EX 勉強相談部へようこそ ! 2
いつもは来客席となる位置に弥富が座る。向かい合う形で加納と鳴海、そして俺の三人が席についた。
弥富は何か言い辛そうに何度も口をもごもごしていたが、やがて覚悟を決めたかのように口を開く。
「実は私……こう見えて結構アホなんですよ……」
「いや。全然見た目通りなんだが」
「——ひどいっ!?」
いつもの大げさな声が部屋に響き渡った。加納も鳴海も苦笑いを浮かべている。……なんだ。急に相談とか言い始めたから何事かと思ったが、弥富の悩みというのは実にシンプルなものらしい。
「つまりアレか。成績が伸び悩んでいると?」
「まぁそんなところです。あっ、でも。伸び悩んでるっていうか、ぶっちゃけ地を這ってるんですけどね! にししっ!」
「梓ちゃん、あんまり威張って言うことじゃないわよ……」
加納が少し呆れた感じにそう言った。思っていた反応と違ったのか、弥富はちょっとだけ驚いた様子で「あっ、そうですね……」としょんぼりしていた。
まぁこの手の悩みは高校生につきものだろう。むしろ大多数の生徒は悩みを抱えているんじゃなかろうか。
——勉強に対する悩み。
これまで恋愛相談ばかり受けていて俺たちの感覚が麻痺しちゃっているかもしれないが、恋愛相談と同じくらい、この手の相談も蔓延っているはずなのである。
成績が伸びないだとか、苦手科目の勉強法が分からないだとか、進路の決め方に不安があるだとか。そんなようなことで俺たちは大いに迷う。何も高校生の悩みは恋路だけではない。まったく思春期は悩みが多くて大変だ。逆になんで俺は何も悩んでいないんだって話ですよね。ええ。
「ちなみにみんなは、どうやって勉強してるんですか?」
弥富が首を傾げてそんなことを聞いてきた。
「ことはっちとリオリオ! 教えてくださいっ!」
「えっ、勉強法? 急ね……。別にいいけど……」
「普段の勉強かぁ……」
「……。あれっ、なんで俺には聞かねえの?」
「へ? いやだって……ハルたそはアホじゃないですか? 聞いてもあんまり意味なさそうだし」
「しばくぞお前」
イラっときて、つい立ち上がってしまった。常人ならこの時点で手が出ていただろうが、さすがは仏の柳津陽斗である。なんとかギリギリ踏みとどまった。加納もすぐに「どうどう」と宥めてくれたし、ここは怒りを収めて再び席へとつく。……ふぅ。いやでも『どうどう』って。俺は馬かよ。
「まぁいいや……。じゃあ加納、お前どうやって勉強してんの?」
望み通り、俺はパスしてまずは加納に振った。
さて聞かれた加納。少し考えるようにして唸り声をあげている。学年二位という事実もあり、さぞや立派なお話を伺えるに違いない。このとき勉強法をこそっと真似してみようとか思ったのは内緒の話である。
数秒ほど待って、出た答えは——
「これといって無いわね……。授業の予習と復習をしてるだけだわ。塾にも行ってないし」
「ああ、はいはい出ました。天才自慢。そういう話が一番いらねえんだよ」
「何よ急に」
期待していた分、がっかりしてしまった。まぁ心のどこかで分かっていたことなんだが、加納琴葉はいわゆる天才型というやつらしい。あんまり勉強とか意識しなくても点数が取れちゃうタイプの人間だ。生まれもったオツムが俺たちとは違うのである。よって参考にはならない。ましてやアホの弥富には。
「そういうのじゃなくて、もっとあるだろ? 勉強方法のコツとか」
「……コツ? コツとか言われても……。こういうのって理解度に合わせて勉強方法を変えるものじゃない? 私、梓ちゃんの成績がどれくらいか知らないし……」
「あぁ、なるほどな」
勉強方法をレベルに合わせて変えるのか。おぉ……確かにそれはそうかもしれない。加納にしては良いことを言う。
「だってよ? 弥富は今回の模試、何点だったんだ?」
「……えっ。やっぱり言わなきゃダメですか?」
「そりゃそうだろ。そのための相談だ」
こいつのレベル感が分からないことには加納からアドバイスを引き出せないからな。言うと弥富は恥ずかしそうな素振りを見せながら口を開いた。
「今回の模試では……に、二十点くらいでした」
「二十点……。なるほどね。となると、かなり基本的なところから勉強しなおす必要があるわ。応用をやるにはまだ早い段階ね。でも百点中二十点取れているってことは、そんなに悲観しなくても——」
「——あっ、いえっ。三教科合わせて二十点なんです。一教科じゃありません。あと数学は0点でした」
「…………えっ」
およそ加納とは思えない汚い声が聞こえた。その場の空気が刹那に凍りつく。……無論驚いたのは加納だけではない。鳴海はちょっと悲鳴に近い声を上げていたし、俺に至っては脳が理解を拒んでいた。てへぺろっと舌を出してごまかす弥富と、戦慄の表情を浮かべたまま固まる加納。その構図はかの有名な阿形と吽形を彷彿とさせるかに思われた。いや、そんなわけあるか。
「……くっ、ゼロ点はさすがに想定外だわ。対策が何も思いつかない……。どうすればいいの? つまり何も学んでいないってことだから……ええっと……。まずは根性を叩き直すために滝行とか……?」
「加納、その辺にしておけ。お前まで頭がおかしくなってるぞ」
アホは伝染するという。できればパンデミックは避けたいところだ。
「じゃあ次は鳴海の番だな。弥富に勉強法を教えてやってくれ」
「——わ、わたし?」
突然指名されて、たじろぐ鳴海。対して弥富は飛びつかんばかりに体を前のめりにしていた。
「お願いします、リオリオ! ぜひいい案をください! リオリオの一言次第で、今後の私の人生が決まっちゃうんです!」
「う、うん……? それは責任重大だね……」
「つーかお前の人生、そんな簡単に変わるのか。思ったより薄っぺらいんだな」
「——ハルたそ、静かに」
……強い語調というよりかは、針みたいに鋭い言葉。なんかすごい圧を感じた。見れば弥富がこちらを睨んでいる。こいつでもこんな凄みのある目ができるんだなぁとか思った。はい、そうですねごめんなさい。
鳴海はしばらく考え込んだあとに、ゆっくりと話し始める。
「うーん……。やっぱり復習することが大事かな……? 予習も大事だけど、一度習ったことを間違えないように意識するといいかも。完璧に解けるまで、何回も同じ問題をやるイメージで……授業で習ったところはもちろん、基本的な問題は間違えないように何度も繰り返して解いて——」
「なんか、リオリオの勉強はつまんなさそうですねー」
「つっ——まんない……?」
バッサリだった。なぜか弥富が鳴海のことを一刀両断していた。
「復習なんてつまんないですよー。却下です却下!」
「あっ、ご、ごめんね……」
「……なんで莉緒ちゃんが謝ってるのよ」
「つーか却下ってなんだよ」
なんかすげえ偉そうだし。こいつ本当に成績上げる気があるのかよ……。だいたいお前にそんな権利ねえだろ……。
一連のやり取りを聞きながら、俺はやれやれとため息をこぼす。まぁ勉強そのものがつまらないという説もあるし、弥富のようにやる気が出ないというのは分からんでもない。俺だって成績は伸び悩んでいる方だ。思うような成績が出ないと、次の勉強へのモチベーションが上がらずにまた微妙な点数を取るという負のスパイラルになりかねない。結局のところ、勉強というのはアホにとって尚のこと苦痛な作業なのである。
「はぁ……。やっぱり私はアホのままなんですかねぇ……」
——と、そんなことを考えていたときである。俺はあることに気付いた。