鳴海莉緒は決意する
ラブレターって今も普通にあるんですかね……
しばしの沈黙。そして二人の表情が徐々に俺の予想した表情へと変わっていく。
鳴海は不安の表情で、加納はバカにした表情でそれぞれ俺の案を思惟している。
先に意見を口にしたのは加納だった。
「いくらなんでも、ふふっ、ラブレターっていうのはねぇ」
「なんか問題あるかよ」
「問題っていうかさー、今までの話聞いてたー? ふふふ。いやごめん、笑うつもりはなかったんだけどっふふ。ラブレターはないよねぇ。さすがにねぇー」
なるほど、めちゃくちゃ馬鹿にしていることだけは分かったので、こいつの鞄は後で窓から投げ捨ててやろうと思いました。
隣でくすくす笑っている奴は放っておいて鳴海の意見を聞こう。
「どう思った?」
「……ラブレターは、ちょっと」
「ほらほらー? ラブレターなんて一番ありえないよー」
うるせえってお前。ぶちのめすぞ。
「まあ確かにラブレターはハードルが高い様に思えるが、今回の相談では使えると思ったんだ」
俺がそう言うと、心中は違えど二人は興味津々といった様子だった。話の主導権を握ったらしいので、遠慮なく話すことにしよう。
「ラブレターは直接会わずとも思いを告げることができる。今回の相談では一番効果的なやり方だと思うけどな」
「わざわざ話すきっかけにラブレターを送るってこと? 文面はどうするつもり?」
「もちろん、一目惚れしたことを書く」
「……それじゃただの告白じゃない」
「告白で何が悪い。そもそも告白して思いを告げるために話すきっかけが欲しかったっていう相談だ。ラブレターなら、それを一気に成し遂げられる」
俺が言うと、加納は「ふーん」とちょっと不満そうに声を鳴らしていた。
次に口を開いたのは鳴海の方だった。
「で、でもっ、ラブレターなんて書いたこと、ないし……」
「安心しろ。俺も書いたことはない」
「どこに安心する要素あるの……」
鳴海が俺を蔑むような目で見る。あぁ、今のは冗談だったのだが……。どうやら通じなかったようだ。冗談が面白くない奴は合コンでモテないぞ、と父に教えてもらったことがあるなぁとか死ぬほどどうでもいいことを思い出した。ホントにどうでもいい。
気を取り直して真面目に話をしよう。
「ラブレターなんて、このご時世では絶滅危惧種だ。SNSが普及して手軽に誰とでもやり取りできる時代だからな。わざわざラブレターを送れば、相手に重いって思われるんじゃないかな、なんていう悩みもあるくらいだ」
「そう、なんだ……?」
俺がエロゲーから学んだ知識を披露すると、鳴海は納得しているような、していないような、そんな様子で首を傾げたまま俺を見ている。隣で加納が「なんでそんなこと知ってんのよ、キモッ」と小さく呟いたのがよく聞こえたのでちょっぴり凹んだ。
「だからこそ、ラブレターなんてもらった男子はまず舞い上がる。強烈に印象に残るっていうのもあるし、何よりそこに一目惚れでした、なんて書いてあってみろ。大抵の男子は自己承認欲求が満たされて悪い気分がしない」
「柳津くん、あまり良いイメージが湧かないんだけど……」
「自己承認欲求とか言っちゃってる、しね……」
おい加納。語尾の切り方おかしいだろ。
とまあ、二人がドン引きしているが知ったことではない。
このまま強引だが話をまとめさせてもらおう。
「いいか? このまま会うことを躊躇していれば恋も進展しないっていうのは、俺も加納と同じ意見だ。でも今から『会うこと』に頑張る必要はないんだ。手紙なら直接顔を合わせなくても、自分の思いを手紙にぶつけられるだろ?」
「……そう、かな」
「ああ。ラブレターでイチコロだ」
俺が自信をもってそう言うと、鳴海は唸るような声を上げながら熟考を始める。
ラブレターを渡す案をシミュレートしているのか、時々唸り声を漏らしながら、考えて、考えて、かれこれ一分。
長考の末、答えは出たようだ。
「―ラブレター。私……、先輩にラブレター書こうと思う」
「ええ!?」
加納が驚嘆の声を漏らす。よほど驚いたのか立ち上がった拍子に椅子が大きな音を立てて倒れた。
「ホントにラブレター書くの!?」
「うん……。考えてみたんだけど、それが一番私にはできるかなって……」
「そ、そうなんだ……? 鳴海ちゃんがそれでいいなら……」
照れ笑いのような表情を見せる鳴海。心配事が減ったおかげなのか、その笑顔は今までよりさらに輝いて見える。―正直に言おう。めちゃくちゃ可愛いわ鳴海。
その白い肌も、大きな目も、恥ずかしい時にすぐ赤くなる頬も、マジでかわいい。
……くっそ、なんでこんな可愛い子の好きな人は俺じゃねえんだよ。誰だよ西春先輩。超羨ましいんだけど。……てか、なんでこんな可愛い子が先輩の隣で、俺の隣にはこんなヤツなんだよ。不公平だろうが。
「そっか! じゃあさっそく文面考えよっ! 鳴海ちゃん」
「うん……!」
「でもその前に、まずは可愛い便箋を探さないとねっ!」
「そうだね……!」
そう言って二人は立ち上がって鞄を持ち上げる。
そしてそそくさと部室の扉の方へと向かっていった。……え、どこ行くねんお前ら。
「陽斗くん、私たち今から買い物行ってくるから、陽斗くんは留守番お願いねっ」
「……はぁ?」
突然そんなことを言い出す加納。え、なに、留守番……? どういうこと?
てか、いきなりすぎんだろ……、と俺が言う時間すら与えることもなく。
加納は間髪入れず、立ち上がった俺に言葉を浴びせる。
「だってまだ相談者来るかもしれないし。陽斗くんに雑務は任せてるし。終わったらコップとか洗って全部片づけておいてねー、よろしくねっ!」
「よ、よろしくお願いします……、柳津くん……。今日はありがとう」
「お、おう」
「さようなら……」
鳴海にも去り際にそう言われ、パタンと扉は閉められる。
部屋に一人残された俺。掛け時計の秒針音だけが響く。机の上には散らかった菓子袋と中途半端にコーヒーが残った二つのマグカップ。
嵐のようにやって来た相談は、嵐が過ぎ去るように突然しんとなって、終わりを迎えた。
「…………なんだこれ」
なんだこれである。ほんとになんだこれ。
いくら何でも俺の扱いがひどすぎる件について。なんであの二人、さも俺を雑務役みたいな感じで最後帰っていったの? ていうか俺って雑務役なの? 初耳なんですけど……。
茫然と立ち尽くす俺。グラウンドの方からボールを打つ甲高い音がした。それと同時にチャイムが鳴る。もうすぐ最終下校時刻らしい。
言われた通り片付けを済ませる。独り言が漏れることも無く数分で終わった。
「帰るか……」
結局最後に独り言が漏れる。
なんだか疲れ切った気分のまま、俺は夕暮れに染まる街を一人で帰った。
***
後日。
鳴海莉緒と西春斗真が付き合い始めたと智也から聞いた。
サッカー部では早速、鳴海がめちゃくちゃ可愛いと評判だそうだ。まあ実際加納と張り合えるくらい可愛いので、騒ぎになるのも当然だ。
「そうですか」
智也から報告を受けた俺は、それだけを口にした。
まあ、なんというか。彼らに言葉を送るとするならば。
――とりあえず、おめでとう。