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鳴海莉緒の告白

初相談です。

 放課後を知らせるチャイムが鳴った。


 いつもは居眠りしている数学の授業も、教師の目を盗んでラノベを呼んでいる世界史も、今日だけはノートがパンパンに埋まっていた。そして気が付けばあっという間の放課後。


 この後は、待ちに待っていない部活動である。

教科書を無造作に鞄に突っ込んで、それからため息を一つ漏らす。行きたくない。その感情だけが俺を支配していた。


 脳裏に昨日のワンシーンが浮かぶ。……夕方。学校一の美少女と、二人きりの部活動。戸惑う俺。不気味に笑う彼女。そして彼女は囁く。「ねぇ、ふたりでイケナイことしよ?」と。……あ、これ違うわ。昨日家に帰って久しぶりにやったエロゲ―だわ。こっちじゃない。


 追想を断ち切る。覚悟を決めて教室を出た。


 階段を上がり、まっすぐ特別教室棟へと歩き、また階段を上がる。とぼとぼと足取り重くやってきたつもりだったが、恋愛相談部の部室にはすぐに着いた。


 昨日ぶりである。昨日帰り際に二度と来るかと誓ったが反故となってしまった。

 扉の向こうにはアイツがいる。昨日のこととはいえ、顔も声もはっきりと覚えている。



 ――加納琴葉。



 確かにあいつは可愛い。読者モデルとか芸能人とか言われても普通に納得してしまうレベルだ。声も仕草も全部が可愛い。……そう思っていた。


 だがアイツは外見だけだった。中身は自己中極まりないゴミだった。


 いや、中身が残念な人間というだけならまだ良かったのだ。何が厄介かと言えば、アイツはそれを隠すのが恐ろしいほどに上手いのである。俺以外の生徒は加納琴葉を十全十美だと思っているに違いない。本当に度し難い女である、加納琴葉。


 ……アイツのことを考えていたら、気分が悪くなってきた。


「おえっ……。おいなんでえずいてんだよ……」


 すげえなアイツ。病原菌か何かかよ。


 まだ部室にも入っていないのに健康被害が出始めている。どうやら俺は奈落レベルで彼女の手中に落ちているようだ。もう観念したので俺は目の前の扉に手をかけた。


 がらりと戸を開く。思ったより手ごたえのない扉が勢いよく開いた。


 部屋の中に二人の存在を認める。



 ――二人は談笑中だった。



 だがすぐに会話を中断して俺の方に注目する。

 うち一人は紛うこと無き、俺の宿敵、加納琴葉。昨日と同じ席に座っている。


 俺を見るや否や、加納はにこりと笑って見せた。


「こんにちはっ」


 彼女の口からは曇りのない澄んだ声。どっからその声出してんだよ。裏声?


 俺は挨拶代わりに沈黙と睥睨を繰り出す。屈託のない笑顔と明るい声。その態度から察するに、どうやら加納は表モードのようだ。表モードってなんだよ。


 するともう一つの人影が動いた。


「こ、こんにちはっ……!」


 長い黒髪が揺れる。立ち上がったもう一人の女子生徒。その顔に見覚えはない。


 だが加納と並んでも負けずとも劣らない可憐な少女が、そこにはいた。


 視線が合う。


 きめ細やかな白い肌に映える、凛々とした大きな瞳。それは例えるとするなら、砂漠の中に突如現れたオアシスのようで……。おいなんだよこの気持ち悪い例え。


 いや、俺の語彙力では今の表現が限界だが、彼女の可憐さには目を見張るものがあった。


 ……ていうか、あなた誰ですか。


「お、お邪魔してますっ」


「お、おう……。お邪魔されてます」


 反射的にそう答えてしまった。どう考えても邪魔したのは俺の方だったと思うが。


 彼女が頭を下げているので俺もペコリと会釈すると、加納が立ち上がって言った。


「陽斗くん、彼女は鳴海莉緒(なるみりお)ちゃん。今日の相談者だよー」


「……相談者」


 オウム返す。そんな動詞ねえよ。

 加納に紹介を受けた女子、鳴海莉緒は改めて深々と俺に頭を下げた。


「よ、よろしくね」


「ああ……。よろしくお願いします……」


 どう対応すべきか分からないので、とりあえず雰囲気に合わせて俺ももう一度会釈。傍から見たらすごいペコペコしてるな俺たち。


「えっと、その……。加納さんから聞きました。柳津陽斗くん、だよね……?」


 俺の名前を顔を真っ赤にして確認する鳴海。俺の名前は放送禁止用語ではないのだが?


「ああ、そうだけど……」


「よ、よ、よろしくね」


 さっきも宜しくしなかっただろうか。何回挨拶するんだよ……。

 俺が戸惑っていると、視界の端で加納が俺を手招きしている。


 目が笑っていない。……ああ、早く来いってことね。


「んだよ」


 駆け寄ると、加納は鳴海には聞こえない程度の声量で耳打ちした。


「……鳴海ちゃんに手出したら殺すから」


「しねえよ」


 どんだけ信用ねえんだよ俺。


「それより彼女の恋愛相談だけど、早速協力してほしいの。私こういうタイプ苦手だわ」


「はい……?」


 加納は俺にそう耳打ちすると、咳払いを挟んでいつもの明るい声で鳴海に声をかける。


「この人にさっきの相談をもう一回してほしいんだけどっ、いいかな?」


「あ、うん……。そうだね」


 恥ずかしそうにもじもじとしている鳴海。何だろう、赫々と物事を言う加納とは正反対の印象を受ける。


 加納が席に座り、鳴海と俺も席に着く。

 配置は加納と俺が、机一つ挟んで鳴海に対面する形だ。


 有無を言わさぬ突然の展開ではあるが、早速部活動の始まりという事らしい。


 机の上には昨日なかったお菓子がいくつか置かれている。それからコーヒーの入ったマグカップが二つ。加納と鳴海の分。ちなみに俺のカップはない。……用意してねえのかよ。


 仕方ないので自前のペットボトルを取り出すと、鳴海が小さな声で話し始めた。




「あの、わたし……。す、好きな人がいるんです」


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