クラブ・クライシス
新キャラ登場、そして顧問は——
「顧問がいないって……そんなことあるんですか?」
「……さぁ? 少なくとも調べた限り、恋愛相談部の顧問に該当する教員はいないわ」
「そう、なんですか……」
苦笑いを浮かべながら、加納は先生の返答に困った様子だった。対して肩をすくめて見せる先生。その表情はどこか冷たさを覚える。
にしてもマジか。
まさかのオチだった。衝撃の事実。——そもそも恋愛相談部に顧問なんていなかったのだ! …………。……えっ、そんなことあるの? あり得るの?
部活としてどうなんですかね、それ……。まぁ顧問がいなくても成立する部活ではあるからな……。いなくても支障はないんだが……。しかしそういう話ではないと思う。ダメだろ、顧問がいなくちゃ。いざっていう時に責任が取れないよ? どうすんだよ俺が非行少年になったら。誰が責任取るんだよ。……自分で取れって話ですね、はい。
冗談はともかく、この状況は寝耳に水でしかない。そして顧問がいないとなると一つの疑問が生じる。加納もすぐさま頭に浮かんだのだろう。間髪入れずにまた質問していた。
「じゃあ、この申請はどうなるんですか……?」
「顧問がいないのであれば、申請内容を認めることはできないわ。文化祭の企画出展もできないことになるわね」
「…………。そんな……」
加納の落胆した声。その場で俯いてしまっていた。
出展はできない。先生はそう言った。
あれだけ一生懸命に考えたのに、この末路である。誰が予想できただろうか。顧問不在でまさか出展できないとは……。
いやはや……。加納はすごい落ち込んでるみたいだ。あからさまに元気をなくして肩も落として…………えっ、俺? 俺はどうかって? ——んなもん落ち込んでるわけねえだろ。むしろ喜びの感情が凄まじい! 恋愛感謝祭中止! やったぜ!
と、脇の方からすごい威圧感を感じた。……加納がめちゃくちゃ俺のことを睨んでいる。やっべ、ニヤついてたのバレたかな?
まあ文化祭の出展に関してはそう言われてしまった以上諦める他ないだろう。何て言ったって顧問がいないのだから。そうそう。大人の責任者がいない出し物など認められるはずもない。
それに、文化祭に一枚噛みたいのなら部活動だけでなくクラスの方の出展がある。何も文化祭を楽しめないわけではないのだ。だから俺としては別に出し物ができないことに何ら不満は無いし、そもそもやる気もなかったから、それでいい。
それでいいのだが——そんなことより、もう一つ。今の発言で気になったことが。
ゴホンと咳ばらいを挟んで、今度は俺が一歩前に出た。
「あのー。もう一つ質問いいですか?」
「……なにかしら」
「顧問不在って大丈夫なんすか。その……部活動として」
それすなわち、文化祭云々以前の話。——恋愛相談部の体裁の問題だ。
顧問がいない、なんていうことが果たして許されるのだろうか。少なくともそんな話を俺は聞いたことが無かった。一般に言う『顧問がいない』という状態は、その場所に先生が顔を出さないという意味で使われるのであって、形式的に先生のうち誰かが顧問として名目上存在していることが当たり前なのだ。
可児先生は言う。
「——もちろん良くないわ。顧問不在の部活動は廃部しているも同然でしょう。現状では恋愛相談部を正式な部活動として認めるわけにはいかないわね」
「……マジすか」
「ええ、マジよ」
それはつまり……。え、それってつまり……?
瞬間、息を呑んでしまう。
正式な部活動として認められない? 先生は確かにそう言った。
「恋愛相談部は非公認の部活動扱いね。部の名前を語ってるだけの存在にすぎないわ」
「…………」
開いた口が閉じてくれない。
俺も加納も、先生の言葉を聞いて呆然と立ち尽くしている。
無理もなかった。恋愛相談部がそもそも部活動ではないと言うのだから。
これまで必死こいてやってきた数々の恋愛相談……その全てが部活動の域に入らないただのボランティア活動。つまり言ってしまえば『ごっこ遊び』だったというわけだ。
「嘘、ですよね……?」
「嘘ではないわ。確認したところ、やはり顧問はいない。それは恋愛相談部という団体が、部活動として学校側から認められていないことと同義ですもの」
加納にそう答えた先生が、俺たち二人の表情を交互に見た。
「恋愛相談部は部活動ではない。そういう結論になるわね」
本気で言ってるのか思わず疑ってしまうような台詞だった。だが先生の視線はひどく真剣そのもので、もちろん冗談を言っている様子ではない。
恋愛相談部が偽物の部活動……。というか非公認?
なんだよそれ……。ちょっと理解が追いつかないんだが……。え、マジでどういうこと? じゃあ恋愛相談部ってなに? どういう団体なの? 恋愛相談部ってなんだよ。
「おい加納。どういうことだよ……」
「いや、そんなこと言われても……」
「いやいや。俺、お前に勧誘されて入ったんだが? 部活が存続できるからって入部させられたんだが? これアレ? もしかして怪しい宗教的な団体だったの!?」
「そんなわけないでしょ!」
加納がギロッと俺のことを睨んで突っかかる。でもなぁ。実際顧問がいなかったわけだし。先生もこう言ってるわけだし。
「私だって、入部したのは今年からだし、何が何だか……」
「記録によると、去年までは顧問が在籍していたみたいね。ただその先生は昨年度で別の高校に転任されているわ。同時に部員数の記録もゼロになっている」
先生がパソコンの画面を見ながらそう言った。はぁ、なるほど。要するに恋愛相談部は昨年度のタイミングで廃部扱いになっていたわけだ。……どうりで最初こいつと会ったとき、他の部員がいなかったわけだ。
——部員がいなかったのではない。そもそも部活動が存在しなかったのだ。
……マジかよ。
おいおいマジかよ。
超展開だなぁと思っていると、今度は加納が口を開く。
「で、でも私……恋愛相談部があるって友達から聞いて……! それに入部届! 恋愛相談部の名前でちゃんと受理されましたよ!?」
「……問題はそこね。きっと去年まで登録されていた部活だったから、受け取った先生が誤って恋愛相談部の登録をしてしまったのでしょう。実際、部活動の登録はされているのよね。現状、顧問がいないというだけで……」
「そんなミスあるのか……」
偶然に偶然が重なった結果こんな事態が起きたということか。さすがの加納とて、存在しない部活に入る気なんて無かっただろうし……。——ていうか、なかなかのミスじゃないそれ? たぶん反省文ものだぞ……。ああ、でも社会人ではこういうの始末書っていうんだよな。始末されるのは自分だっていうのに……。そういえば俺もまだ反省文書いてないなぁ。いやなことを思い出してしまった。
んんまあ……。よく考えてみたら色々と不審な部活動ではあった。顧問はいないし先輩もいないし俺の居場所も無かったし。それに林間学校の一日目、温泉へ行く際に引率の先生が何やら気になることを言っていた。『まだあったんだな』とかなんとか……。あれはたぶん、恋愛相談部が廃部になったことを知っていての発言だったのだろう。……いや、そんな伏線分かるかよ。
マジかーと思っていると、可児先生が改まった様子で俺たちを見ていた。
「さて、となると一つ問題が発生するわね」
——問題。文化祭の出展とは別件か。でなければわざわざ先生の方から言い出すはずがない。
相槌も打たず黙って聞いていると、先生はため息交じりにこう言った。
「校則上、一年生は何らかの部活に所属していなければなりません。恋愛相談部が部活動でなかった以上、早急に対策をする必要があります」
「……えっ。それって」
出かけた言葉が詰まった。先生の言わんとすることは、すぐに示された。
「恋愛相談部にのみ所属している二名——加納さん、そして柳津君。あなたたちはすぐに、次の部活動を探して転部手続きを取りなさい」
——それは、言ってみれば恋愛相談部消滅の危機に他ならなかった。




