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彼女の真意は

 俺の台詞から、たっぷり五秒ほどが経っていた。






 加納、鳴海、弥富はそれぞれが目を丸くして、互いに顔を見つめ合っている。誰からも反応はやってこない。


 どうやら俺の発言は、その内容を理解されるのに十分な時間が必要だったようで。


 そしてふと先生の方を一瞥すると、俺のことをめちゃくちゃ見ているのに気付く。すごい視線だ。その内側では驚きと戸惑いが犇めいているのだろうか。


 ようやく加納が俺の方を見たかと思うと、訝しげな表情で一言。




「コスプレイヤーって、どういう意味?」


「……あ? なんだ、知らねえのか? コスプレイヤーってのはアレだよ。服装とか髪形、メイクの仕方なんかでアニメや漫画のキャラに扮する人のことで、ライブとか同人誌即売会とかに参加して写真を——」


「いや、ちがっ、そういうことじゃなくて……。先生がコスプレイヤーって、どういうこと?」




 前のめりにそう聞かれ、俺はどう説明したものかと喉を鳴らす。


 少し考えて、そう思い至った経緯を話そうとしたときである。


 机がガタンと揺れて、加納よりもさらに前のめりになっている人が一人。




「——どうして分かっ……!?」




 驚きに満ちた声。先生だ。そしてハッと思い出したように、その言葉の続きをしまった。俺たちの表情を窺うように見てから、静かに元の姿勢へと戻る。




「どうして……そう思ったんですか? 柳津君」


「ていうか、いきなり何の話ですか、ハルたそ?」




 弥富がフクロウばりに首を傾げていた。鳴海もピンと来ていないみたいだし、一から順を追って説明する必要がありそうだ。


「まず先生の話を整理しようか」


 そう切り出し、俺は続けて言う。


「先生の相談内容は何だった?」


「えっと……『彼氏が欲しい』っていう相談だったね?」


「そうだ。今回の相談はそれ以上でもそれ以下でもない。純粋にただそれだけの内容のはずだ」


 鳴海が小さく頷く。相談内容はこれで間違いない。問題はこの後だ。


「そして先生は彼氏に、顔や性格について、何も求めないと言っていた。これは恐らく本当のことだろう。先生はそういう基準で彼氏候補を選ばないってだけの話だ」


「でも……。それじゃあ先生は本当に誰でもいいってことになるんじゃ……?」


「そうですよっ。他に恋人に求めることなんてありますか?」


 加納に続いて弥富も口を開く。弥富の言う通りだ。顔と性格、つまり外見と内面以外に人を評価することなんて無いのだと、ついさっきの俺も思っていた。


 それは例えば、俺が加納に対して、『外見は花丸、ただし内面はうんち!w』という評価を下すようなものだ。他に加納を評価する要因など無いのだから。強いて言えば胸がデカいとか良い匂いがするとか笑顔がかわいいとか胸がデカいとか、まぁいっぱいあるかもしれないが、これら全ては外見という括りに含まれてしまう。


 誰かが誰かを評価するとき、外見と中身でしか評価をしないというのは本当だろう。もっといえば、その二つでしか評価できないということだ。




「いや、あるんだよ。他にもな」




 彼氏、すなわち恋人。それは自分の全てをさらけ出すほどに親密な関係だ。知り合いや友人なんていう、少しでも建前や仮面を用意しなくてはならない関係とは訳が違うはずである。


 数日、数週間なんていうレベルじゃない。数か月、数年、もしかしたら数十年を共に生きるような関係になるのかもしれない。高校生である俺達から見れば『何を大げさなことを』と思ってしまうかもしれないが、社会人である先生にとってこれは重要視することに成り得るのだろう。


「なんですか、それって?」


「ああ、それはだな——」


 そんな関係を求めるということは、これまでとは違う評価基準が適用されて然るべきなのだ。顔や性格なんていう小さな話ではない。もっとスケールのデカい話。もっと大切にしなければならない要素の話。それすなわち——






「——『相性』だ」


「……アイショウ?」






 弥富が初めて覚えた外国語をしゃべるみたいな感じでそう言った。全然要領を得ていない様子である。っつーか、なんで英語っぽく発音してんだよ。日本語だ日本語。


 どういうことか。……単純な話だ。先生が顔や性格を求めないと言っていたのは、それらよりも相性を重視していたからである。その証拠に先生は『実際に会って話をしてから彼氏候補を決めたい』と言っていた。はははっ。つまりそういうことだっ! ……ってあれ? みんなの反応が薄いぞ……?


 それに加納からめちゃくちゃ視線を感じる……。どうしたんでせうか……?




「それでっ?」


「……それで、とは」


「その相性の話と、先生がコスプレイヤーって話と、いったいどういう関係があるのっ?」




 そう聞く加納は満面の笑みだった。すっごい笑顔。うわぁ、めちゃくちゃ可愛い。めちゃくちゃ可愛いのに目だけが笑っていない。要領を得ない話すんじゃねえカス地獄に叩き落すぞと目が言っていた。口悪すぎるでしょ加納。


 ちなみに最近こいつとは目だけで会話できるようになった。便利なのでもう二度と会話せずに済みそうである。


 まぁそんなわけにもいかないので、普通に喋るんですけどね……。


「あぁ……。つまりなんだ。先生が求めている相性っていうのは——顔や性格なんかじゃない、いわば先生のことを受け入れられるし納得できる、そんな度量のことなんだよ」


「先生のことを受け入れる?」


「あぁ。それで一つ思い至ったのが——趣味だ」


 相性なんていうのは本当に会ってみなければ分からない。長い時間をかけて互いの建前を壊してからじゃないと分からないことだってあるだろう。趣味一つにしても、字面だけでは理解していても、その内容は人によって大きく振れ幅があるに違いない。先生はそこを気にしていたのだと思う。


「趣味……あぁ、それでコスプレ……」


「そうだ。つまり先生は自身のコスプレ趣味を許容できるような男性を探している」


 それを聞いて、鳴海が腑に落ちたような声を上げたが、その傍らでは加納がムスッとした様子でいる。納得していないと言わんばかりに、俺に質問。


「……えっと。なんでそんなことが分かるの? 趣味とかコスプレとか……。突然すぎるというか。全然そんな話をしてなかったと思うんだけど」


 本気で分からないといった様子で、若干不機嫌そうな加納。たしかにこいつの言う通りだった。そんな話は一度たりとも話題になっていない。


 先生がコスプレイヤーだとか、趣味がどうたらとか、その結論へ至るにはあまりに突飛だと思うだろう。


 だから、そう思い至った理由を説明する。




「——あれを見ろ」


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