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可児彩乃は求めない

 彼氏あるいは彼女を作りたい——それは最もオーソドックスな恋愛相談と言えよう。


 これまで数多の恋愛相談を引き受けてきた恋愛相談部だが、結局のところ一番聞く相談と言うのがこれだ。


 モテない、出会いが無い、うまく会話を広げられない、告白の成功率を上げたい……まぁ相談内容は人それぞれだが、これらの恋愛相談はすべて、『誰かと付き合いたい』という目的を前提としている。つまるところ可児先生の悩みもベタな相談というわけだ。




 だがベタであるが故に、その相談の解決には困難を要する。




 経験談でしかないが、どうもこの手の相談は消化不良のまま終わることが多い。相談者が納得して部室を立ち去ってくれれば良い方で、大抵の相談は何の成果も得られず終わるのだ。調査兵団なら泣きながら絶叫するレベルである。


 だって考えてみてほしい。恋愛相談部に来てしまうほど真剣に悩んでいる相談者が、恋愛経験なんてほとんどない部員たちが即興で思いついたアドバイスに納得などするだろうか。……身も蓋もない話だが。


 加えてこういった相談者たちはある程度自分の落ち度に気付いていることが多い。例えばモテないのは自分の話が面白くないからだとか、顔が整っていないからだとか、極論を言えばそういうことである。であれば俺達から言えることなんてせいぜい『頑張ってね』とか『チャンスはまだあるよ』くらいしかないわけだ。実りある議論に持っていくこと自体、難しい相談でもある。


 恋愛相談の中でも群を抜いて難易度が高く、厄介で面倒くさい相談。それが『彼氏彼女が欲しい』という相談なのだ。




「誰か気になる人はいるんですか?」




 加納がそう問うと、鳴海が慌てたようにメモ帳を取り出す。


 まずは情報収集。いつもの部活と同じだ。相談者を知ること、話を聞くことからから相談は始まる。要は俺たちみんな聞き上手になるのだ。いずれ合コンとかで無双できるくらい聞き上手になってやろう。


 先生は少し考えたような素振りを見せた後、一言。




「……いないわね」


「なるほど、じゃあ新しい彼氏を探したいということですね?」


「まぁ……。そうなるかしら……?」


「……つまり、俺たちにそのサポートをしろと」




 俺が問うと、先生は少しの時間を置いてから小さく頷いて見せる。はぁ、なるほど。つまり新しく彼氏候補を見つけて来いという相談か。……うへぇ。面倒だなぁ。


 今から先生と釣り合うような男を用意できるほど、俺のコネクションは広くない。なんなら友達すらまともにいないのでコネクションがあるかどうかすら微妙なところだ。


 とはいえ、一介の高校生が年上の男性と関係を持っていること自体、普通は無いと思うけれど……。俺ならまだしも、加納たち女子にそういう関係があると分かったら恐怖でしかない。そんなの闇しか感じないしな。パパ活だのなんだの。


 だから俺たちは先生の彼氏候補を用意するのではなく、あくまでも一緒に探すという体になるのだろう。


「一つ質問なんですけど……」


 そんなことを思っていると、今度は鳴海が口を開いた。




「新しい彼氏に求める条件とかって、なにかありますか?」


「……条件?」


「そうです。例えば、性格とかタイプとか、そういう好みみたいなものを……?」




 いい質問である。さすがは鳴海だ。


 ここでいう条件というのは、すなわち『制約』を示す。


 先生が彼氏に求める、最低限の制約だ。


 鳴海は『性格やタイプ』と口にしたが、もっと具体的な内容でも構わない。年収五百万以上だとか、塩顔で清潔感あるだとか、頭が禿げてないだとか……。おいおい結婚相談所かよ。ていうか、また髪の話してるよ……。


 まぁ条件っていうのはそういうことだ。そしてこの条件こそが、今回の相談において最も大事なファクターとなり得る。こちらから選ぶことが無ければ、端からこんな相談など始まっていないのだから。


 先生は鳴海の言葉を受けて、少し俯いた様子でじっと考え込んでいた。


 条件次第では、この相談の難易度も大幅に変わってくる。キ〇タクばりのイケメンがいいなんて言われたら終わりである。無理無理。あんなのほぼ架空みたいなもんだし。せめて俺くらいの顔で手を打ってほしいところ。探しやすいからな。


 と、ようやく先生が顔を上げた。何一つ表情を変えることなく、抑揚のない声で口を開いた。




「——ないわね」


「……えっ。……無い、んですか?」




 鳴海が驚いたような声を漏らした。




「そうね。顔や性格は、特に重視しないわ」


「……はぁ。つまり誰でもいいと……?」




 先生の発言に、俺も耳を疑った。




 予想外の発言だ。思わず茫然自失としてしまう。


 相手に求めるものなど無い——先生はそう言ったのだ。


 今から彼氏を探しているというのに、先生は条件を提示しない。






 それはつまり、何も望まないということ。








 いや、それって——








「——ごめんなさい。今のは語弊があったわね。……でも私は外見や内面で他人を評価するつもりは無いわ」




 いつもより、その言葉は少しだけ凛としているような響きだった。


「最初から決めつけるんじゃなくて、むしろ実際に会って、話して、それから決めていきたいのよ」


 そう言う先生の言葉に、俺たち恋愛相談部は引き込まれるように耳を傾けている。なんかかっこいいな先生。いいこと言うじゃん。……ん。でも待てよ。ちょっと待って。冷静に考えたら、外見や中身以外で人を評価することなんて無くね? 他に人を量る要素ってどこにも無くね?


「だから、そういう意味でわたしからの要望は無いわね」


「でも、ある程度先生からの要望が無いと、俺たち何もできませんよ」


 よく分からんが、このままでは動けるものも動けない。せめて的くらいは絞ってくれないと。でなきゃ今回の対象が地球にいる男子全員になってしまう。そんなグローバルな相談をされても困るんだよなぁ。俺、日本語しか話せないし……。いわゆるモノリンガルってやつだ。……そうそう。最近じゃネットミームに侵されて日本語すら怪しいからゼロリンガルまであるな。ゼロリンガルってなんだよ。


「要望、ねぇ……」


 しかし先生は再び考え込んでしまう。この人マジか。何も無いとですか。本当に彼氏に何も求めないとですか。


 それほど恋愛に飢えているのか、はたまた追い込まれているのか……。どちらにせよ、先生にお似合いの彼氏を見つける相談は早くも暗雲に突っ込んでしまったようだ。


 彼氏は欲しい。しかし条件は無い。


 彼女の真意は、どこにあるというのだろうか。




 ……いったい、どこに。




「…………ん」




 ——それは、ふとした気付きだった。




 視界の端。そこに映りこんだもの。


 そういえばさっきから違和感は感じていたのだ。


 この部屋はやけに殺風景な感じがする。さっきから俺たちが落ち着かないのもこの妙な雰囲気が原因だったと思う。


 そして先生の態度。彼氏への要望。一度もない恋愛経験。殺風景な部屋……。


 それら断片を繋ぎ合わせ、見えてきた一筋の光。




 ——瞬間、俺の脳天に雷が落ちた。




 ピカピカドッカーン! 




 ——ああ、分かったっ! 分かっちゃいましたっ! 謎が解けちゃいましたぁ! 




 ……いやぁ。気持ちいいなぁ。なんで俺はこうも簡単に気付いちゃうのかな。自分の天才的な脳ミソが本当に恐ろしい。マジで探偵になれちゃうよ俺。もういっそ『真実はいつも一つ!』とか言ってみようかね。『じっちゃんの名にかけて!』とか。まぁ俺のおじいちゃん公務員だったんだけど。


「どうしたの、陽斗くん? ニヤニヤして……」


「いやっ、なんでもないっ……」


 ああ、加納よ。いつだって一番最初に、俺の表情の変化を読み取るのはお前だよな。さすがはメインヒロインだ。いち早く気付けるだなんて、狂言回しとしてやるじゃないか。そんな君にはワトソン君の名を授けよう。


 これであとは俺が名推理を披露する展開なわけだが、続けて加納が俺を見ては鼻で笑っていたので、ただ単純にバカにされているのだと気付いた。おい人の顔見て笑うのマジでやめろ。「どうしたの? 顔が……その、キモ……っ——何でも無いよっ」とか言ってるけど、それほとんど言っちゃってるから。キモいってほとんど言ってるから。


「まぁなんだ。とりあえずこの相談の方向性が見えたってだけだ」


「方向性って?」


 訝しむような声を上げる加納を無視して、俺は咳ばらいを挟む。注意が自分に向いたところで、先生の方を見据えた。


 こういうのは単刀直入に、核心に迫るに限る。鈍感主人公ばりに遠周りなどする必要はないのだ。




 俺は言った。




「先生、なにか趣味とかありますよね?」


「……えっ?」


「趣味です。一つや二つ、日課にされていることがありますよね?」


「それはまぁ……そうだけど……」




 わざわざ前置く必要などないかもしれないが一応の確認だ。おそらく先生が求めている本当の相談は、これが起因しているのだろう。


「どういうことですか、ハルたそ?」


「先生は彼氏に求める条件は無いと言っていたよな……。けど、それは少し語弊があると思ったんだ」


「……はぁ」


 弥富が乾いた相槌を打つ。続けて口を開いた。


「本当は先生にも要望はある。……でもそれは『顔や性格』なんかじゃないってことだ」


「……どういうことですか?」


「つまり先生の求める相手への条件が、ちょっとばかり『特殊なもの』だったら、ってことだよ」


 先生にはあまりおおっぴろに言えない趣味がある。その正体はおおよそ見当がついているが、先生から口に出すのは憚られると言ったところか……。


 それを邪魔しているのは恐らく先生のプライド……。いや、この流れ自体が、先生によって仕組まれた部活への試験という説もあるが……。いずれにせよ、問題を与えられたからには、解答を出すまで。




「結論から言うぞ」




 少しの間の後に、俺は言い放った。






「——先生は、コスプレイヤーなんだ」


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