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恋心の在り処

「…………っ」




 張り詰めた空気の中、先生は俺をほとんど睨み付けるように見ている。


 少しでも油断してしまえば取って食われてしまいそうな、そんな雰囲気。


 息をすることにさえ神経を使っていた。自分の心臓の音が静寂を掻き乱す。冷や汗が頬を伝い、いよいよその空気感に耐えられないと思った——そのときである。


 諦めたように、先生の表情がほぐれていくのを見た。




「そう怖い顔をしないで大丈夫よ」


「……怖い顔をしていたのは先生です」


「えっ?」


「えっ、じゃないですよ。……いやマジで。ぶっちゃけ仁王像みたいな顔してましたよ。チビるかと思いました。目なんて虎レベル。俺さっきモノローグで『取って食われるなぁ』とか思いましたもん。もう人間には見えませんでした」


「……そ、そう?」




 自覚なし、か。無意識であんな空気作れるとかパねぇなこの人。




「……というか、えっ? 『人間には見えなかった』って?」


「そうそう。あんな顔したら子供は泣くというか。マジでこの世のものとは思えないくらいの形相で——あぁすみません。言い過ぎました。そこまでじゃないです。ごめんなさい、ていうか、今、今その顔になってますよ」




 怖い。怖いよ。目なんてもうキマっちゃってるよ。子供どころか俺も泣いちゃいそうなんだけど……。そんな目で僕を見ないでください。


 なんとか先生を取り鎮めて、ようやく話は本題に戻る。




「——それで、さっきの話なんですが」




 言うと、先生は大きく肩を落としてみせた。頭痛でも抑えるかのように片手をこめかみにやっている。




「……まずは柳津君の話を聞きましょう。どうしてそう思ったのかしら?」











***











「さっきも言いましたが、最初に違和感を感じたのは先生の相談内容でした。彼氏が欲しいという相談だったと思いますが、先生は彼氏に求める具体的な人物像を持っていなかった」


「……そうだったわね」


 先生は少し元気がなさそうな声で、俺の発言に同意を示す。


「ですが、それは先生からの挑戦だと俺たちは勝手に解釈してしまったんです。その結果が今に至ります。俺たちは先生の求める彼氏像を作り出し、それを先生に提案することで相談は収束に向かった。……辻褄が合ってしまったんです。だから違和感は違和感のままで終わってしまった。先生の意図は別にあるとも気付かずに」


 俺はそこでため息をこぼす。一呼吸置いて、話を続けた。


「そして先生はマッチングアプリで桜井さんと出会った。俺たちの考え出した彼氏像そのものでした。デートは順調に進んで、先生も楽しそうに見えました。いろんなところを回って、笑って、楽しんで………先生は桜井さんに別れを告げた」


「…………」


「以上が相談の顛末です。……ぶっちゃけ何もおかしいことはありません。どこにも綻びなんて無いんですよ。たぶんあいつらだって気付いていないでしょう。今日の様子を見た感じ『先生にはまた次の出会いがある』なんて思っていそうです。それに、今から俺が言うことに気付いていたとしたら、先生が顧問になったことを素直に喜べはしませんから」


 淡々と前置きを話し終える。先生は表情を変えることなく、俺の話を聞くばかりだ。


 ここまでは単なる話の整理でしかない。問題はここから。




 ——つまるところ、先生との答え合わせだ。




「ところで先生って、結構お金持ちなんですね」


「……お金持ち?」


「はい。この前自宅にお伺いしたときです。とても立派な家に住んでいるなと思いまして」


「まぁ、あれは……」


「実は最近、友人から聞いたんですよ。先生のご家庭が『可児製菓』なる会社を運営されているとか」


「……えぇ、まぁ」




 恐る恐る、まるで俺の表情を窺うかのように先生は俺のことを見ている。


 どこまで気付いているのか、そんな心の声を視線に乗せるようにして。




「……その話を聞いて、俺はあることを思ったんです。——先生はいわゆる社長令嬢です。タワーマンションに住んでいるような、正真正銘のお金持ちです。正直、俺には想像もつかないですよ。住む世界が違うんですから。俺たちが考えるような常識が、先生にとってはそうでないかもしれない。そんなことを思うようになりました」


 言いながら、俺もまた先生の表情を窺う。そして続ける。


「そう考えたとき、心のどこかで引っ掛かっていた言葉が頭をよぎりました。——あの日、先生のお父さんが言っていた台詞です。確か『綾乃のことをよろしく』だとか、そんなような言葉だったと記憶しています」


「…………」


「それが何を意味するか、俺にはまだ分かりません。でもそのときの先生の表情を今でも覚えています。まるで何かを決心するような、覚悟したかのような、そんな表情をしていたんです。そして先生は、俺たちの相談に前向きになっていった……。あの瞬間を皮切りにしていたんですよ」


 あのときのことは鮮明に覚えている。先生の表情はどこか解放感に満ちたかのような、そんな晴々しいものだった。


「前に俺は先生に聞いたことがありましたね? 先生は兄弟がいないのだと。先生は一人娘なのだと。そう言っていた——」




 そこで俺は一呼吸置く。本題に入るには十分すぎるほど話したはずだ。


 沈黙を貫く先生。俺には最後まで言う責任があるのだから。




 だから——




「ここまでの話をまとめて、俺は一つの『仮説』を立てました」




 この話の結論を、今から口にする——




「このなんでもない一連の恋愛相談には、一つだけ大きな秘事があったんです」




 それは、先生には。


 あの先生の瞳には、どう映る結末なのだろうか。




「先生は恋愛をしたくてもできない——なぜならもう『恋愛すべき舞台』が用意されているから。……違いますか?」


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