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展望台にて

頑張って登りましょう

 頂上は見えた。


 だが、そこに至るまでの道のりは、かなり傾斜がついており、相当険しいことが予想できる。


「あそこ登るのかよ……」


 思えば終業式の日に智也が言ってた気がする。登山はハイキングみたいだが、崖のようなところもあるって。これがそれなんだろうな。手とか使わなきゃ登れないよな、これ……。


「そういえばことちゃんはどこ行ったんだろ?」


 鳴海が呟く。あぁ……そういや確かに見てないな。俺達より先に進んでいるんだろうか。


「さぁな……。どうせいつもみたいに、気持ち悪い笑顔振りまいてアイドル活動でもしてんだろ」


「その言い方はひどいよ柳津くん……」


 いや、だってねぇ。実際ホントにしてそうだし。別にあいつのことはどうでもいいのである。近くにいると不幸になる気がするし、いないのであればヨシ!


「――こんにちは、莉緒ちゃん、陽斗くん?」


 とか思ってたけど全然ヨシじゃなかった。


 目の前に加納がいた。めっちゃ笑ってる。い、いつの間に……。


「なんだかとても面白そうな話をしてたみたいだねっ? 私も混ぜてくれない?」


 あー。これ絶対怒ってるじゃん。笑ってるけど握りこぶしが構えられてるじゃん……。


 思えば鉄拳制裁はご無沙汰な気がする。瞬間、思い出したかのように痛む古傷。久しぶりの一撃に腹の傷も嬉しがっているらしい。はははっ、そんなわけあるかです。


「殴るなら早くしろ。下手に加減とかするなよ。意識飛んだ方がマシだから」


「えっ、何言ってるのー? 陽斗くん?」


「……あ?」


「殴るとか意識飛ぶとか……? どういうことかなー?」


 加納がやけに気色悪い笑顔をしている。……そうか。ここは普通に人目に付く場所だ。みんなが見ている場所。加納も表モードを貫く他ないらしい。――あっぶねえ、助かったぁ。


 笑顔の仮面を被った加納がゆっくりとこちらの方へ歩み寄ってくる。中身を知っているとアレだが加納の笑顔はそれにしたって可憐である。不覚にも近づいてくる彼女に見惚れてしまい、そして――




「後で覚えときなさい」


「………………あ、はい」




 耳元で死の宣告をされた。怖ぇよ。


 びくびく震えていると、鳴海が思い出したように加納に尋ねた。


「そういえば、ことちゃんはなんでここに?」


「ああ、それはね……」


 加納が山頂のある方を指さす。ちょうど崖下の方だ。そちらの方を見ると一軒の小屋があり、生徒が何十人も固まっているのが見えた。


「山頂に行くにはあの崖みたいな道を登らないといけないみたいで……。体力に自信がある人は山頂まで行ってるんだけど、それ以外の人はあそこで待機ってわけ」


「そう、なんだ……」


「なんじゃそりゃ……」


 マジかぁ……。ここで篩分けかぁ。


 確かにあの崖を登るのは少し骨が折れそうだ。一般の人もいるわけだから、別に危険な道ってわけでも無いだろうし、その気になれば登れるんだろうが……。


 ここから見るとなかなかの傾斜角だ。既に何人かの男子生徒は登り終えたみたいで、その頂上から登っている最中の人たちに激励の言葉を送っている様子が見えた。


「女の子も何人か登ってるみたいだけど、私はあんまり自信ないからパスかな……」


「私もさすがにこれは……」


 加納に続いて、鳴海も笑い交じりに諦めの声を漏らしている。


 俺も結構足にきてるし、わざわざ登ることは無いかな。


「陽斗くんはどうするの? 登る? 待つ? それともくたばる?」


「そうだな、俺も自信ないからここで待って――おい最後変な選択肢あったぞ」


 可愛らしい声でなんてこと言うんだこいつ。めっちゃ自然な感じで死の提案してくんじゃん。でもなるほど、これなら周りの人にも気づかれない。危うくツッコめないところだった。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


 ともあれここで登山は終了のようだ。


 話によれば、崖下の小屋には展望台があるらしい。そちらの方へ向かうことにした。


 小屋を回り込んで少し歩く。すると広場のようなところに出た。




 そしてその先に……。




「おおー」




 ――待ち受けていたのは、群峰を見下ろす絶景。




 澄んだ青空と、どこまでも広がっている山々。


 遠く彼方には雲海が広がっており、さらにその向こう側には地平線が見える。


 まさしく風光明媚。大自然万歳。




「すげえな」


「すごいわ」


「すごいね」




 全員語彙力を失うくらいには、感動しているらしい。


 いや、こんなん見たら「すごい」としか言いようがない。筆舌に尽くしがたいというか、説明のしようがないのである。ただただ、すごい。もう何がすごいって「すごい」という言葉で粗方説明できちゃう日本語がすごいまである。


 ははぁ、これが自然を感じるということか……。こうして雄大な自然を見ちゃうと、俺たちって本当にちっぽけな存在だなとか思ってしまう。特に俺なんて、ミジンコとかワムシくらい小さな人間だなとか思っちゃった。




「――あれ、みなさんこんなところに?」




 しばらくその壮大な風景を見ていた時である。


 声をかけてきたのは弥富梓だった。




「……おう、弥富か」


「みなさん勢ぞろいですねー。にししっ。ハルたそはあそこまで登らないんですかっ?」


 そう言って、弥富が指さすのはこの山の頂。


「ここで十分だろ。大してここと山頂とで高さ変わんねえし」


「そうですかね?」


 首を傾げる弥富だが、こいつもここにいるということは、山頂まで登るつもりが無いからだろう。


 目測だがここからさらに五十メートル程度といったところか。たぶん見ている景色はそんなに変わらないはずだ。楽してここから絶景を見られるのであれば、それに越したことはない。


「梓ちゃんは? 登らないの?」


「登りたいんですけど……その、あんまり運動には自信がないので」


「そうなのか、もったいない。登ればいいのにな?」


「ハルたそも登ってないじゃないですか……」


「俺は別に登りたいとすら思ってないからな。むしろ帰りたい」


 ホントに。切実に。帰りたい。帰って早く布団にくるまって、みのむしごっこをやりたい。……みのむしごっこってなんだよ。


 そんなことを思っていたら、弥富の冷たい視線が刺さっているのに気付いた。


「ハルたそ……」


 まるで心の中を見透かされている気分である。いやでもお前バカにすんなよ。みのむしごっこすげえからな? あれマジでやめられないんだよな。ガンガンに冷房効いた部屋で、敢えて羽毛布団に包まる背徳感が本当にたまらない。見つかった時のリスクがでかいのも逆に意欲がそそられるんですよね。一回本気で母親に叱られたことがある。


「さすがは陽斗くんね。でも嘘が下手すぎるわよ?」


 と、加納があざ笑うような表情で口を開いていた。


「は?」


「だってそうでしょ? 本当はただ登れない(・・・・)だけなのに」


「……っ。そんなことはない。本気を出せばイケる。俺はやるときはやる男だぞ?」


「なんか信用ならない言葉が続いたんですけど……」


 失礼な、弥富。確かに運動は得意じゃないが、そこまで見くびってもらっちゃ困る。


「でも今はやるべき時じゃないだけ。そうそう。やる時はやるけど、やらないときはやらない。今だってそうだ。登りたくないから登らない。それ以上の何がある?」


「ああはいはい、もういいわよ。ここまで醜い言い訳を聞いたのは初めてだわ」


 こいつ……。さっきまで表モードでいい顔してたのに、人気の少ない展望台に来てからはこの態度である。


 普段は冷静沈着で仏みたいな俺も、この暴挙にはさすがに口出しせざるを得ない。


「あぁ? じゃあいいよ? 登ってやるよ!? 俺はやるときはやる男だからな!」


「なんでキレてんのよ……。てかそれ何回言うわけ? 気持ち悪いんだけど」


「――黙れビッチ! 今日という今日は許さねえ。俺がやるときはやる男だってことを、山頂まで登って証明してやる! お前は指を咥えて見てろ!」


「…………はぁ。なんなのよ、本当に」


 多分これはアレだ。キレたら覚醒するっていう主人公特有のスキルに違いない。絶対にそうだこれ。だって俺主人公だもんね。うん。……すげぇレベルの低い話だけど。


「せいぜいここの景色で満足してろ! 俺は頂点から見える一大パノラマを独り占めだ!」


「さっきハルたそ、ここも山頂も同じって言ってましたけど」


 弥富がすごい低い声音でそう呟く。その傍らでドン引きしている加納。苦笑いを浮かべたまま傍観する鳴海の姿があった。


 かくして俺たち四人は、展望台から崖下の方まで引き返す。


 そして俺は、山頂を目指すこととなった。


 自分で言うのもなんだけど、本当に何なんでしょう。この茶番は。


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