甘酸っぱい、初恋
鳴海さんが頑張って恋愛相談します。
――瞬間、俺は相談の内容を理解した。
びびっと頭の中に閃光が走る。なるほど、これは初恋だな。間違いない。
赤く染まる頬、もじもじと落ち着かない様子を見せる鳴海。
彼女の恥ずかし気な態度が何よりの証拠だ。
なんとも甘酸っぱい青春物語の序章である。
ふんふんと傍観者気分で俺は「それから?」と目で話を促す。
すると、鳴海はぷいっとそっぽを向いた。……え、なんで。ちょっと待ってくれ、俺嫌われるの早すぎだろ。
「え、それで?」
「……どうしたらいいと思いますか?」
「どうしたら、とは?」
「……いや、その、わたし、どうしたらいいのかなって」
落ち着いたトーンで、悠々と語られる彼女の台詞。
鳴海の発言に俺の頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
よく分からんので、俺は間をおいてから質問をすることにした。
「とりあえず、もう少し説明してくれないか? 誰が好きだとか、そういうのを――」
「――そ、そんなの、恥ずかしくて言えないよっ……!」
「えぇ……」
俺の要求をきっぱり断る鳴海。今日聞いた中で一番声がデカかった。
おいなんだこれ。早速詰んでんじゃねえか。
加納の方を見ると、もう諦めたような顔をして遠い彼方を見ていた。おい戻って来い。俺を置いていくな。
「……ごめんなさい。でも恥ずかしくて、ちょっと心の準備が」
とかなんとか言っている鳴海。いやいや、それじゃ相談にならんくね……?
「まあ恥ずかしいのは分かるぞ? でも説明してくれないと」
「あっ、そ、そうですよね……! ごめんなさいっ……!」
ぶんぶんと頭を下げる鳴海。動きが激しすぎてヘドバンにしか見えない。
鳴海はどうやら人と会話をするのが苦手なタイプのようだ。先程から声量も安定していないし、視線もあちらこちら行ったり来たりしている。
困って首の後ろをぼろぼり掻いていると隣から鋭い視線を感じた。
「……わたし、この子苦手だわ」
「耳打ちとはいえオブラートに包めよ」
「だってこの子全然自分のことを話さないのよ?」
「いや、そう怒ることか?」
「恥ずかしいのは分かるけどね。でもちゃんと自分の秘密をさらけ出す覚悟で来てもらわないと。もう少しちゃんとして欲しいわ」
「……お前が言えた義理じゃねえだろ」
ここにもっと自分をひた隠しにしている奴がいるからね。
でもまぁ、鳴海の恥ずかしいという気持ちは分からなくもない。
恋愛相談は本人にとって勇気がいることだろう。俺たちのような赤の他人なら尚更だ。
誰しも秘め事はあるものだが、こと恋愛においてはその機密度の高さも他とは大違いだということも十分理解できる。
だがそれはそれ、これはこれ。話してくれなきゃ分からんことだってある。どうしたものかと鳴海の方を見ると彼女はまだぶんぶんと頭を振っていた。おいおいここはライブハウスじゃねぇんだぞ。首の骨折れちゃうよ危ねえよ。
「……まあ気持ちは分かるよ。ゆっくり待つから、話せるときに話してくれ」
「そうだよっ、わたしと陽斗くんが全力でサポートするからね!」
俺の言葉に続いてデカい声を散らす加納。そんなプレッシャーになること言うんじゃねえよ。……ていうか、あれ。いつの間にか加納に下の名前で呼ばれている。
「分かった。でも、もう大丈夫。話せる」
覚悟を決めたのだろうか、鳴海は俺たちの方を向き直った。
胸に手を置き、目を閉じ、そして深呼吸。すぅと空気が吸い込まれていく音がよく聞こえる。なんかエロい。胸も加納ほどじゃないがそこそこデカい。失礼なのでなるべく見ないようにはしている。なるべく。
次いではぁと息を吐きだす動作。いやもうなんだろう。なんかエロ過ぎて直視できなかったので加納の方を見た。視線が合う。おいなんだよ。お前も俺と一緒かよ。ていうかお前の胸もすげぇな、エッチすぎるだろ―っておいっ、足蹴るなっつーの、痛ぇよ、映画館だったら迷惑行為だぞ。
「じゃあ、話すね」
エロ呼吸を終え、鳴海が真っ直ぐな視線で俺たちを交互に見た。エロ呼吸ってなんだよ。
「私、二年生の西春斗真先輩が、好きなんです……!」
顔を真っ赤にした鳴海が、言葉を絞り出すようにして言った。それを聞いた俺は茫然と言葉を失ってしまう。それは鳴海の勇気ある告白に驚いたわけでも、さっき加納に蹴られた足が痛んだわけでもなく、単純に西春先輩って誰やねん……と思ったからである。
いや。ホントに。マジで。誰なの、西春先輩。
「ああ、西春先輩かー。確かにカッコいいもんねー。なんていうか爽やか系?」
「そうなのそうなの。私、先輩を見た瞬間、一目ぼれしちゃって……」
「あははっ、そういう話、わたしキュンとしちゃうなー」
なんか二人だけで会話が盛り上がり始める。
「きっかけは、サッカー部の朝練の風景をたまたま見てて……。誰よりも精一杯頑張っている先輩に、その、すごく胸打たれたというか……」
「ピュアだよ! ピュアすぎるよ! わたしすごく応援するよっ!」
「あ、ありがとう……」
「そうと決まったらさっそく作戦会議だね!」
「……いや。ちょっと、待ってくれ」
俺が耐え切れず口を開くと、教室は水を打ったように静かになる。そして鳴海は首を傾げて「どうしたの」と俺に聞いてきた。加納は言葉こそ発しなかったが、俺に目で「なんだお前白けるだろうが。殺すぞ」と殺害予告していた。怖えよ。
「いや、普通に西春先輩って誰ですか……」
「陽斗くん、西春先輩知らないのー? あははっ、ウケるーっ」
「……ひっ」
あまりにも加納が気持ちの悪い声を出したもんだから悲鳴みたいな声が出てしまった。そのテンションで俺に話しかけんな。普通に鳥肌立ったわ。
「西春先輩はサッカー部の部長だよ、柳津くん」
「なるほど、そうなのか。みんなよく知ってるな……。あはは……」
「ごめんね鳴海ちゃん。陽斗くんは人に興味が無さすぎるだけだから。たぶんこの人は今の校長先生だって知らないわ」
「んなわけねえだろ……」
バカにすんのもいい加減にしろよ……。と、校長先生の名前を思い浮かべるが下の名前が出てこなかった。マジかよ俺。
「その顔……、まさか本当に知らないのー? あははっ、ウケるっ」
「お前ぶち殺すぞ」
あ、やべぇ。つい本性に語りかけてしまった。
俺と加納が睨み合っていると、何も知らない鳴海が小さく笑う。
「うふふ、仲がいいんだね。二人とも」
「いやいや、んなわけ――」
ねえだろ、と言おうとした瞬間。机の下で加納のボディーブローが炸裂する。鮮やかな一撃だった。体の奥にまで響く衝撃と激痛。
「おぅっ……」
「じゃあ作戦会議しよっか。西春先輩とお近づきになるための作戦を考えよう!」
「うん、よろしくね……。ところで、柳津君はなんで倒れてるの?」
「き、気にするな……。こういう持病だ……」
どんな持病だよ。
自分に自分でツッコミを入れつつ、倒れ込んだ身体をなんとか持ち上げる。
ていうか加納、ボディーブロー上手すぎだろ。なんでだよ。もしかしてそういう人なの?
腹を抑えながら加害者の方に目をやるが、本人は知らんぷりを決め込んでいる。男子が女子を殴るのはいろいろと問題あるが、女子が男子を殴っていい道理はどこにあるのだろうか。真の男女平等とは何なのだろう。女も男殴っちゃダメって憲法改正してくれよ。マジで。
まあ何はともあれ、いよいよ恋愛相談部としての初活動が始まる。
別に恋愛相談なんて興味もなければ、やる気もないんだが。そもそもこういう相談とか俺の柄でもないし……。まあ部員になってしまったので後の祭りである。
まあでも。やるしかないよね。加納に弱みも握られてるし……。
うーんでも、大丈夫かこれ。正直言って不安しかないんだが……。