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カミングアウト

 実にシンプルな相談内容だった。


 簡潔明瞭で要点を押さえた、一切無駄のない洗練された悩み。

思わず唸ってしまう。ここまで理解しやすい相談は初めてかもしれない。


 余計な前置きも、意味のない駄弁も、そのすべてが排除されている。本当に無駄がない。あるのは彼氏が欲しいという煩悩だけ。


 見れば先生は顔を真っ赤にしていた。さすがの先生とて、こんな相談をするのは恥ずかしいのだろう。クールな印象とは対照的な、その恥じらう姿はとても新鮮に映った。


 しかしなるほど。彼氏が欲しいとは、これまたベタな相談が来たものだ。


 恋愛相談の代名詞と言ってもいいであろうこの相談に、目を輝かせている者が二人。




「いいですねっ」


「にししっ、彼氏作りましょう!」




 加納と弥富だ。前のめりになって発破をかけていた。なんかめちゃくちゃ笑顔になってるのはなぜなんですか……。


「じゃあさっそく作戦会議ですねっ?」


「そ、そんなに、張り切らなくても……」


「いえいえ。先生からのせっかくの相談です。ぜひ頑張らせてくださいっ」


「くださいっ!」


 加納の言葉に続いた弥富がそう言って高らかに手を挙げた。う、うるせぇ……。張り切りすぎだろお前ら。つーかなんでこいつ手挙げてんの? 頼んでもないのに。仲間の印でも見せてくれんの?


「お前ら落ち着けよ……」


「何ですかーハルたそ? 先生の恋愛相談ですよー? もうちょっとやる気出していきましょうよ!」


「いや……。んなこと言われてもだな……」


 確かに相談自体はシンプルで、その内容も前向きなものだ。


 前向きというのはつまり文字通りの意味なんだが、例えば『彼氏が浮気したからどうやって始末すればいいですか?』的な相談ではないということだ。要するに恋に積極的な相談内容であるということ。


 そういった相談は漏れなく歓迎だ。応援することに何ら抵抗を感じさせない相談である方がアドバイスもしやすいし、気が楽だという意味でもやり易い。今回の先生の相談はその部類に入るので、モチベーションが上がるのも分かる。






 ——だが、楽観的にはなれないのだ。






 理由は明白。必ずしもこの相談の難易度が低いというわけではないから。そりゃあ訳の分からない相談に比べたらマシかもしれないが、この相談は恋愛相談部の存続がかかっているということを忘れてはいけない。嫌でも身構えてしまう。


 お茶を飲もうと手を伸ばしたとき、ふと鳴海と目が合った。どこか不安そうな表情をしている。……こいつも気付いているみたいだな。そうだ。まだ安心はできなかった。


 手順を間違えてはいけない。確実に必要な情報だけを選択し、先生が潜在的に求めている解答を導く。それが俺たちに課された任務である。まずは何を聞くべきか……。そうだな……。例えば——




「聞きたいんですけど、先生ってぶっちゃけ恋愛経験あるんですかっ?」


「ぶふぉぁっ——」




 瞬間、口からお茶が噴き出た。弥富がなんかすげえことを聞いていた。


 えっ。ちょっと待って。……いきなりそれを聞くか?


 服とかズボンについたお茶を拭いていると、弥富が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「な、何やってるんですか……。ハルたそ……」


「いやすまん、ちょっと思い出し笑いを——それよりお前、先生に何聞いてんだよ」


「えっ? 普通に興味で聞いただけですけど……」


 相手が生徒ならまだしも、先生に対してその質問ができるのはある意味才能だ。きょとんとした顔で首を傾げる弥富。そうだった。こいつはアホだしかわいいんだった。かわいいとか思っちゃったよ、ちくしょう。


「ちなみに今の質問に答えると、これまでに交際経験は無いわ」


「……ほら見ろ弥富。先生に交際経験が無いのは雰囲気で分かるだろ。失礼なことを聞くんじゃねえ!」


「ハルたその方が失礼なことを言ってる気がしますが……」


「聞こえてるわよ? 柳津君?」


 その声を聞いて視線を先生の方に移す。見れば先生が明王の如き眼で俺を睥睨しているの気付いた。……聞こえてましたか。すみませんでした。命だけは。


「えっと……。あっ。とりあえず先生の話をもう少し聞かせてくれませんか?」


 加納がパンと手を叩いて軌道修正。先生は俺を睨み付けるのを止めて加納の案に首肯した。っぶねぇ。助かったぜ……。


 加納に感謝の意を込めてウインクしてやると、それに気付いた加納が満面の笑みで笑いかけてくれた。そして親指を立てると、横に勢いよくシュッと首を切る動作。ははぁ、なるほど。これはつまりアレか。お前はもう死んでいるってか。はははっ、あのっ、すみませんでした。本当に命だけは。


 これ以上ヘタなことを言えば本当に殺されかねないので黙ることにした。


「私の話、ね。……その前に一ついいかしら?」


「はい、なんでしょう」


 加納が問うと、先生の注目は加納から外される。代わりに鳴海と弥富、二人をじーっと見ているようだった。


「こちらの二人は?」


 二人、というのはもちろん鳴海と弥富のことだろう。そういえば先生とこいつらは今日が初対面のはずだ。まだ自己紹介もできていない。


 言われてはっとしたのか、二人の背筋がピンと伸びる。




「……恋愛相談部の、鳴海莉緒といいます」


「同じく、弥富梓です!」


「……そう。鳴海さんと、弥富さんね。自己紹介が遅れて申し訳ないわ。私は可児彩乃です」




 ぺこりと会釈する三人。学校外、先生の部屋に押しかける恋愛相談部……。改めて今の状況が一種異様であることに可笑しさを覚えつつも、やはり俺が何か言うとアサシンが飛んできて首を掻っ切られる可能性があるので、引き続き黙りますね。はい。




 ともあれ自己紹介が終わったので、いよいよ恋愛相談の時間である。






 可児彩乃に彼氏を作るにはどうしたらいいのか。






 ……考えてみよう。


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