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コードネーム

 翌日、正午。駅からほど近い商店街。


 朝は涼しい風が吹いて過ごしやすい気候だったというのに、昼になれば太陽が俺の頭上から熱波をこれでもかというほど撒き散らしてくる。クソ暑い。


 そんな中でもなんとか自分に鞭打ち、ここまで辿り着いた。


 駅から歩いてすぐのこの商店街は、廃れた地方都市であるこの街の中でも比較的おしゃれなカフェやらなんやらが並んでいる若者のためのエリアだ。




 ——今回のデートにおける、待ち合わせ場所でもある。




『えー、テステス。こちらコードネーム【チワワ】。現状を報告されたい』


 耳元でそんな声が聞こえた。装着しているワイヤレスイヤホンからの声だ。……さてさて。ちょっと言っている意味が分かりませんね……。


「何を言ってるんだ弥富」


『……弥富ではなく、コードネーム【チワワ】です。いいですか? 通信傍受の可能性があります。くれぐれも気をつけるように』


「ねぇよそんな可能性」


 俺たちのこの会話を傍受している誰かがいるとしたら、それはもうとんでもない暇人なのだろう。ペットボトルの裏に書いてある成分表を読んでいる方がよほど有意義な時間が過ごせるに違いない。


 説明しよう。これは昨日も使ったSNSのグループ電話機能だ。ワイヤレスイヤホンを使って会話をしている。


 商店街の隅にいる俺、そして先生を挟んで反対側の方に弥富がスタンバっていた。


『いえいえ。どこで何を聞かれているかわかりませんからね……。ところでコードネーム【フォックスハウンド】の状況は?』


『……それは私のことかしら?』


 先生の戸惑ったような声が聞こえた。フォックスハウンドってなんだよ。


『そうです。声は十分聞こえますか? 私たちがイヤホンで先生の状況を常に聞いているので、何かあったらここで発言してください』


『……バレないかしら、これ』


「まぁ、どうでしょうね……。先生の髪長いですから、耳元は見えないと思います。ヘマしない限り大丈夫かと」


 先生もまた、俺たちと同じようにワイヤレスイヤホンをしてグループに参加している。


 つまるところ、デートの尾行で連絡を取り合うために、この通信方式が採用されたのだ。三人の声が常に互いに聞ける状態というわけだ。これなら俺たちが先生を見失っても、状況を知ることができる——という弥富の案である。もちろん俺の案ではない。


『そうかしら……。まぁ、気をつけるわ……』


『何かあったらコードネームで呼んでくださいね。そしたら私たちが対応するんでっ』


 弥富がにししっといつもの笑い声を上げた。頭が悪そうな笑い方である。


「……なぁなぁ、弥富。別にコードネームで呼ぶ必要なんてないだろ。名前でいいじゃん名前で。なんだよフォックスハウンドって。今から人でも殺すの?」


 字面からしてすげえ暗殺屋感がパない。今からデートをする女性を指す言葉とはとても思えないんですが。


『だから何度も言ってるじゃないですか。私は弥富ではなく、コードネーム【チワワ】です。この通信ではそれが決まりなんです。——分かったら返事をしてください、コードネーム【ハルト】』


「おい俺だけ本名じゃねえか! 俺だけしっかり身バレしてるんだが!?」


 思わず叫んでしまった。コードネームの意味ねぇよそれ。完全に本名じゃん。なんで俺にはかっこいいコードネーム用意してくれなかったんだよ……。ちょっと期待してたんだけど……。


 愕然としながら時計を見る。




 ——あれ。もう五分前か。そろそろ待ち合わせの時間だ。




 遅刻というわけではないが、初デートに女性を待たせるとは……。なかなかの体たらくである。やはり今から会うであろう男は相当なちゃらんぽらんに違いない。


 そんなことを思っていると、先生の声が聞こえた。


『ところで、今日はごめんなさいね……。突然呼んでしまって』


『いえいえ。先生が呼んだっていうか、私たちが勝手に付いてきただけなんでっ』


 弥富がまた、にししっと笑い声を上げる。


「そうですね。まぁこの前の相談の延長みたいなもんです。俺たちが来るのは当然ですよ。……二人しかいないけど」


『加納さんと鳴海さんは用事があるんでしたっけ……?』


「らしいです」


 流石に翌日の招集には都合がつかなかったのか、加納も鳴海も今日は外せない用事があるのだという。遊びの予定なのか、はたまた家の用事なのか。詳しいことまでは知らないが、せっかくの夏休みである。来れないとしても、仕方がないだろう。


 俺は小さくため息を漏らす。




 ……ふぅ。




 …………ん? 




 いや、そんなことはねぇよな? 全然無いよな? 




 だって俺いっつも加納に当日招集食らってるし。おいなんで今日あいつ来ねぇんだよ。不公平だろ!


 んん、でもまぁ、社会は常に不公平なものである。理不尽で不平等で、後ろ汚いものである。これくらいの不合理を受け入れられなければ、社会人なんて到底務まらない。知らんけど。うんうん。よし、やっぱり将来はニートになろう。


 熱く心の中でニート宣言をしていたときである。——事態が動いた。




『あの人かしら……?』




 先生の訝しげな声。どうやらデートのお相手がやって来たらしい。


 物陰に半分身を隠して、待ち合わせの人物を探す。


 繁華街で人通りは多い。が、それらしき人物はすぐに見つけられた。


 その男性は辺りをキョロキョロと見ていたが、やがて先生の存在に気づいたようで、そちらの方へと駆けていく。




 男性が先生に声をかけた。




『……えっと。あなたが、『カニみそスープ』さん、ですか?』


『……はいっ。そうです』




 二人は共にぎこちない様子で、それから愛想笑いを浮かべている。


 男性側の方は紺のポロシャツに黒のスキニーというシンプルな格好。中肉中背で見た感じイケメンというわけではない。歳は二十代後半くらいだろうか。


 第一印象からしてあまり女性慣れしている様子は見受けられない。良くも悪くも普通って感じだ。……たった三日で会う約束を取り付けた人だ。てっきりパリピみたいな奴が来るかと思っていたんだが。


「——てか先生、『カニみそスープ』ってなんですか」


 マッチングアプリでのニックネームだろうか。もうちょっとなんかあっただろうに。それ完全にツ◯ッターのハンドルネームじゃねえか。


『ハルたそうるさいですよ。先生が今取り込み中なんですからっ』


「あ、ああ……。悪ぃ」


 そうだった。これリアルタイムで三人の会話が共有されるんだった。めんどくせぇなこれ。……あと今更だけどデートのサポートってここまでする必要ある? なくね?




『……じゃあ、行きましょうか?』




 先生と男性が二人でアーケードの奥へと向かっていく。


 いよいよか……。俺と弥富はバレないように、その跡をつける。




 ちなみに尾行はお手のものである。……いやぁ、既視感あるなぁこの状況。人のデートを尾行すんの何回目だよ俺……。


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