肌に張り付いたシャツはボディラインを際立たせていて、その胸元は見るからに苦しそうである。盛り上がったその曲線の先、情けなく半透明になってしまった布の向こう側には、確かに——




「? どうしたのよ」


「いや、何でもないっ」






 ——まったく。これだからラブコメは。






 俺はやれやれと思う他ない。加納よ、どうしてそんな格好になってしまったのか……。当の本人はきょとんとした様子でいるし、こいつバカだろ。鳥の鳴き声が聞こえたので、俺は窓の向こうへと視線を送る。


 夏にしては涼しい風が吹いていた。青空が今日もきれいだ。




「なに? 本当にどうしたの?」


「だからなんでもねえよ。ありがとうございました」


「な、何の感謝よ……」




 加納が狼狽しているのを尻目に、俺は一歩前を歩きながら、吹けもしない口笛を吹いてみせた。


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