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剛毅果断のドロボウハギ

イヤな予感です

「……弥富?」


「はい、さっきぶりですねー?」


 聞き間違えようがない。このウザったい声は弥富の声だ。


「え……、ちょっと待て。なんでお前いるんだよ。どっから湧いて出たの?」


 驚きのあまり声が上ずってしまう。この温泉には俺と加納と鳴海の三人でやって来たはずだ。弥富を連れてきた覚えはない。


 状況が掴めず質問の答えを待っていると、今度は加納から声が返ってくる。


「ずっとここにいたみたいなのよ。たぶん、美咲と一緒に来たんだわ」


「あぁ……」


 そうか。そういえば、春日井のほかにもう一人誰かいるみたいなことを言ってたな。そして春日井は弥富を残して先に宿舎の方に戻っていった、と……。なるほど。えっ。じゃあ、ますますなんでこいつここにいるんだよ。


 俺が質問を投げようと口を開くと、その前に弥富からの声が飛んできた。


「それにしてもハルたそも隅に置けませんねー? にししっ」


「なんの話だ……」


「いやぁだって、ことはっちとリオリオと一緒に温泉まで来たってことですよねー? 両手に花じゃないですかー。まるでラブコメ主人公みたいです!」


「…………」


 思わず押し黙ってしまった。え、何言ってんだこいつ……。いや、元から何言ってんのか分かんねえ奴だけど、やっぱり何言ってんだこいつ。


 俺がラブコメ主人公みたいに見えた? おいおい、そんなわけねえだろ。目腐ってんじゃねえのか? ――いやでも。アレだな。そんな風に見えちゃうのか。へぇ、そうなのか。実は俺もそうなんじゃないかって思ってたところなんですよー。ははっ、奇遇だなぁ。なんでちょっと嬉しくなってんだ俺。


 よく分からない気持ちになったので、照れ隠しに話題を変えることにした。


「……つーかお前、そのあだ名もどうかと思うぞ」


「ほぇ?」


「いや、あだ名だよ。鳴海のあだ名」


 さっきの弥富の台詞の中で、鳴海のあだ名が変わっていることに気付いた。


「リオリオってなんだよ。もっとなんか……、他になかったのか」


 あだ名なんてどうやって決めるか知ったこっちゃないんだが、それにしたってその名前はどうなんだろうか。ちょっと適当すぎじゃね? なんで二回も同じ名前言わなきゃいけねえんだよ。それもう『リオ』でいいじゃん。時間の無駄じゃん。


「えー? リオリオに変えてほしいって言われたから変えただけですよ?」


「まぁ……。なんだっていいんだけどさ……」


「私はそのあだ名で、全然いいよ……?」


 鳴海が遠慮がちにそう答えていた。まぁモンスターの名前に比べたら幾分マシだろうけど。前のあだ名はひどかったなぁ。雌と雄がごっちゃになってたし。


「その……、あの時はごめんね?」


「はい?」


「あ、いや、だから……。なんか、怒ってるみたいになっちゃって……」


 鳴海の言う『あの時』というのは、今日のレクリエーションのことを指しているのだろう。


 申し訳なさそうな声で謝る鳴海に対して、弥富は驚いたような声を出す。


「ええ? 謝ることですか? むしろこっちが悪かったって言うか……。許可も得ないで変なあだ名を付けちゃって……。私こそごめんなさいっ。次からは気を付けますねっ?」


 弥富の明るい声。そう言う弥富を見て安心したのか、鳴海も小さく笑うような声を漏らしていた。別に二人は喧嘩をしていたわけではない。けれど、なんだかそのやり取りを聞いていてこっちまでホッとした気分になってしまう。仲直りは大事だ。うん。――でも弥富お前。さっきのリオリオってあだ名も事後承諾だったぞ。


「んで、そんな話はともかく」


 下らない話に花を咲かせるのも一興だが、それより弥富に聞きたいことがある。


「なんでお前、ここにいるの?」


 温泉が大好きで一時間は入らないと気が済まないんですぅーって言うんならまだ分かるが、明らかにこいつはそんなキャラじゃない。バスの中でも「温泉に入っても意味がなくないですか?」的なことを言っていたと思う。


 それに気になる点がもう一つ。


「春日井の様子もなんか変だったし。なんかあったのか?」


 そう聞いた瞬間、息を詰まらせたかのような声が聞こえた。




 まるで小さな悲鳴のような声。




 たぶん弥富だろうか。しばらく俺の質問に対する返事は返ってこず。


 何か言葉を用意するには十分すぎる時間が経って、ようやく。




「あぁ……。そうだったんですね。……まぁ、そりゃそうか」




 その声は、それまでのものとはすっかり変わって、ようやく聞こえる程度の声量だった。


 まるで、一人納得した声のように思われた。


 黙っていると、弥富の困ったような返事が返ってくる。


「ま、まぁ……。いろいろ話しまして……」


 震えたようなその声音。


 その口調でなんとなく、どんな会話があったのか察してしまう。


「えぇ……。なんかすげぇイヤな予感がするんだけど」


「胃薬あったかしら」


「あはは……さすがに持ってきてないかな……?」


 俺だけじゃない。加納も鳴海も会話の流れでさすがに勘付いたみたいだ。


 ここには弥富の恋愛相談の関係者しかいない。ならば秘密もクソも無いだろう。


 恐る恐る、俺は弥富に尋ねる。




「お前、春日井に話したのか……? ――智也が好きだってことを」




 返事までに、しばらくの間はあった。


 だが……、やがて。




「――はい」




 肯定……。


 ははぁ、なるほど。つまり、アレか。


 整理すると、こういうことか。




 ――弥富は告白したい男の彼女に『宣戦布告』をした、と。




 へぇ、なるほどねぇ。ううん。ええと、つまりぃ……?




 …………は?




 えっ? どういうこと?




 春日井に言ったの? 好きだってことを? え、マジで……? えっ、ちょっと、あ、頭がクラクラするんだけど。なにこれ。弥富のせい? それとも温泉のせい?






「…………」






 俺は開きっぱなしの口を塞ぐことも忘れて、その場で黙っていることしかできなかった。


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