作戦会議
会議は踊る。
西春斗真はサッカー部の次期エースだという。
サッカー部の中でも実力は高く、ゴールゲッターとしてその頭角を現しているらしい。おまけにイケメンで女子ファンも多いとかなんとか。
そんなイケイケで存在感のあるイケメン男子に、シャイで存在感の薄い鳴海莉緒は恋をしてしまった、というのが今回の相談内容だ。
話をしていくなかで、この相談における大きな問題が一つ浮かび上がる。
「わたし、その……。先輩とは面識がなくて……」
「さっき一目ぼれって言ってたよね? 一度も会ったことないの?」
「うん……。朝練とか普段の部活の風景を、遠くから眺めてるだけ」
「めちゃくちゃ遠い存在じゃねえか……」
この恋愛相談における最大の課題は、そもそも二人に面識が無いということだった。
というか、共通点すら無いのだ。
「つまり話をまとめると。西春先輩はサッカー部で二年生。対して鳴海は手芸部の一年生。共通点は一切なし。話したことも会ったことも一度も無い、そういうことだな?」
「そう、かな……?」
「いやなんで疑問形なんだ」
「話したことはあるかも……。この前、廊下でプリントを落とした時に、それを拾ってくれたのが西春先輩で……。そのときに、『はい』って」
「それは話したことになるのか……?」
「微妙なところね……」
精進料理みたいな薄味すぎるエピソードだった。つーかそれ話したとは言わないだろ。
俺と加納が茫然としていると鳴海が小さな声で俺たちに問う。
「わたし、どうしたらいいと思う……?」
「それって、そういう質問だったのかよ……」
まあともあれ。相談内容は分かったので、一歩前進。
鳴海が何に悩み、何を成し遂げたいのかが分かった。
ここからは恋愛相談部の仕事だ。俺と加納が鳴海にアドバイスをする流れである。
ふぅと間をおいて、俺は隣のクソ女に声をかけた。
「加納はどう思う? どうやったら鳴海の恋愛は成就するだろうか」
「そうだね……。やっぱりまずは先輩と顔合わせするところからかな?」
「顔合わせってことは、なにかきっかけが無いと無理だと思うぞ。たぶん、鳴海は自分から先輩に会いに行けるほどの気概は無さそうだからな」
「でも面識が無いと恋も始まらないわよ?」
加納の声のトーンこそ、いつもの明るく躍然たるそれだが、目は笑っていない。何を私に口答えしているのかしらこの童貞、と言わんばかりの目をしていた。そこまで目だけで訴えられる加納もすごいが、読み取れてしまう俺も大分すごい。エスパーの素質あるな俺。
しかしまあ、加納の言うことには一理ある。そもそも出会わなければ実るはずの恋も実らない。まだ鳴海は恋物語のスタートラインに立っているばかりなのだ。
「だから鳴海ちゃん。まずは西春先輩と実際に会ってほしいの」
「会うん、ですか」
聞いて鳴海の表情が一変する。うわぁ……。鳴海めちゃくちゃ戸惑ってるよ。顔引きつっちゃってるし……。
おまけに『会うん』のイントネーションが『阿吽』になっていた。どんだけビビってんだよ。もはやトラウマ植え付けられた男かなんかに会いに行くテンションじゃんこれ。
「でも、会いに行かないと思いも伝えられないよ?」
「そう、だけど……」
「面識が無いのなら西春先輩も鳴海ちゃんのことは知らないだろうし」
「……うん。でも――」
「こういうのは善は急げだと思うんだよねー。だから直接会いに行って、直接思いを伝えればオッケーだよっ!」
「…………」
なんかもう加納が鳴海を虐めているみたいな雰囲気。どんどん鳴海からのレスポンスが悪くなっていく。しまいには俯き始める鳴海。そんな様子を見て、一つ分かったことがある。
加納と鳴海では価値観が違い過ぎるということだ。
加納の基準では、この相談は今すぐにでも先輩と会って話をすればいいだけの簡単な話として片付けられてしまう。そうしなければ前に進めないし、告白することも叶わない。最善の選択として加納は提案しているつもりなのだろう。
確かに、間違っているわけではない。だが鳴海にとってその解決法はあまりにも酷だ。
鳴海がなぜこんな恋愛相談部などという辺鄙な場所へやって来たのか。それは自分の悩みを十分に理解しているからだ。鳴海本人が一番分かっているに決まっている。先輩と会って、先輩と話すことが出来れば、どれだけ彼女は救われるだろうか。
そんなことを考えていると、俺に鋭い視線が刺さっているのに気付く。
加納が満面の笑みでこちらを見ていた。
「陽斗君はどう思うのかなぁー?」
助け舟を出せという事らしい。俺は嵐の中へ突っ込んでいく救助船ではない。
「いや、どうでしょうね……」
「なぁーにー? その含みのある言い方ー? 教えてよー」
なぜだろう。声も仕草もめちゃくちゃ可愛いのに冷や汗が止まらない。むしろ加納の台詞の方が含みのある言い方だった。なんかめちゃくちゃ笑ってるし……。
怖かったので、口を開くことにした。
「鳴海は先輩と直接話したくないのか?」
「それはもちろん話したいけど……。でも最初の一歩が踏み出せないっていうか……」
「つまり、アレか。きっかけが欲しいってことか」
「うん。でも共通の知り合いがいるわけでもないし、きっかけを作ろうと思っても……」
そう言って鳴海はまた俯きがちに俺たち二人を見る。上目遣いでとても可愛い。
なるほど。何となく見えてきた。要はきっかけを作ってやればいいのである。二人が会って話すためのきっかけ。それでこの相談は解決へと向かう。
――目を閉じる。記憶を辿るためだ。
何の記憶かと言えば、もちろん昔やってたエロゲ―の記憶。中学時代、山のようにこなしてきたエロゲ―の中でこういう展開があったような気がしたのだ。
答えはすぐに見つかった。俺のエロゲ―図書館に死角はない。
「きっかけなら、一つ案があるんだが」
そう言うと、二人の目の色ががらりと変わった。
鳴海はえっと小さく声を漏らし、俺を期待感あふれる眼差しで見ていた。
加納はふっと小さく鼻で笑い、俺を舐め切った眼差しで見ていた。覚えとけよお前。
俺は咳払いを挟んでから、簡潔に答えた。
「――ラブレターだ」
されど……進みそう。