親友
入部したので、いよいよ部活動始まります。
翌日のことである。
ホームルームが始まる十分前に教室入りした俺を、いつもの顔がニコニコと出迎えた。
「よう、陽斗。昨日のLINEの話、詳しく聞かせてもらうぜー?」
ふてぶてしい高身長イケメン。俺の友人、智也である。
サッカー部の朝練が終わった後なのだろう。智也からは制汗剤のさわやかな匂いが漂っていた。女子ウケしそうないい匂いだったのでちょっとだけイラっと来た。
けらけらと笑う智也を尻目に、俺は無言で自分の席に向かう。
理由は単純。その話題についてあまり話したくないからだ。
だがそんな俺の胸中など、こいつが察するわけもなかった。
「おいおい、無視かよー。俺は寂しいぜ」
そんなことを言っている智也だが顔はめちゃくちゃニンマリとしていた。欲しかったおもちゃを親に買ってもらえた幼稚園児のような笑顔だ。ぶちのめすぞ。
俺が自席に座ると、智也は前の席に座った。そこ、お前の席じゃないからな。
「んで、どういう風の吹き回しだ? 恋愛相談部に入ったって」
「……どうもこうもねえよ。俺は嵐に巻き込まれただけだ」
「なんだよそれ。どういうことだ?」
智也は興味津々で俺に尋ねてくる。こんな俺が恋愛相談部なんていう奇怪な部活に入部したことがすこぶる面白いらしい。ひどい奴である。
「お前に説明したところで俺には何のメリットもないからな……」
「おいおい冷たい奴だなー。理由くらい教えてくれてもいいだろ?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ……」
昨晩、俺は智也にLINEで恋愛相談部に入部した旨を報告した。もちろん、思い出したくもない部分をバッサリ省いて、だが。
智也からはすぐに返事が来た。
『え? 恋愛相談部?』
『自然科学部に入るって言ってたよな? どういうこと?』
『なんでだよ!? 理由教えてよ!』
『おーい! 聞こえてますか!』
『既読無視するなって!』
『なんか俺悪いことした? ねえ?』
『返事してくれよ! 頼むからぁぁぁぁぁ!』
……まあ返事するわけもなく。
昨日の放課後のことを、智也に伝えたところで信じてもらえるかは微妙である。当事者である俺でさえ、未だに昨日のことは信じられない気持ちがあるのだ。疑いを捨てきれないというか、夢みたいというか。……まあ夢と言っても悪夢なんですけど。
「しかし、陽斗もなかなかチャレンジャーだな」
「え?」
「だって恋愛相談部だろ? まさか陽斗が恋愛相談部に入るなんてなぁ。普通はそんな部活選ばないだろ。マジパネェっすわ陽斗先パイ。俺だったら考えられないっすわー」
「おい」
恋愛相談部も悪くないって言ってたの、お前なんだけど。
「しかし意外なのは、あの高嶺の花とも言える琴葉ちゃんが恋愛相談部に入ってたってことだな。……知らなかったぜ」
「琴葉ちゃんて」
「もしかして陽斗……、琴葉ちゃん狙いか?」
「なんでそうなんだよ……」
「だってそうだろ? 入部する理由なんて、琴葉ちゃんが関わってるに決まってる」
自信満々に豪語する智也。んなわけねえだろ不正解だよ不正解、と言いたいところだが、入部した理由に加納琴葉はがっつり関わっていたのでむしろ大正解だった。
「『あいつ』は関係ねぇよ、マジで」
「……おいおいマジかよ。『あいつ』呼ばわりって、いつの間にそんなに進展してんだよ? いよいよ隅に置けねえなぁ」
「あーいや、ちがくて、その……。ああ。……もういいや。説明するのめんどいわ」
「いやそこは説明しろよ」
智也が意に染まないといった表情で俺を見る。そんなに見られても困る。
俺の入部の経緯を説明したところで、果たしてこいつは承知してくれるのだろうか。
加納琴葉という存在を知っていれば知っているほど、あの真実はかえって虚妄にしか聞こえなくなってしまう。
どういう関係かは知らんが、ちゃん付けで加納のことを呼ぶ智也が俺の話をすべて受け入れてくれるとは到底思えない。……一応、友達なんだけどな。悲しいことに。
それに、だ。
俺があの真実を誰かに漏らしたということが、あいつにバレたら……。
正直、その展開だけは考えたくない。
それだけは御免である。
まあ、智也に他言無用だと言えばきっと聞き入れてくれるだろうが……。一応、念には念を入れておこう。
と、いうわけで。悪いがこいつにはしばらく加納のことを説明しないつもりだ。
だがやはり、そんな俺の胸中など、こいつが察するわけもない。
「なんだよぉー。教えてくれてもいいだろー」
智也がなんか駄々をこね始めた。子供かよ、こいつ。
まあ仕方ない……。ここは誤魔化し方を考えよう。
「悪いな、智也……。でも、いつかこの件についてはちゃんとお前に『だけ』話そうと思ってるんだ。俺たちは『親友』だ。絶対にいつか話すよ」
「…………陽斗」
なんかちょっと俺たち二人の周囲だけ雰囲気がルーキーズみたいになっていた。
「ああ、そうだな陽斗。俺たち、これからも親友だからな!」
「……お、おう」
「うまくいかない日だって、二人なら大丈夫だ!」
「そ、そうだな」
「喜びとか悲しみとか、全部分け合えるぜ!」
「……そう、かな?」
「何十年、何百年、何千年時を越えようがお前を―」
「それ愛しちゃうやつだから。友情越えちゃってるから」
俺が冷やかな目で智也を突っぱねるが、こいつはどこか遠い彼方を見ているようで、さっきから気色の悪い笑顔を絶やさない。
気付けばクラスのみんなが俺たちを見ていた。一部の女子たちが黄色い声を上げていた。
……いや、変なフラグ立てんなよ。
「陽斗」
「なんだよ……」
「困ったらいつでも声をかけてくれよなっ」
「おう……」
なんだこれ。なんだかすごく寒気がする。
予鈴が鳴り、同時に担任教師が教室へ入ってくる。生徒は皆急いで自席へと戻っていく。
「じゃあな、相棒」
智也が笑って俺に声をかける。おかしい。昨日の昼も同じセリフで別れたのに、なぜか言葉の綾を感じる。
斜め後ろにいる女子が、俺と智也を交互に見てにめちゃくちゃ視線を飛ばしてくる。……いや、だから変なフラグを増産すんじゃねえ。
「えーでは、ホームルームを始めます」
担任の号令。先程までの変な空気はいつの間にか消え去り、教室の空気がピンと張りつめた。これから出欠の確認だ。
今日も今日とて、いつもの退屈な一日が始まる。
……放課後の部活動を除いて、だが。