恋をするのはいつだって
決着をつけましょう
背中からかかる声を無視して、俺は部屋を飛び出した。
廊下の向こう——まだ視界に入る場所に先生はいる。
追いかけて、声をかけて、それからどうするか——
何だっていい。今は先生と話をすることだけを考えるんだ。
「——先生!」
呼び止める。すぐに先生は振り返った。
俺のことを見るや否や、驚いたような表情を浮かべる。
纏まらない思考のまま、足早に先生の元へ向かった。二人以外誰もいない廊下には、自分の足音がよく響く。
「……どうしたのかしら?」
先生は小首を傾げて、俺に問う。
そこにある表情は、何事もなく、ただ純粋な疑問に満ちた表情でしかない。
俺の考えなど、まるで気付いていないかのようだった。
「……あ、いえっ。ちょっと話があって」
前置きに用意した言葉など持ち合わせていない。単刀直入に聞くしかないだろう。
俺は先生のことを見据えてから、徐に口を開いた。
「——この前のデートのことです」
「…………」
そう口にした瞬間、先生の表情が一変したのを見た。
気まずそうな、あるいは不機嫌そうな、どうしようもなくこぼれ出てしまう苦笑いを浮かべているように思えた。
俺が言及しているのは無論、あの日のデートのことだ。他でもないあの日。
先生は俺の言葉の意味を斟酌したのか、肩を落として、それから呟くように言った。
「あの日のことは、申し訳なく思ってるわ。柳津君たちには迷惑をかけたわね」
「……いえ。別に迷惑だなんて思ってませんよ。俺たちは部活動をしたまでです」
「……そう」
力のない声で、そんな返事を受ける。
「それで、話というのは?」
話——なのだろうか。
俺が今から先生に伝えたいことは、何だというのか。
自分から言い出しておいて情けない。本当に分からないのだ。どうしようもなくモヤモヤした感情があること、そしてその原因についてはだいたい見当がついている。
だが、それを先生に言ったところで、何が変わるというのだろう。
今回の一件——先生の相談にはどこにも綻びなど無かった。違和感を抱くことも、不信感をもつことも、ましてや疑いを持つことなど、あり得るはずがなかったのだ。すべては先生の自己解決という終幕を迎えようとして、その結末に恋愛相談部は納得しようとしている。
加納も鳴海も、きっと弥富も、この結末を受け入れようとしている。
全ては先生が決めたことだから。
恋をするのはいつだって自分で、自分が決めるべきことだから、と。
だから、先生が誰かと恋をすることを「選ばない」選択だって、それは尊重されるべきことのはずで。
そう、思っているはずなのに——
「……なんで、桜井さんを振ったんですか?」
俺の質問は至って単純だった。
時間が止まる。その場の空気が鉛のように重たくなるのを感じた。
先生と視線が合う。
それはあまりにもつまらなくて、無粋で、面白みのない。
どう答えるべきか困ってしまうような、意地悪で意地汚くて嫌らしい質問だ。
もちろん知っている。なぜ振ったのか——だなんて、聞いたところで俺にはどうしようもないというのに。
聞いたところで、感じのいいアドバイスなど俺には務まるはずもないというのに。
つい、そんな質問をしてしまう。
この先の展開は用意していない。
先生がこの質問に答えたとして、俺には何かできるわけでもなかった。
でもだからこそ。
だからこそ、この質問に俺は全てを賭けていた。
——先生が、その「秘密」を露呈することに。
「…………それは」
「…………」
言い淀む。僅かに上ずった声。逸らされた視線。
行き場を失った言葉は廊下へと響くこともない。ただ静寂だけが、俺たちを迎え入れているような気がした。
明らかな動揺だ。
それに俺が気付いたのと、先生がハッとした表情になったのは同時だった。
「……っ、いやっ、これは」
「先生。もう一つだけ質問させてください」
間髪入れずに続ける。もうほとんど無意識だったと思う。
疑念は確信へと変わっていた。挙措を失う先生。それでも真っ直ぐ向けられた彼女の視線からは、焦燥感を感じるばかりで。
——俺は口を開く。
「先生は、『自分の意志』で恋愛をしていたんですか?」