魔城行きか、あるいは——
アーケードの一角、そこは小洒落た感じのカフェだった。
古い建物をリフォームして作ったのだろう、一見落ち着いた雰囲気を擁した店内だが、ところどころに隠しきれていない使用感を窺うことができる。
緩やかに衰退を続ける地方都市。例に漏れず我らが街もその一つなのだが、街の中心部にはこういった昔の建物を再利用した若者向けのカフェが多い。
お金を極力かけず、かつ若者を呼び寄せる詮術。一石二鳥の妙案かに思える。しかし、みんながそう考えてしまった結果、このアーケードにはやたらカフェが多いのだ。どこもかしこもカフェカフェカフェ。しかも似たような雰囲気の店ばかり。……カフェ多すぎだろ。コーヒーで腹たぷたぷになるわ。
そんなわけで……いや、そんなわけかは知らないが、集客はというと芳しくないようである。このカフェには先生とデート相手、そして遠くから様子を窺い見る俺と弥富しかいない。
デート開始から一時間。今のところ大した動きはない。
ちなみにデート相手の名前は桜井さんと言うそうだ。歌が上手そうな名前である。
「ご注文はお決まりですか?」
バカなことを考えていたら店員さんに声をかけられた。なんかすげえ変な目で見られてる……。——あぁ、やべ。そういえば先生たちを見るのに夢中で注文してなかったな……。
「……じゃあアイスコーヒーで」
「えーっと……。ここに書いてあるのくださいっ」
注文を終えると、店員さんはやる気なさそうにお辞儀してその場を去っていった。俺は弥富のコップが空になっているのを見て、水を注いでやる。
「いま俺たちって普通に不審者だよな」
「……へ? なんでですか?」
「なんでもなにも、あの二人のことを凝視してたら、そりゃ誰かには気付かれるだろ」
「……まぁ、そうですよねぇ」
間伸びした声でそう言う弥富。おかわりの水を口にしてから、ふぅっと軽く息を漏らしていた。
「……わたしたち、ちゃんと先生のサポートできてるんですかね?」
「さぁな」
そもそもデートのサポートってなんだよって話なわけだが。普通こういうのって自分一人で頑張るもんですよね。
まぁ元はと言えば、俺たちは先生のボディガード的な立ち位置にいるはずであって。何もデートの指南にきたわけでは無いのだ。
「そういえば、あの桜井さんって言う人、思ったよりアレだったな」
「……アレってなんですか?」
ちょこんと首を傾げて弥富が訪ねる。……いや、アレだよアレ。うまく言えないんだけど……なんつーかこう、思ったよりアレってことだよ。どれだよ。
考えあぐねていると、
「ああでも、ハルたその言いたいことわかりますよっ」
「マジか」
弥富が小さく笑う。すげえなお前。メンタリスト?
「なんていうか、思ったより普通ですよね? もっと過激なのを想像してたんですけど」
「『過激』っていうのも違うけどな……」
だがニュアンスとしてはそんな感じだ。マッチングアプリで秒速会いたがってくるような奴。それを人は俗に出会い厨と呼ぶわけだが、俺もそういう感じの人間を想像していた。だからこそ俺たちは先生の傍にいるわけだ。先生を守るために。
だが蓋を開けてみれば、デート相手はただの好青年だった。この一時間、二人のデートはそこそこ良好だ。あの先生の誤爆絶叫以来、程よく緊張が解けたのか二人の表情には笑顔が増えたように見える。……す、全ては計画通り。
カフェに来てからも二人の会話は途切れていないようだ。聞いた感じ、今は互いの仕事の話をしているようだった。……社会保険やら住民税やら、そんなワードが聞こえてくる。デート中に何の話してんだよ。
「お待たせしましたー」
抑揚もやる気もない声。アイスコーヒーが届けられた。そして弥富の方には——
「……えっ。な、なにそれ? デカくね……? 二○系?」
「えっ? 違いますよっ。こういうパフェなんですっ」
「お前パフェなんて頼んだのかよ……」
いやまぁ何食ってもいいんだけどさ。にしてもデカすぎるパフェだった。マッターホルンの如く、高く聳える生クリーム。そのほとんどがクリームに占められていると言っても過言ではなかろう。もはやクリームのせいで本体が見えない。……やっぱり二○系じゃねえか。
「すげぇなそれ。どう見ても一人分とは思えない……」
「そりゃそうですよ。これ一人分じゃないですし」
「……はにゃ?」
え、何言ってんのこいつ。
「これカップル限定二人用のパフェですもん。……あっ、ハルたそも食べますかっ?」
そう言って、弥富がスプーンにたっぷりの生クリームを掬ってこちらに差し出してきた。仄かに甘い匂いがする。視界の先に弥富の笑顔が見えた。
……これを食えとですか?
なんか弥富が「あーん」とか言ってるんですけど。おいなんでこんなタイミングでラブコメ展開始まるんだよ。今じゃねえよ今じゃ。やるならもっと別のシチュエーションでやってくれ。できればもっと上目遣いで……って何を言っているんだ俺は。
「……いや、俺はいらない」
「そうですか……。残念です。ここのパフェ美味しいのに……」
「……」
んなこと言われてもね……。だいたい「あーん」なんてされたらパフェの味なんて分かんなくなっちゃうだろうが。
いやそんな話はどうでもいいんだって。それよりあの二人だ。
イヤホンから聞こえてくる会話は相変わらず仕事の話か……? いや、次の行き先の話をしてるな? なになに……。この辺りにはカフェしかないねーとか言ってるぞ……。
確かにその通りだ。この辺りに観光スポットやアミューズメントランドの類はない。あるのはカフェと居酒屋だけである。これでも街で一番栄えている場所なのだ。
と、桜井さんの方が立ち上がる。トイレのようだ。
俺たちに気づいている気配はなく、席の横をとって化粧室へ。扉が閉まったその瞬間、イヤホンから伝令が。
『弥富さん、柳津君……! 助けて……』
「……どうしたんですか」
『次どこ行くのか、全然決まらないのよ……』
その声は焦っているのか、わずかに震えている。次のデート場所。確かにそれは悩ましい問題だ。
先も言った通り、この街に娯楽の類はほとんどない。強いて言えばカラオケくらいだろうか。他にはもうこれといった楽しみがないわけで。
ちなみにその証拠かどうか分からないが、いわゆる『ご休憩できるホテル』なら周辺に乱立している。恐ろしい街である。やることがないからヤるしかない、というワケか……。ふっ、ふふっ、ふふっ、ウケる。
いやウケない。まったくウケない。俺みたいな恋愛弱者にはメンタルへのダメージがでかすぎる。瞬間、フラッシュバックした記憶。——あれは確か夏休みに入って間もない日だったな……。ホテルに入っていくカップル。どう見ても同じ学校の制服。アレを見るとマジで居た堪れない気分になるんだよね。色んな意味で。
そういうわけで、このままいくと次のデート先は休憩できちゃうホテルになりかねなかった。むしろその可能性が最も考えられるまである。先生のバージン(推測)を守るため、俺たちはここで行動しなければならないだろう。
「弥富。今の聞いたよな? 次の行き先だが——」
「まっぇうあはい……。いまはうぃおあぁ……」
「おい早くそのチョモランマみたいなパフェを完食しろ。何て言ってんのか分かんねえよ」
「……ぅん。いやっ、この量はさすがに時間が……」
「何やってんだ……。ちょっと俺にも分けてみろ。協力するから」
鬼のようなパフェはなんとか食い終えた。
口の中が甘々で満たされている。もう数日は甘味を受け付けないかもしれない。それくらい味覚が大暴れ。もうほんとにね。甘々で稲妻。
なんて、それは良いんだが、それより本題の件が一向に進んでいない。
「……弥富。なんか案出してくれ……」
「……うっ。うぅっ。……ちょっと待ってください。いま休憩中なんで」
パフェを完食することに注力しすぎて、肝心の質問にまだ答えられていない。
この後のデート先、だったっけか。もう桜井さんもトイレから戻ってきている。早く手を打たねば。
「うわぁ。結構量ありましたね……。ちょっと気持ち悪いですぅ……うっぷ」
「おいゲロインはやめろよ、ゲロインは。あんなんモニター越しでもドン引きだからな」
もう本当にね。最近のアニメはキラキラ加工で面白可笑しくしてるかもしれんが、普通にヤベェからなゲロイン。……てかゲロインってなんだよ。なんだよその名前。男だったらゲーローになっちゃうじゃねえか。
——じゃなくて、デート先を考えないと。
「デートスポット……ですか? この近くには、そうですね……あんまりないですよね」
「俺は端からそういうの詳しくないからな……。なんかいいところ知らないか?」
「そう言われても……」
困ったような様子で俺を見る弥富。まぁ何か心当たりがあったら既に言っているわな。弥富でも厳しいようだった。
となるとマジであそこしかないのか……。
まぁ候補として上がる理由は分からんでもない。初デートという建前以前に、なんて言ったって二人は男と女。何も起きないはずがなく……。そうそう。やることがないのでヤるしかないワケで……ははぁ、どうやら俺はこのフレーズが気に入っているらしい。
そこは禁断の地。欲望と欲望とが渦巻き合う空恐ろしい魔城。——またの名をラ◯ホテル。ちなみに逆から読んだらル◯ホブラ。伏せ字にした意味。
と、脳を腐らせていたそんな時である。
『——あの、実は行きたい場所があるんですが……』
イヤホンに入ってきたのは、桜井さんの声だった。