門番
「…………えっ」
目の前に現れたのは可児先生ではなく、マジで知らない五分刈りのおっさん。
こんがりと焼けた肌。威圧感を感じさせる大きなガタイ。しわ一つない黒光りのスーツ。鋭い目つきでこちらを睨み付けるその様は、まるで獣だ。
俺たちを異分子と捉えているのか、明らかな警戒の目。
眉間に作られたシワは、石碑の如くしっかりと刻まれていて、たぶん眉毛をぐいっと横に引っ張ってやっても消えないんだろうな……とかそんなこと考えてる場合じゃない。この人誰だよ。
何度見ても知らない顔だ。幼稚園の園長先生まで記憶を遡ってみたが、やはり知らない顔。
もしかして部屋間違えた? 間違えてそっちの道を極めてる人を訪ねちゃった? と思って部屋番を確認するが、この部屋はメールに記載されている番号と一致する。
ということは部屋の間違いでもない。……じゃあ目の前の、この怖そうなおじさんは誰か。うーん、まぁ。考えても始まらない。まずは円満に話をして、命の保証だけでも勝ち取りたいところ。
「あの……可児さんのお宅でしょうか?」
先陣を切るは我らが部長、加納琴葉。
「……そうですが」
「あ、えっと……私たち、可児先生に用事があって来たんですが……」
「先生? ……ああ。彩乃のことか」
彩乃……。確か可児先生の下の名前がそんなだった覚えがある。よく覚えてないけど。
「ふん……」
と、おじさんが顎に手を当て、俺たちを品定めするかのように一人ずつ目を合わせていた。
「ということは、彩乃の生徒さんか?」
「……はい、そうです」
「……なるほど」
そこまで聞くとその人は納得したような声を上げる。何か合点がいったらしい。ふんふんと頷くたび表情も柔らかくなっている気がする。しかし相変わらず眉間のシワは深く刻まれたままだ。
やっぱり横に引っ張ってもシワ取れないんじゃね……と思っていたときである。そのおじさんの背後から叱声と共に別の人の姿が現れた。
「……ちょっ、パパ! 勝手に出ないでって言ったでしょ!?」
今度は誰だと思ったらその人は知ってる顔だった。間違いない。可児先生である。
そして今の一言で、この怖いおじさんが可児先生のパパであることも分かってしまった。おい全然似てねえぞ。
「いやっ……。それは……」
「パパは顔が怖いんだから、生徒たちが怖がるじゃないっ」
「そ、そうか……」
そう言われ、なんかしゅんとなった可児先生のパパ。普通に来客に応じただけなのに散々な言われようである。そんな言い方しなくてもいいのにねぇ。かわいそうじゃん。まあ実際めちゃくちゃ怖かったんですけど。
「ごめんなさいね……。どうぞ入って」
申し訳なさそうな顔の上に小さな笑みを浮かべて、可児先生がそう言う。……。なんかすげえ入りづらい雰囲気だ。普通に帰りたいなぁ……。
「さっきは失礼……。どうぞ、皆さん。中でくつろいでください」
でもこの怖そうなお父さんもいるし、帰りたいなんて言えるわけないよね。そんなこと言ったらうっかり殺されるんじゃねえのってくらい顔が怖い。街でこの人に肩ぶつけたら死を覚悟するレベル。それくらい顔が怖い。
観念したので言われるがまま家の中へ入った。お父さんは先に奥の部屋の方へと姿を消し、その場には先生だけが残る。
靴を脱いでおじゃましまーすと挨拶。先生の後をついていくようにして、俺たちは家の中を進む。
「さっきは本当にごめんなさい。父が何か失礼なことを言ってませんでしたか?」
廊下を歩きながら、先生にそんなことを聞かれた。
「あ、いや……。別にそういうことは……」
そう返すも、依然先生の表情は陰っている。誰かフォローしてくれと思ってチラっと横を見たら弥富がいた。……よし、お前もフォローに入れ!
「はいっ! なんていうか、こうっ、人相よりもすごくいいお父さんでしたねっ?」
太陽みたいな笑顔で弥富がそう言った。おいどういうフォロー入れてんだよ。悪口混じっちゃってるよそれ。
「そう……。ならよかったけど……」
胸をなでおろす先生。弥富に何か言うわけでもなく、心から安堵している様子だった。なるほど、顔が怖いっていうのは共通認識でいいのか。
にしても本当に怖そうな人だった。たぶん怖いのは顔だけだと思うが。
そう言ったきり、先生が俺たちに話を振ることは無かった。お父さんのご職業は何ですか? ヤから始まるお仕事ですか? とか聞こうかと思ったが止めた。理由は二つ。別に興味が無いからってのと、もし本当にそうだったら会話も俺も死ぬから。
それにしてもアレだな。本当に広い家だ。もしかして先生の家って大家族か何かなのだろうか。
せっかくなので聞いてみることにした。
「……先生って兄弟いるんですか?」
「いないわ」
そうですか。はい、ありがとうございました。
これ以上会話を広げれそうにもないので、黙りこくってしまった。なんで聞いたんだよ俺。