EX 勉強相談部へようこそ! 1
お久しぶりです。にっとです。
おまけ話を書きました。
高校生の悩みは恋愛だけではない、という話です。
※第五章連載準備中です。今しばらくお待ちください。
——人間は、愚かな生き物である。
こんなフレーズを、誰だって一度くらいは聞いたことがあるだろう。よく耳にする話だ。SNSのつぶやきからドラマの中の悪役まで、人生を達観した末に行き着く先がこれである。かの有名なヘーゲルだってこう言ったらしい。——我々が歴史から学べることは、人間は決して歴史から学ばないことだ、と。
詰まるところ人間というのは同じ過ちを繰り返す。頭では分かっていても情動が抑えきれず、間違った選択肢を選ぶことなんて日常茶飯事だ。人間関係や今後の進路、お金に遊びに色恋沙汰。どこかで間違ったと気づいた時には、取り返しなんてつくはずもなく……。そうそう。だから俺も部活選びを間違えた、一人の愚かな人間です。自己紹介が遅れました。どうも柳津陽斗です。
さて、人間は愚かだという話をしたわけだが、そもそも愚かさとは何だろうか。何を以て「愚かだ」と判断できるのだろうか。言い換えれば「バカである」ということはどういうことか。もちろん、解釈の仕方は人それぞれだろう。
あいつはこんなことも分からないからアホだとか、あの人は常識に欠けるヤバい奴だとか、まあ、日常の中でそういうことを思う瞬間は誰にだってあるはずだ。いずれにせよ、他人を愚かだと判定する要因は、時と場合にもよるし、判定する個人の主観にも依存すると言えよう。
だがしかし。
高校生の俺たちにとって、その指標を客観的かつ簡単に示すものがある。
——学力だ。
定期テストの点数、あるいは授業中の小テストでも、何でもいい。つまるところテストの点数である。
これは高校生に限った話ではないが、学生の本分は勉強することだと世間は言う。特に義務教育を終えた俺たちというのは、自らの意思によって学道を突き進む博学篤志たる集団なのである。遊びそっちのけで勉学に励み、自らの素養と学識を深めることこそ、我らが喜びたるはず……!
……まぁ、んなわけないんですけどね。
そこまで言わずとも、勉強を頑張ることは大切なことだ。いい大学に入るためだとか、学びたいことをより学ぶためだとか、いろいろな理由があるだろうが、忠節高校に集う生徒たちは皆、それなりに勉強を頑張っている。
反対に将来のこともロクに考えず、勉強そっちのけでアニメだのギャルゲーだの言っているやつは愚かだという話だ。はい。自己紹介がまた遅れました。どうも柳津陽斗です。
——まぁそんな感じで、学生の本分を果たせていない奴も少なからずいるわけで……。
***
「——ハルたそぉぉぉぉぉぉぉ」
夏休みのある日。
部室で黙々と文化祭に向けた備品を作っていた俺の目の前に現れたのは、まるでおもちゃを買ってもらえなかった三歳児のように喚く弥富梓だった。
「……ど、どした? なんかあったのか?」
思わず立ち上がって、弥富の方に駆け寄る。すごい泣きそうな顔をしていた。弥富はいつもうるさいやつではあるが、こんな感じで半べそをかいているのは初めて見る。
車に轢かれたか、あるいは詐欺でお金を騙し取られたか。高校生にもなって泣きべそをかくとなるとそれくらいの被害にあったと見て間違いない。ちなみに俺も休日はよく泣いているが、それは加納に泣かされているだけなのでノーカンだ。誰もカウントしてねえよそんなこと。
「うぅ……その……実はですね……」
「お、おう」
声が震えている。よほどのことがあったのか……?
弥富は言葉を絞り出すように口を開いた。
「…………テ、テス」
「——テストの点数が悪かったのよ」
弥富の声に重なった、もう一つの声。
ふと廊下の方を見れば、二つの知った顔があった。——加納と鳴海だ。
弥富とは対照的に、澄ました顔の二人。彼女たちの手にはファイルが握りしめられている。よく見ると弥富も同じものを持っていた。三人で一緒に何かの資料をもらってきたのだろうか。
いやしかし、そのファイルには見覚えがあった。このファイルは確か……。
「あぁ、これアレか。この前の校外模試の……」
「そう。学校へ寄ったついでに、結果を受け取ろうかと思って」
校外模試。夏休み前に受験した公開模試のことである。国数英の三教科、夏休み前までの学習内容を試験範囲として、全国順位がしっかり出ちゃうタイプの試験のことだ。高校生を経験した人なら一度くらい受けた覚えがあるだろう。そう、アレだ。
もちろん俺は受けるつもりなどなかったが、一年生は強制受験だと言われたので逃げ道がなかった。まぁ、自称進学校のやり口なんてそんなもんである。
「へぇ……。夏休みから結果受け取れるんだな。俺は休み明けに貰おうかと思ってたわ」
今は夏休み真っ只中。全ての生徒が学校へ登校するわけではない。故に学校が始まってから結果が配布されるものかと思っていたのだが……、なるほど、希望者は早めに受け取れるらしい。
ふーんとか思って聞いていると、加納がこちらへと寄ってきた。
「あぁ、それなら陽斗くんのも受け取ってきたわよ? はい、これ」
「……えっ?」
思ったより低い声が出た。
目の前にファイルを差し出される。加納が渡してきたのは、みんなが持っているのと同じ様式のファイルだった。そして表紙にはどう見ても俺の名前が印字されている。……えっ、なんて事してくれてんの。
おいおいマジかよ。突然すぎるって。本当に俺のやつじゃん。ちょっとまって、まだ心の準備ができてないんですけど?
「ちなみに結果はどれも平均点くらいだったわ。陽斗くんって思ったよりもフツーなのね」
「おいなんで俺の成績知ってんだよ。……さては開けたな? これ開けたな?」
しかもネタバレ。よく見たら俺のファイルはしっかり開封済みだった。バカ野郎……。勝手に結果見るんじゃねえよ。プライバシー侵害で訴えるぞ。てか『思ったよりフツー』って……。なんだか傷つくなぁ……。
まぁコイツらに模試の結果を見られたところで別にいいんだが。ファイルから用紙を取り出してみると、確かにどれも校内平均点くらいだった。加納の言う通り、特徴もクソもない普通の成績である。まさしく俺って感じの成績。
「ちなみにお前らはどうだったの?」
「私は校内二位だったわ」
「……私は、柳津くんと同じくらい、かな?」
加納と鳴海がそれぞれ答える。……はぁ、なるほどね。加納がうざったらしく成績自慢してきたのは無視して、鳴海って俺と同じくらいの成績なんだ。意外だ。
「鳴海ってスゴく頭が良いイメージあったわ。なんかごめんな」
「な、何の謝罪……?」
鳴海が戸惑うようにそう言った。そして加納がジトーっと冷たい視線を送っているのに気づく。はははっ、どういう謝罪なんでしょうねこれ。超失礼なことだけは分かるけど。
しかしちょっと親近感が湧いたというか、みんなもこういう経験くらいあるよね。同じくらいの学力のやつとは仲間意識が芽生えるというか、一緒に頑張りたいというか、そういう感じの気持ち。イメージと違って実はそんなに賢くないっていうのなら尚更だ。
だから、嬉しくなってつい聞いてしまう。
「あっ、じゃあどっちが上だったか勝負しようぜ。鳴海は何位だった? 俺は百五十位くらいなんだけど!」
「順位? えーっと、順位はね……二十三位?」
「へぇ。二十三位かぁ。じゃあ俺の負けだな——って全然違うじゃねえか!」
ガッデム! 思わず叫んでしまった。
おいなんだその順位。上級国民じゃねえか。意気揚々と『百五十位!』って言った俺が恥ずかしすぎるだろ!
「ご、ごめん……」
「陽斗くん、莉緒ちゃんに謝りなさい。こういうのは謙遜するものなのよ。最初から『成績が良かった』なんて言うわけないじゃない。今のはアンタが悪いわ」
「えっ、俺が悪いのか……? つーか加納、お前はどうなんだよ。お前からは謙遜のカケラも感じなかったんだが?」
「ただ事実を言っただけよ。二位なんだから二位って言っただけ」
「くっ……」
おのれ加納。頭が良いからって調子に乗りやがって。憎たらしいその顔をひん曲げてやりたい……。それに俺は気付いてるからな。入試の時は首席だったのに、今回は二位に甘んじていることに……。はっ、いい気味だ。そのまま成績もブランド価値も下がってしまえ!
……しかし、どれだけ恨んだところで実力勝負。学力ほど簡単に生徒同士の序列を計れるものはない。加納の二位という成績は彼女の実力を表しているだけのことであり、この場において負け組は俺の方なのだ。俺にできることと言えば、せいぜい憎まれ口を叩くことくらい。
鳴海もかなり成績良い方だし、普段から勉強を怠っている俺の一人負けであることに気づいた。恋愛相談部で最もバカなのは俺かぁ……とか思っていると、何やら袖をひく手が。
弥富である。なんか青ざめた顔で俺のことを見ていた。
「……元気出してください、ハルたそ。わたしの成績を見たら……たぶん『下には下がいるんだ』ってことに気づけると思いますから……」
「いやそんな悲しいこと言うなよ。つーかお前のほうが元気なさそうだけど……。大丈夫か……?」
今にも倒れそうな弥富。彼女の手には同じように結果を記したファイルが握りしめられている。……見ても良いと言うことだろうか?
ファイルを受け取ると、弥富は深刻そうな面持ちでこう言った。
「——ついでにちょっと相談に乗ってもらえませんか? あっ、恋愛相談じゃないんですけど……」
「……はぁ」
加納と鳴海、そして俺。三人困った顔を見合わせる。
かくしてその日、恋愛相談部は弥富のために貸し切られることとなった。