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矯飾の花弁は散る

 それは核心に迫った言葉だった。




 俺が口にした台詞——何を意味しているのか、何を表しているのか、先生には伝わっているはずだ。




 息を呑み、そして先生を見据える。




 わずかに動いた眉。口角。次いで先生はゆっくりと息を吐き出してみせた。




 何かを考えるようにして目を閉じ、そして覚悟を決めたかのように口を開く。




「…………柳津君」


「はい」


「…………気持ち悪いわ、本当に」


「……へぇっ?」




 先生の抑揚を感じさせない声。反射的に間抜けな声が漏れてしまった。


 まさかの発言にたじろぐ。先生はいつもの真顔から顔色ひとつ変えずにそう言ったのだった。——えっ? 今なんて? ——き、気持ち悪い? ひどくね?




「——ごめんなさい。『気持ち悪いくらい柳津君の考えは当たっているわ』と言いたかったの。誤解しないで。単なる言い間違いよ」


「……いやそんなわけないでしょ。言葉を省きすぎですよ。言い間違いっていうか、もはや切り取ってるじゃないですか。いやいや、確実に故意犯。マスコミも青ざめるくらい切り取っちゃってましたよ?」


「何を言っているのかしら」



 いや俺も何言ってんのか分かんねえんだけど……。でも今のは絶対わざとだろ。その証拠に先生がとぼけた様子であさっての方向を見ている。……どこ見てんだよ。俺の方を見ろって俺の方。そっち見ても壁しかねえよ。


 ああでも。そういえば心理学で聞いたことがある。人は嘘をつくとき、右上の方を無意識に見てしまうのだと。見れば先生はそちらの方へと視線を逸らしているではないか。ははぁ、なるほど。そういうことか。先生が俺のことをどう思っているのか、とってもよく分かりました☆


 ちょっぴり傷ついていると、先生が独り言を漏らすように口を開いた。




「——それで、結局何だったの?」


「……はい?」


「仮説よ。どういう仮説を立てたのかしら?」




 急かすような口調で、先生にそう問われる。ああ、そうだった。そういえばまだ全部説明できていなかったな。


 ……仮説か。まぁ仮説というより、ただの辻褄合わせとでも言うべきか。


 たまたまそう考えるに至っただけであって、大した話ではないのだ。でも先生の反応を見るに、今回の仮説はほとんど当たっているに違いない。でなければ今こうして先生と話などできていないだろう。




「——ぶっちゃけて言うと、先生は『お見合い』をしているんじゃないですか?」


「…………お見合い?」




 ワンテンポ遅れた返事。


 先生は困ったような笑みを浮かべて、俺の言葉を復唱する。




「はい。もしくはそれに準ずる何かですが……。ともかく、それらを一括りにお見合いと呼ぶことにしましょう。先生がお見合いをしているとすれば、今回の一件は色々と説明がつきます」




 俺は先生の顔色を伺いながら続ける。




「先生は家庭の方針でお見合いをしている……。でもお見合いによる出会いをあまりよく思っていないんじゃないですか? ——先生は恋をしたかった。自分自身で恋をしたかった。誰かから強制される恋ではなく、自分の力だけで歩んでいく恋がしたかった」




 誰だって思うことだろう。もちろん俺にはお見合いなんていう大層な出会いの場などないが、先生の気持ちを推測することならできる。




 そうだ。きっと、先生は——




「だから先生は俺たちとの恋愛相談で、あんな話をしたんです。彼氏が欲しいというのは本当で、先生の心からの言葉だった。……でも先生には家族から用意されたお見合いの場があります。だから先生は、あんな中途半端な相談をするしかなかった。そしてそれを俺たちが勝手に解釈してしまったんですよ。これは部活の存続を賭けた、先生からの試験なんだと」




 話はそうして拗れてしまった。俺たちは先生の相談の意図を汲めずに暴走してしまい、結果的に今回の結果へと繋がってしまった。




「先生は言ってましたよね。彼氏となる人に顔も性格も何も求めないと。……そうですよ。先生はただ、自分で彼氏を選びたい、それだけが願いだったんですから」




「…………」




「でも俺たちは先生の相談の意味を履き違えてしまった。趣味の合う人を求めている、なんていう見当違いな答えを導いて、先生も引けに引けなくなってその答えに同調した。……そうです。そもそも先生の趣味だとか、そんな話はこの相談に一切関係なかったんです」




 初めから先生は言っていた。


 実際に会って、話して、それから決めていきたいのだと。


 自分自身の気持ちだけに従って、恋をしたいのだと。


 先生の想いはそれだけだったのだ。




 だが、こんな話を生徒である俺たちにできるはずもない。お見合いだとか、家のことだとか、全てをひけらかす必要など先生には無かった。


 だから先生は、あんな曖昧な相談をするしか無かったのだ。俺たちが間違った結論を出したときも、それに合わせるしか無かった。




 なおも俺は続ける。




「そして先生のお父さんです。電話を俺が聞いてしまったときですね。……まぁ、たぶんあの電話が、先生の縁談と関わっている話だったのでしょう。もちろん詳細までは分かりませんが」




 お見合いの話が進んでいるのを目の当たりにして、先生は俺たちとの恋愛相談を進める決意をした。その決意の表情が、あのときの先生に表れていたのかもしれない。




「最後に、ここからは完全に俺の妄想です。——先生には兄弟がいない、って話がありましたよね」




 返事をするだけの間を置いたが、先生は何も言わず、ただ耳を傾け続ける。




「それでピンと来たんですよ。先生のお父さんは、大企業の社長です。つまるところ『跡取り』が欲しいんじゃないですか? ……調べたところ、可児製菓は代々可児家が社長を任されていると分かりました。でも先生はこうして教師をやっているわけですし、家業を継ぐ人がいないことになる。だから先生のお父さんは、見合いの場を用意してその人に家業を継がせるつもりだった……」




 ホームページの情報から、可児製菓が世襲制だということは間違いないはずだ。であれば、先生がいまこの学校にいること自体、異様だと言えるのかもしれない。


 家庭の事情なんてそれぞれだが、こと可児製菓においては、重大な事案であろう。


 だからこそ、見合いの場が用意されているのだとしたら……。先生には恋をする舞台が既に整えられていた、ということになる。


 選ぶことなどできない、用意された場所限りでの恋模様があるとしたら。




 先生は、いったい何を思うのか——




「……俺の仮説は以上です」




 あまりにも突拍子がなく、ふざけた考え方かもしれない。


 直接的な証拠なんてどこにもなく、すべては辻褄だけを合わせた俺の妄想の域を出ない。


 それでも自信はあった。これまでの先生の態度から、当たらずと雖も遠からずと考えている。大きな見当違いをしていることはないだろう。




 俺の考えた一連の流れは以上だ。




 後は先生からの答え合わせを待つばかり。




 先生の方を見据える。








「……柳津君」


「はい」









「…………お見合いなんて、してないわよ」








 ひどく困ったような表情で、先生はそう言ったのだった。


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