明かされる秘密
俺は部屋の隅の方にあるそれを指して言った。
それは俺がこの部屋に入ってきて最初に感じた違和感だった。
「あの、マネキンみたいなの……?」
「ああ。あれはトルソーと言って、マネキンの胴体部分だけのものを言うんだ。あんなの一般のご家庭には無いだろ? でもコスプレイヤーなら持っていてもおかしくない」
「はぁ……」
加納が呆れたような声を漏らした。鳴海も弥富もへぇとかはぁとか言っていたが、三人揃って俺のことを変な目で見ている。なんでそんなこと知ってんだよという目だ。……なんでだろうね。別に変な理由とかじゃないよ?
「確かにマネキンみたいなものがありますけど……。もしかしてそれが先生をコスプレイヤーだと思った根拠ですか?」
「まぁ、そうだな」
「でも、それだけじゃ理由にならないんじゃ……」
弥富に変わり、鳴海がぽつり呟いた。
「ああいうの、インテリアになると思うし……」
「インテリア……。いや、あれをインテリアにするってどういうことだよ」
鳴海の感性がすごすぎる件。普通にビビるけどね。友達の家にあんなの置いてあったら。マネキンが置いてある部屋なんて見たことないし。まぁそもそも俺友達そんなにいないからよく分からないんだけど。
いや、まあ。おしゃれな人だったらそういう使い方もあり得るのだろうか。確かに鳴海の言う通り、これだけでは証拠としては今一つ弱い。
「他にも、先生がコスプレをしていると思った証拠がある」
今度はハンガーラックの方に目を向ける。そこには先生の私服が並んでいるが、その中に一つ、異質に思えるものが紛れ込んでいたはずだ。
俺の視線の先を見て気付いたのか、加納がハッとしたような表情で口を開いた。
「……もしかして、コルセット?」
「あぁ、そうだ」
それは一見何の変哲も無いコルセットに見えるが、実は違うものだと気付いたのはついさっきのことだ。弥富が困ったような声を漏らす。
「……普通のコルセット、ですよね?」
「あれはコルセットじゃない。Bホルダーってやつだ」
「Bホルダー?」
「あぁ。コスプレなんかでよく使われるアイテムで、女の人が胸を潰す目的で使われるんだ。男装なんかをするときに、胸が膨らまないようにするためにな」
「……。なんでそんなこと知ってるんですか……」
弥富が震えて怯えたような声を出していた。教科書に書かれているかのようなドン引きだった。見れば鳴海も加納も俺のことをすごい顔して見ている。加納に至っては養豚場の豚を見るような目だ。怖い。明日の朝には精肉店の店先に並んじゃうかもしれない。
「そこの棚には漫画が並んでる。どれも有名な漫画でコスプレ人気も高いキャラが出るものばかりだな。これだけ状況証拠が揃えば、ほとんど確定だろう」
周りがドン引きしているのをひしひしと感じながら、俺は最後のダメ押しをする。
「もう一つ、この部屋には不自然なところがある」
「……えっ、不自然?」
「あぁ。そのヒントになるのが、このプリントだ」
加納の問いの返答代わりに、俺がカバンから取り出したもの。それは彼女から貸してもらっていた可児先生の授業で使われるプリントである。
物理の公式や図が丁寧に分かりやすく配置され、生徒の理解が促されるよう工夫されている。まあ俺は読んでも分からなかったんですが……。ともあれ、このプリントは加納曰く毎回授業で配られ、これを軸に先生の授業は進められているのだという。
「……そのプリントがどうしたの?」
「これは先生お手製の授業プリントだ。丁寧で分かりやすく作られている。こんなプリントを学校にいる業務時間中だけで作り終えるのは相当骨が折れるだろう。少なくとも、自宅に帰ってから手直しできる環境くらいは必要だろうな」
「ああ、うん。だってそれは、先生が家で作ってるって言ってて……。あれ?」
「——気付いたか?」
さすがは成績優秀者、加納琴葉。気付くのが早い。
このプリントは恐らく先生の家で作られているものだ。それもたぶんこの部屋で。
となると、この部屋には無くてはならないものがあるはずだ。
「どういうことですか?」
「パソコンだよ。この部屋にはパソコンが無いんだ」
俺の返答を受け、弥富ははっとしたような顔で部屋を見まわす。モノトーンで彩られたこの殺風景な部屋にパソコンの類は存在しない。
「まあノートパソコンとかの可能性もあるし、そこは別に良いんだが……。俺が気になったのはそこのクローゼット。扉の下から電源が引っ張ってあるな」
注目すべきはそれでなく、クローゼットから不自然に伸びている延長コードである。
「たぶんパソコンはこのクローゼットの中にあるんだ」
当然、クローゼットの中へと電源が引っ張られているというこの状況は些かおかしい。しかし電源を必要とする機器、例えばパソコンなんかがこの中に隠されているとすれば、その疑問は解消されるだろう。
俺は立ち上がってクローゼットの方へと近寄る。そして、取っ手に手をかけた。
手応え無く、勢いよく開いたクローゼット。
その中には——
「パソコン……と、これは……、衣装?」
「わざわざクローゼットにパソコンを置いている理由。たぶん部屋の景観を壊さないためだろう。だからこのクローゼットの中は先生の趣味スペースと化した……。パソコンだけじゃなく、ハンガーラックに掛けないコスプレ衣装なんかは全部ここに保管していたんだ」
小さな机に、椅子、パソコン、そして大量の衣装。
他にもアニメのグッズや同人誌のようなものが綺麗に陳列されているのが見える。雑多でカオスで混淆だ。確かにこの部屋の雰囲気にはそぐわないだろう。
例えば先生は部屋の景観を気にするタイプだとか、人をこの部屋に招く機会が多いからお客さんの目が気になるとか、理由は何でもいい。先生はここに趣味を集約させた空間を作っていた。そして、今目の前に物的証拠が現れたのだ。
「遠回りになったが、要はこういうことだ。以上の証拠から、俺はこう結論付ける」
長々と話してしまったが、ようやく話を纏められそうだ。
「——つまり、先生は趣味でコスプレをしていた。そんな先生が彼氏に求めている条件はずばり、『自分の趣味を受け入れてくれる人』だったんだ……!」
俺は逆〇裁判の主人公ばりに先生を指さして、そう言ったのであった。