EX 男女の友情は成立するだろうか? 後編
「……は? なによ急に」
「男女の友情?」
問われて二人は戸惑ったような表情を見せる。何言ってんだこいつ、という顔だ。さすがにいきなり過ぎたか……。あと、なぜか加納がちょっとキレているが、いつものことだ。とりあえず、名言集のサイトにあった言葉だと説明をした。
――男女の友情は成立するか。
ちょうどいい議題だと思う。いかにも恋愛相談部っぽい話だ。やることも無くて三人暇を持て余しているし、退屈しのぎくらいにはなるかもしれない。
二人は男女の友情についてどう思っているのか。
先に反応したのは鳴海の方だった。
「えっと……。あるかどうかで、答えればいいの?」
「ああ。鳴海はどう思う?」
「そうだね……。私は……」
鳴海は顎に手をやってじーっと考えてから、徐に一言。
「――あると思うかな?」
「そうか。なるほどなぁ……。なんつーかこう……、鳴海らしい答えだな」
「そう……かな?」
俺の言葉に合点がいかないと言った様子で、首を傾げる鳴海。さっき鳴海とほとんど接点がないとか言った割に、『鳴海らしい』とか知った風な口を利いてしまった。お前のことは一番俺が分かってる、ってウザ絡みしてくるサークルの先輩みたいな台詞だ。
でも鳴海は友情も恋愛も純粋に信じているタイプなんだと思う。そこに裏切りという可能性があることをもちろん理解はしているだろうが、理想に近い感情や関係を捨て切りはしない。
裏を返せば、心が汚れ切って純粋に物事を見れなくなった人間には、どうしても信じられないものがあるということだ。
「ということは、加納は『あり得ない』っていう意見なんだな」
「なにが『ということは』なのよ……」
納得いかないと言った様子で、加納が俺のことを睨み付けた。
「勝手に決めつけないでくれる?」
「いやお前絶対そういうの信じないだろ……」
もちろん加納の性格的な意味でもそうだが、なんていってもね……。こいつのこの容姿よ。この可愛さ。これだけは認める他ないんだが、この圧倒的な可愛さこそが、加納にとって男女の友情を理解できない所以だ。
言わせてもらえば、加納は可愛いだけの女である。しかし不幸なことにこの学校にいるほとんどの男子はその事実を知らないのだ。加納と付き合えるのであれば、薄っぺらい友情なんてそこらのドブに捨ててしまいかねない。
つまりだ。こいつに近づくほとんどの男は下心に満ちている。絶対そうだ。童貞の俺が言うんだから間違いない。現に加納は男関係で色々と悩んでいる節があった。
そんな加納が男女の友情を信じるとか言い出すはずがないのだ。
だが、加納は言う。
「私もあると思うわよ。そういうの」
「……はっはっは。面白い冗談だな。ウケるっ」
「冗談じゃないんだけど……」
「柳津くんが笑ってる……」
加納も鳴海もなぜか戸惑っていた。解せないといった表情だ。いやいや。解せないのはこっちなんだが。……あと鳴海。知ってると思うけど、俺だって笑うんだよ?
「そりゃあるでしょ。男女の友情くらい」
「本気で言ってんのか……? マジかよ……」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの口調でそう言われてしまった。冗談で言ってるわけじゃないのか……。意外だ。絶対そういうの信じないタイプだと思っていた。
……でもそうなのか? 前に、男はみんなエロいことを考えてるだとかなんだとか言っていたような気もするが。
「もちろん条件付きだけどね」
「……えっ? 条件?」
予想外の意見を訝っていると、加納がそんなことを口にしていた。どこか不敵な笑みを浮かべている。
「そうね。条件……。例えば去勢してもらう、とか?」
「……ん? えっと……。――あ、ああ。おーけー。分かった。もうそれ以上喋るな」
「なんでよ」
なんでよ、って……。いや怖ぇからだよ。今こいつ何食わぬ顔で『去勢』って言ったぞ。一瞬どういう意味か分からなくて時間止まったんだけど。そこまでしないと生まれない友情なんていらねえよ。
やっぱり加納は加納だった。男女の友情全く信じてませんでした。
「そういうアンタはどう思ってんのよ?」
「俺か?」
次は俺の番ですか。……さて、どうでしょうね。
「まず友達が何なのか、よく分かってないからな……」
「そこからなんだ……」
鳴海が失笑していた。そういう地味に場を取り繕った優しさが一番心に来ちゃう。せめて笑い飛ばしてほしかったなぁ。加納に至っては反応すら無い。
まあ俺は女子とあんまり会話をしたことが無いので、確かに知識不足ではある。男女の友情なんざ都市伝説くらいにしか思えない。しかしこういうテーマがこれほどまでに議論されていることを踏まえれば、それらしいことを言うこともできよう。
「そうだな……。加納の意見に近くなるが、俺も条件次第ってとこかな」
「なんだ? アンタも一緒なんじゃない?」
「あぁ。ぶっちゃけお前の意見には結構賛同してる」
さすがに去勢はやり過ぎだと思うけどね。でも男女の友情があるか無いかで言えば、きっとあるのだと思う。
「条件次第って言うのは?」
鳴海の問いに、俺は少し時間をかけてから答える。
「まずそうだな……。そもそも簡単に男女の友情が成立するのなら、『男女の友情は成立するのか』なんていう命題が生まれることも無かっただろう。どれだけ仲が良かったとしても異性である以上、そういう意識は生まれるだろうからな」
友情がいつの間にか恋愛感情に変わってしまうだとか、そもそも恋愛対象として見てしまうだとか……。異性と仲良くすることと恋愛関係になることとは、どうも紙一重のような気がしてならない。
友情云々の前に、その人が異性だからという理由が先行してしまっているのだ。もちろんそれは間違いなんかじゃなく、ごく普通のありふれた感情なんだと思う。
「だから条件付き、ってことになる。例えばそうだな……。恋愛関係に陥らないとなると……まあ純粋に互いにタイプじゃないとかかな。異性として見ていないみたいな? 興味が無いというか……」
「興味が無いって……。それって友達って言えるの?」
「バカお前。友達だからこそ意識しなくていいんじゃないか。そこが恋愛との大きな違いだ」
自分の評価を意識しなくてもいい。そういう無意識でいられるところが、恋愛との線引きになるはずだ。
もちろん互いに意識をしない恋愛なんかもあるだろうが、多くの人は異性としての意識を引き金にして恋を始めるに違いない。
「だからうっかり好きにならないためにも、二人では会わないとか、スキンシップはとらないとか、そういう条件付きなら成り立つと思うって話だ」
「なるほど……」
鳴海がうんうんと頷いて俺の話を聞いていた。ちなみにそんな大層な話はしていない。
まぁ俺個人の結論を言ってしまえば、恋愛感情にすり替わらないよう工夫すればそういう関係もあり得るということだ。
そこまでして男女の友情が欲しい理由はよく分からないが、恋愛感情が一度芽生えてしまったら、きっと元の関係には戻れない。だからこれまで築いてきたものが崩れてしまわないように、友人という関係のまま踏みとどまりたい人は多いのかもしれない。
一度壊れてしまった仲は、どう取り繕っても傷跡が残っているもの。友人という肩書ほど楽な関係も無いだろう。
「でも一番はやっぱり『タイプじゃない』っていうところだろうな。俺こいつとは絶対に付き合わねぇわ、みたいな。そういう感情が一番信頼できる」
そう締めくくった時である。加納が納得したような表情で頷いた。
「そうね。顔がブサイクだったら論外だものね」
「……お前さらりとひでぇこと言うんだな。俺はそこまで言ってないぞ」
「あら? 私も一般論とは言ってないわ。これは特定の人の話よ? ねえブサイク?」
「おいそれ絶対俺の話じゃん。ブサイクって言っちゃてるじゃん。あと目合わせんな目」
気にしてんだからそういうこと言うのやめろって。この場で泣くぞマジで。……気にしてんのかよ。
加納がケラケラと笑っているのを睨んでいると、鳴海がにんまりした様子でこちらを見ているのに気付いた。
「……どうした?」
「ううん。なんでも。……まるで二人のことを言ってるなぁ、なんて?」
「……? はぁ」
やけに鳴海が嬉しそうな面持ちだ。思わず生返事をしてしまう。言わんとすることがよく分からないんだが……。
「最近二人のことを見てて思ったの。ことちゃんと柳津くんって、とっても仲が良いなって」
「……ちょっと待て。鳴海はいったい何を見てたんだ。ちゃんと俺たちのこと見てた? 両目で見た? 夢とかじゃないそれ?」
あるいは幻覚とか。どう考えても俺たちを見た末の結論とは思えない。こんな部活に入りたいとか言うし、一度鳴海は本気で病院へ行った方が良いと思う。
しかし、鳴海は首を振って言った。
「違うよっ。ちゃんと二人のこと見て思ったんだよ? それに自分でも言ってたじゃん。この人とは付き合わないだろうなって思ってるほど、友情が芽生えるかもしれないって」
「……その相手が加納だと」
自分で言ってたのに全然気が付かなかった。
こいつが俺の友達……?
…………。
全然想像ができない。
まあ確かに、異性として見てないし、興味ないし、絶対付き合わないと思ってるし……。
友情が成立する条件はしっかり満たしているのだが……。
でも――
「すまん……。お前のことだけはどうしても友達として見れない」
「そっ? でも私も同じよ。陽斗くんのことは人として見れないのよ……」
「そうですか……」
予想通りの返事に、俺は大きくため息をこぼす。全然同じじゃないけどな……。こいつ今まで俺のこと何だと思ってたんだ。
呆れかえっている俺。バカにしたような目で俺を見る加納。俺達のやり取りを俯瞰する鳴海。
「やっぱりお似合いだね」
「「――それはない」」
うわぁ。息ぴったり。これで俺たち友達じゃないとかもう奇跡だろ。
男女の友情。俺がそれを体感するのは、ずっと先の話になるような気がした。
――願わくば、まずは同性の友人を増やしたいところである。