新たなる訪問者
次の相談です
恋愛相談部に入ってから二週間が経った。
平日は毎日放課後に活動がある恋愛相談部。最初は来客なんてほとんどないだろうと高をくくっていた俺だが、案外そんなことはなかった。
この二週間でやってきた相談者は延べ九人。ほぼ毎日来客がある計算になる。
というのも、延べ人数では九人だが、実際は加納の友達が相談という名目で遊びに来ることが多いのである。正味、相談者は二週間で四人ほど。
加納の友達がやってくるときは、決まってクソつまらない雑談が始まるので、俺は部屋の隅で宿題をしているかラノベを読んでいるかのどちらかだった。
たまにだが、加納の友達が俺の方を指さして、
「あの陰キャ、誰?」
とか失礼なことを聞いてくることもある。その時は「や、柳津陽斗、です……」と礼儀正しく自己紹介をする。俺は品行方正なキャラで通っているので、「黙れビッチ」と言いたい気持ちを何とか抑えて対応をしているのだ。……ちなみにもちろん嘘で、言い返さないのはただ陽キャが怖いからである。
加納の友達はどいつもこいつも関わりたくないような人種のお方々だったが、それ以外の人たちとは比較的上手くやってきたつもりだ。
それ以外の人たちとはつまり、純粋に恋愛相談をしにやってくる人たちのことである。彼ら彼女らは様々な悩みを抱えて此処へやってくる。
たまに忘れそうになるが、俺たち恋愛相談部の仕事は決して加納の友達を接待することではなく、恋愛に悩みを抱えて困っている人たちに的確なアドバイスをすることなのだ。
なかには彼氏への誕生日プレゼントとしてローションを送りたいなんて言う女子もいたが、まあ、そういうのも生暖かい目で見守ってやるのが俺たちの仕事だと思っている。
そんなこんなであっという間の二週間。ちなみに今日は未だ来客が無い。
来客が無ければ、俺と加納の二人だけということになる。
別段、加納とは話すことなど無い。ただ挨拶を交わし、来客があれば表モードの加納と一緒に対応をするだけ。まるでビジネスライクな関係である。今のところ、こいつとラブコメする予定はない。
加納は来客が無いときはずっとスマホをいじっている。俺と同じ部屋にいようが構わずにスマホをいじっている。忠節高校が部活動の時間として充てているのは二時間ほどだが、その間ずーっとスマホをいじっている。スマホの虫である。
あまりにもスマホばかりいじっているので、この前「お前ってスマホ依存症なの?」と聞いてみたら「アンタには関係ないっしょ」と一蹴されたことがある。もう二度と聞かない。
今日も今日とて、加納はスマホにご執心のようだ。何を見ているかについては全く興味がないので覗き見をしようとも思わない。どうせファッションとかメイクとかそんな感じのサイトを見ているに違いない。
だから俺も加納にかまわず、今日も今日とて部屋の隅でラノベを読む……。ねぇ、前から思ってたけどなんで俺部屋の隅にいるんだよ。いじめられてるみたいじゃねえか。
手元のラノベはクライマックス寸前だ。ページを繰り、いよいよメインヒロインが素っ裸になる、というところでノックの音がした。
刹那、飛んでくる視線。加納が目で「対応しろ」と合図をしていた。
俺はため息をつくと、ラノベを鞄にしまって、それからいつもの定位置に腰掛ける。
加納も俺の隣の席に着く。これが俺たち二人の定位置。お客様を迎え入れるときは誰が来てもいいようにまずこのポジションで対応する。
「どうぞー!」
そして加納が朗らかな声で訪問者を招き入れる。こいつの表裏を知っている俺にとっては気色悪い声でしかないが、最近はもう耐性がついてきた。慣れって怖い。
がらりと扉が開く。長い茶髪が風に任せて揺れた。
「おっすー!」
部屋に入ってきたのは知っている顔だった。
春日井美咲。
加納の友達にして陽キャ。ここ二週間で部室に来たのはこれで三回目である。この頻度はもはや俺とすら友達になれるレベルだ。まあ友達じゃないんですけど……。俺のことを見るなり「うぃっすー」とか異国の挨拶をしてきたので反応に困ってしまった。
さらさらな茶髪。透明感ある肌。スッと通った鼻筋に柔らかそうな唇。
補足事項としてかなりの美少女であることは言うまでもない。
ちなみに備考、清楚系ビッチ。俺の本能が彼女を見た瞬間そう分析した。……いや、知らんけど。
「やっほー! 美咲っ!」
「琴葉、三十分ぶりー。ねえねえ。暇ならちょっと愚痴付き合ってー」
「えぇー、いいけどさー」
うふふキャッキャしてる二人を尻目に、俺はがっくりと肩を落とす。
春日井とは別に友達でもなんでもないが、この二週間で三回も会えばいい加減キャラとか属性とか、そういうのも分かってくる。彼女は加納以上にスクールカースト最上位の風格を醸し出している女。つまり、加納以上に陽キャなのである。見た目とか価値観とか。
分かりやすいように例を挙げよう。俺と春日井の初対面の話だ。部室に来た春日井が加納とのガールズトークを一段落させ、部屋の隅でラノベを読んでいた俺にかけた最初の一言がこれだった。
『なにその童貞臭い本? ウケるー』
ゲラゲラ笑う春日井。全く笑えない俺。むしろちょっと泣きそうになっていた俺……。
まあ春日井とはそういう女である。見てくれは良いが騙されてはいけない。こいつはクソビッチである。ちなみに反対から読んでもクソビッチ。
「じゃ、俺は向こう行くわ」
というわけで俺は二人のもとから立ち去る。彼女たちのガールズトークに入る気はないし興味もない。仮に混ざろうとしたところで、春日井から「キぃモいんだけど」と致命傷になりかねない言葉のナイフを突きつけられるのがオチだ。もうそれ刺さってるんだよなぁ。
それに、今読んでいるラノベが面白い展開を迎えている。本音を言うと早く続きが読みたい。こんなビッチと会話するくらいなら、素っ裸で赤面したメインヒロインが主人公に「この変態!」とビンタする展開を神の視点から眺めている方がよっぽどマシだ。
だが、今日の春日井はいつもと違った。
「あーいや、今日は柳津……だっけ? キミにも聞いてほしいんだよねー」
「なん、だと……」