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どうして彼女は化けの皮を

「……えっ、そ、そう見えますか?」


「ええ、まぁ。見た限りは、そう思うけれど」




 それは予想外の反応だった。


 普段の加納との明らかなギャップ。『みんなの加納琴葉』とは程遠い言動。それがたった今露呈したはずなのに。


 先生は笑みを浮かべながら、そんなことを言うのだった。




 ……おかしい。そんなはずはない。


 たまらず俺は質問した。




「……あのー。今日の加納、大変口が悪かったと思うんですけど……。その辺なにか思うこととかありませんかね……?」


「ちょっと陽斗くんっ!?」




 加納が頓狂な声を上げて、こちらを睨みつける。視線を合わせたら負けなので俺は黙って先生の方を見据えた。


 普段の加納を知っている人なら、今の加納はあまりにも異質で受け入れがたい存在に見えるはずなのだが……。


 しかし先生はあっけらかんとした様子でいる。




「はぁ……。別に何も思わないけれど?」


「何も……ですか?」


「えぇ。別に何も。……誰にだって表と裏の顔くらいはあるでしょう? 普段の加納さんと今の加納さんが違っていたところで、それはとても自然なことだと思いますが……」


「…………」




 先生は何食わぬ顔でそう言った。




「それに、今の方が加納さん楽しそうだわ。まるでいつも学校で見る加納さんの方が苦しそうにも見える。……どうして無理をしているのかしら?」


「——それは……」




 問われ、加納の声が詰まる。


 先生の指摘に、思うところがあったのか。




 何か言おうと必死に言葉を選んでいる様子の加納。それでも先生の問いに答えることはできず、ただ黙って小さな笑みを浮かべることしかできない。そんな加納の様子を、俺は静かに見ているばかりだ。


 先生は俺たちの反応に少し首を傾げてから、またスマホ画面に目をやっていた。




 確かに先生の言った内容に反論などなかった。——誰にだって表と裏の顔くらいはある。全くもってその通りだ。人に合わせて態度を変えることなんて、誰もがみんなやっていること。


 俺たちはこれまで、加納に合わせて、加納の意見に同調して、加納の裏の顔がバレないよう何とか取り繕ってきた。


 みんなの加納琴葉を失わないように。守るために。


 それが加納にとって最善だと思っていたから。何より加納がそう望んでいたから。


 そして、その裏の顔が露呈したとき——何かが崩れてしまうのを見たくなかったから。


 だからこれまで、守ってきた。






 ——だが、実際はどうなのだろうか。






 俺たちは一体、何を守ろうとしているのか。


 加納の本性を守って、隠して、そして何が守れると言うのだろうか。


 分からない。いや、分からなくなってしまった。


 加納の本性がバレたところで、実際のところ先生の対応はこの程度だ。


 鳴海だって、智也だって、思い返せば加納の本性を見たとき、驚いてはいたけれど拒絶はしなかった。


 こいつが今の顔をひたすらに隠して、それでも守ることに何の意味があるというのか。




 そもそも。……意味なんて、あるのだろうか。




 そしてなにより。






 なにより、どうしてこいつは——






「迂闊だったわ……。陽斗くんがいるせいで、つい、いつもの癖が……」


「——おい。バレたからって変わり身が早すぎるだろ」






 いつもの加納ヴォイス。見れば加納がクソデカため息をついて、こめかみに手を当てていた。まぁ深い意味なんてねぇよな。こんなやつだし。


 そうそう。加納のことなんて考えるだけ無駄なのである。はっきり言って今のシリアスっぽいモノローグにだって何の意味も無い。本当に無駄な時間だった。人生の無駄な時間ランキングがあれば堂々の三位に食い込むレベル。ちなみに二位は通勤時間で一位は仕事をしている時間。——やっぱり! やっぱり仕事ってクソだったんや! ……まぁ仕事もアルバイトもしたことないんですけど。


 そんなことを考えていたら、先生がふぅと息を漏らしていた。


「設定、言われた通りに書いたわ」


 そう言って、先生は俺にスマホを差し出す。プロフィールの欄はしっかり埋まっていた。


「あ、あぁ、分かりました。とりあえずこれで行きましょう。しばらくは様子見って感じになると思います。その後の流れは、教えた通りなので……」


「本当にこんなアプリでうまくいくのかしら……?」


「大丈夫です。心配する必要はありません。合コンだろうがマッチングアプリだろうが、結局は顔なんです。先生ならいけます」


「最低だよ。柳津くん……」


 先生の不安を払拭しようとしたら鳴海に怒られてしまった。なんでだよ。今先生のこと褒めたじゃねえか……。


「まあとにかく……。今日俺たちにできることはここまでです。あとはそのアプリを使っていい人を捕まえてください。できるだけ協力はしますから」


「……え、ええ」


 協力っつっても、別にできることなどないのだが……。


 あとは先生のコミュ力次第ってところだろうか。無難にやりとりすればそれなりにデートの回数も重ねられるだろうし、いい相手が見つかるかもしれない。




「うまくいくといいですね」


「……そうね」




 先生は改まった表情で、俺たちに感謝の言葉を述べた。




「ありがとう。加納さん。それからみんなも」




 別に大したことはしていないと思うが、お礼はどれだけあっても困らない。ありがたく頂戴するとしよう。


 そして気まずさを孕んだ沈黙がやってくる。弥富がにししっと誤魔化すように笑った。




「じゃあ、今日はここでお開き……ですかね?」


「そうねー」




 弥富の呼びかけに、加納が同調する。鳴海も小さく頷いた。






 ——区切りだな。






 可児先生の恋愛相談は、ひとまず経過観察。


 これから俺たち恋愛相談部にできることといえば、せいぜい先生からの吉報を待ちながら見守ることくらいか。


 つまるところ色々あったが、先生からのお悩み相談は無事に処理できたということだ。無事に解決策の提案まで漕ぎ着けたし、いやぁ、よかったよかった。……いや、よかねえよ。




 ……え、何しちゃってんの俺。バカなの?




 職員室でのことといい、今回のことといい……。また恋愛相談部に手を貸すようなことしちゃってるじゃん。恋愛相談部、救っちゃってんじゃん。自分の首絞めちゃってるじゃん。


 ここで俺がボロを出せば、この部活の息の根を止められたというのに……。本当に何をしているんだ俺は。




 こ、これはアレか……。


 もしかして俺ってば……この部活のこと、少しは好きになっちゃってた?


 なんだかんだ恋愛相談部の空気感とか居心地とか、気に入ってた……?




 なんせ美少女に囲まれたハーレム部活だ。字面だけ見たら一世代前のライトノベルの設定みたいである。大抵の男子なら喉から手が出るほど欲しい環境。おいおいマジかよ。やっぱり俺ってラブコメ主人公なんじゃねえの……? 気付かなかっただけで。 


 そういうことなら、俺の今日の行動にも合点がいく。大好きな部活動のため、身を粉にする主人公。そうかそうか。ふふっ、なんだかんだ言って……。俺はこの部活のことが大——






「ハルたそ、そこ邪魔です。通れません」


「ていうか陽斗くん、何でちょっとニヤけてんの? キモくない?」


「ことちゃん、あんまり言っちゃ可哀想だよ……」


「………………」






 振り返る。廊下の方へと出ていった三人の姿はもう見えない。


 何の話をしているのか分からないが、遠くの方で彼女たちの笑い声が聞こえた。


 美少女三人。間違いなく俺は彼女たちと近い距離にいる。


 なのにどうして。


 どうしてこんなにも、胸が痛いのだろうか。






「……先生」


「何かしら?」






 まだ部屋に残っていた先生。俺はため息混じりに笑いかけた。






「……あの。転部を考えてるんですけど、どこか楽な部活ないですかね? できればほとんど参加しなくていいやつ」


「柳津君……」






 先生から向けられたのは、他でもない哀れみの視線。






 …………。






 ——えっ、なんだって? ……この部活が好き? ……気に入っている? ……喉から手が出るほど欲しいだと?











 はははははははははははははっ。











 ——そんなわけあるかバーーーーーカ! 早くやめたいっつーの!











 マジでこの部活なんなの? バカなの!? 死ぬの!?




 どいつもこいつも俺のこと軽く見やがって……。ふざけんじゃねえ! 美少女だか二条城だか知らねえけど、絶対に許さねえぞ特に加納!




「……まぁ、頑張りなさい」




 あぁ……。さっきの聞かれてたんだろうなぁ。先生は俺の肩にそっと手を置いて、耳元でそうつぶやいてくれた。いらないですよ。そんな情けの言葉……。




 しかしまぁ。




 どんなに俺が傷ついたって、これで恋愛相談部の役目は一区切り。あとは結果を待つのみであることに変わりはない。


 そう思えば、俺がここまで来た意味だって見出だせるだろう。




 いやぁ、いい仕事したなぁ。


 晴れて自由の身! 明日からはいつもの日常が戻ってくるぞ……!


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― 新着の感想 ―
[一言] ラブコメする予定はないとはタイトルにあるけど 主人公への印象が全員好意じゃなくて嫌われてそうにかんじたから未だに部活に居続けてる主人公が可哀想になってきました。
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