友人からの電話
「なんだ? 用事がなかったら電話しちゃいけないのか?」
「んなことはないけど……。なにそのセリフ。俺たち付き合いたてのカップルなの?」
「はははっ。違いないなっ」
いつになくおどけた調子の智也。いやいや、違っててほしいんですけど。なんでこいつちょっと嬉しそうなんだよ。笑うな笑うな。お前がヒロインとかいうオチなど誰も望んでいないのだ。……えっ。みんなそうだよね? さすがに求めてないよね? トモ×ハルとか期待してないよね? なんかちょっとありそうな名前で怖いんだけど……。ていうか俺が受けなのか……。
「で、マジで何の電話? オレオレ詐欺?」
「だから用事はないって言っただろ。最近何してんのかなぁって思ってさ」
相変わらず悠長な声音である。俺の近況報告など聞いても何の得にもならんというのに。
「まぁ、ぼちぼちだよ……。智也は?」
「俺か? 部活漬けってところだなー。練習試合が多いのなんの」
「そりゃご愁傷様だな」
こんなクソ暑いのによくやるもんだ。炎天下の中、九十分も球体を追いかけて走り回るとか、苦行を通り越して拷問である。智也はドMだから耐えられるのかな?
だが、せっかくの夏休みのほとんどを部活に使っているのはサッカー部だけではない。ほとんどの運動系部活動は同じようなものだろう。部活動が活発な忠節高校だからではなく、大抵の高校はそんなもんだと思う。
当事者たちにとっては苦しい時間かもしれないが、傍から見たら青春の一コマと変わりない。部活に熱中するのもまた、アオハルなのだ。そうそう。決してトモ×ハルではない。
んなバカみたいなことを考えていると、
「陽斗はどうよ? 最近部活は」
「あぁそれ聞いちゃいます?」
今度は俺のターン。よりによって部活の話である。ここは山札から一枚引いてターンエンドしたいところだが、そういうわけにもいかないので大人しく喋ることに。
「ぼちぼち、だよ」
「なんだよ、さっきからその『ぼちぼち』って。面白い相談とか来なかったのか?」
「面白い……とか言われてもなぁ」
基本的に部活動が面白くないので、そういった考えを持ったことがなかった。どれもこれも相談に応えるのは苦しいものだ。いやマジで。本当に辛い。恋愛相談部も運動系部活動って名乗って良いレベルでしょ、これ。それくらいハードワーク。
「そうだな……。最近相談を引き受けはしたけど」
「夏休み中にか? へぇ。誰の?」
智也が食い気味に聞いてくる。……ほぉ。なんでこいつこんなに興味津々なんだ。すげえ前のめりじゃん。それともただの聞き上手か? ハートリスニングとかポジティブリスニングとか、そういうの出来ちゃう系男子か? 新入社員研修かよ。
「可児先生」
「………………えっ?」
「可児先生だよ。可児彩乃先生。智也だってさすがに知ってるだろ。なんなら会ったことくらい——」
「えっ!? 可児先生!? マジでっ!?」
「——バカっ。おまっ……、声でけぇよ。……鼓膜破けるわ!」
スマホの向こう側で絶叫が聞こえた。そんなに驚くような話ではない。
すぐに落ち着きを取り戻した智也が、申し訳なさそうな声で言う。
「あっ、いや、悪ぃ……。でもマジか。可児先生か」
「まぁな」
「へぇ……。いやぁ、それはなんだか面白そうな匂いがぷんぷんするなぁ。……どういう経緯で相談に乗ることになったんだ?」
「はぁ。なんて説明したもんかな」
少し考えてみるが、全部を説明するのは面倒だ。
それにクライアントのことをベラベラと話すわけにもいかない。手短に行こう。
「……まぁそうだな。実は『かくかくしかじか』あったんだよ」
「え、なに? かくかく……?」
「…………」
困ったような智也の声が聞こえた。…………あぁマジか。『かくかくしかじか』ダメか。説明すんのがめんどくさかったから使ってみたけど、やっぱりダメですか。ラノベの世界ならこれで説明したことになるんですけど。
魔法の言葉はどうやら通じないようなので、ちゃんと説明するしかないようだった。
といっても、どこから説明するべきか。全部喋るのは骨が折れる。そもそもどういう流れで相談する話になったんだっけ。確か顧問がいないことが判明して、職員室行って、それから——
「まぁ、成り行きだよ」
やっぱり考えるのがダルすぎてそんな言葉が漏れてしまった。全く説明になっていない。
「その成り行きが知りたいんだっつーの。詳しく聞かせてくれよ」
「…………はぁ」
まぁ、こいつは誰かに秘密を漏らしたりするようなやつじゃないしな……。加納のこともなんだかんだ黙っててくれてるみたいだし。
それに智也には、日頃世話になっている。感謝することは多い。であるからして、小さな頼みの一つくらい、引き受けるのが当然か。
……そうだな。
そういうわけで、俺は智也にことの成り行きを説明することにしたのだった。




