必要なものは
「恋愛相談じゃない? どういうことだ?」
耳を疑った。こいつからの呼び出しが恋愛相談でないとすると、では他に何の用事があるというのか。考えてみるが一向に思いつかない。なんせ相手は加納だからな……。
これがもし並のヒロインだったらまず俺のことが好きに違いない。だって好きでもない男の家になんか来るわけないからね。『あなたのことが好きです!』とか言われてハッピーエンド間違いなし。そのままラッキースケベハーレムラブコメ展開だ。EDではヒロインがなぜか服を脱いでいて続きは劇場版って何を言っているんだ俺は。
そうじゃなくて加納の用事。恋愛相談でなければ、じゃあこいつは何をしに来たんだ。
「——文化祭よ」
「……はい?」
「夏休み明けに文化祭があるでしょ? それの準備をするのよ」
「はぁ。準備……。すまん、よく分からんのだが……」
加納の言う通り、確かに夏休み明けには文化祭がある。三日間で行われる忠節高校文化祭は生徒、職員、生徒の保護者を交えて盛大に行われる。
もちろん文化祭があることは知っているし、文化祭に向けて準備をしている部活があることも知ってはいるのだが。……嫌な予感がした。
「え、なに? もしかして俺らも出し物をするとか言わないよな?」
「言うわよ? むしろ、それを言いに来たんだけど」
「…………」
おいマジか。マジかよ。絶対イヤだぞ。
出し物なんて冗談じゃない。そもそも文化祭なんて行くかどうかすら迷ってんのに。無理無理絶対無理。俺は抵抗の意思を見せる。
「いや止めようぜ。絶対めんどくさいって。色々手続きとかあるし夏休みは潰れるしリア充が輝く文化祭が嫌いだし」
「……最後のは完全に私怨じゃない」
呆れた様子の加納。グラスを両手で持つと、ゆっくりとお茶を飲んでいた。
「私たちも文化祭に出し物をしようと思って。あ、これはもう決定事項だからね?」
「くっ……、ふ、ふざけんな! こんな横暴が認められるかっ! お前は人を何だと思ってるんだっ!」
「ただ出し物をするだけよ。どれだけ大げさなのよ……」
いやいや。大問題だろ。まず俺の夏休みが潰れる。ソファとベッドの上で大半を過ごす、無意義で無意味な俺の夏休みが失われちゃうじゃないか! うん。あとは特に問題ないな。
ここで軽く説明すると、忠節高校文化祭は主にクラスと文化系部活動の二つが出展を行い、夏休みから準備が行われるという話だ。
もちろん強制ではないのだが、せっかくの機会だと考え、例年ほとんどの部活動が出し物をするのだという。
でも恋愛相談部の出し物っていったい何なんでしょうね……? 他の文科系部活動のように何か見世物があるわけでも無いし。加納がなんか面白いことするのかな? 腹芸とか。
「……出し物、ねぇ」
まぁ何にせよ、出し物をするというからには必要なものがある。
たかが文化祭、されど文化祭だ。そう半端な気持ちで出し物をされては困る。……俺が。もちろん振り回される的な意味で。
「加納、出し物をするのは結構なことだが、ちゃんと必要なものは用意してるんだろうな?」
「え? 必要なもの?」
問われ、俺は答える。
「んなもん決まってるだろ。出し物をする『動機』と、出し物の『内容』だ」
「……あ、そういうこと? てか動機って何よ」
「動機は動機だ。やるからにはちゃんと目標を決めてもらわないと、部員は動かないぞ」
「はぁ……。なんか先生みたいなこと言うのね、アンタ」
すごい変な目で加納が俺を見てくるが、実際動機というのは大事だと思う。目標なき挑戦ほど無益なものは無い。やるからにはちゃんと目標が欲しい。目標がないなら最初からやるなと言う話だ。……そうそう。だから俺は今まで挑戦とかしてこなかったんだなぁ。
確かに文化祭は所詮遊びの域を出ない。いくら彼らが本気だと言ったところで、生徒同士の娯楽だと言われればそれまでのことだ。——だが、その遊びの中でも、決まった目標を定め、それに向かって一致団結し、力を合わせて行事を進めることこそが大切なのではないかと思うのだ俺は先生か。
「ほら、どうなんだよ」
まぁ実際、こんなことを言い始めた理由は別にある。そもそもだ。加納がそんな出し物の動機なんていう殊勝なことを考えているわけが無い。そこをうまく言いくるめて文化祭の話自体無かったことにするのが俺の目的だったりする。策士過ぎる俺。
文化祭なんてどうせ遊びなのだ。楽しそうだからとか、面白そうだからとかそんな理由でほとんど成り立っているに決まっている。実に低俗で下らない行事だ。下心に塗れた陽キャ共の祭典だ。やってらんねぇ。その日は有休を使わせてもらう!
なんて、思っていたのだが……。
「——出し物をする理由なら、あるわよ」
見れば加納がやけに真面目な声音で、そう告げていたのだった。