無謬の決断
「そういえば鳴海には助けられた。ありがとな」
振り返ると鳴海はきょとんとした顔で俺を見ていた。
「……え?」
「さっきのレクリエーションだよ。鳴海の機転が無かったら、今頃どうなってたか」
あんまり考えたくない状況だ。あの場で弥富が告白を決行していたら、事態は悪い方向へ展開していたに違いない。
鳴海が声を上げてくれたおかげで、最悪の事態を回避できたのだ。
「そんな大したことじゃ……。私は何もしてないよ?」
「……いいや、陽斗くんの言う通りね。莉緒ちゃんにはホントに助けられたわ。私は動けなかったから」
そう言って、加納が申し訳なさそうな顔を作っていた。
「そ、そんな……っ。ホントに何もしてないって。私はただ……その、あだ名が気に入らなかっただけで」
「てかそんなこと言ってたな。まあ実際リオ〇イアはどうかと思ったけど」
「ところでリオ〇イアって何なの?」
加納が首をかしげて俺に尋ねる。まあお前も知らんよなそりゃ。
ゲームに出てくるモンスターの名前だと説明すると、加納は「へぇー」と興味なさそうに首を掻いていた。
「でも莉緒ちゃんが動いてくれるとは思わなかった」
「だな。この中で一番肝が据わってるのは鳴海なのかもしれない」
「そ、そんな……。嬉しくないよ……」
困ったように笑う鳴海。照れたのか顔をちょっと俯かせて俺たちの視線をやり過ごしている。
可愛いなぁなんて思っていると、すぐに鳴海は顔を上げた。俺と加納二人の表情を窺うように見ると、今度は少しまじめな表情をしているのに気付く。一呼吸置いてから、鳴海は口を開いた。
「でも、弥富さんがあの場所に立ったとき、すぐに分かったんだ。たぶん直前に大里くんと春日井さんのやり取りを見ていたから、いてもたってもいられなくなったんだろうなって」
その言葉に俺は頷く。弥富の相談を知っている俺たちだからこそ、あの時の異常な空気感を察知することができたのだろう。
「だから、その……。弥富さんが動くべき時は今じゃないから。だから、今は止めなきゃ、って思って」
俺も加納も、事態を把握していながらあの場で動くことができなかった。本当に、鳴海には頭が上がらない。
「それで、考えるよりも先に動いちゃってたって言うか……。ホント、考えなしに動いちゃってむしろ恥ずかしいくらいなんだけど……」
そう言ってちょっぴり赤面した鳴海。決して恥ずかしいことなんかじゃない。むしろ誇らしいことだと思う。誰にも真似できることじゃないしな。アレだ。ヒーローの素質ってやつだ。考えるよりも先に動いていたとか、もうヴィランと渡り合えるレベル。ヒーロー名はリオ〇イアで決まりだな。かっこいいし。
下らないことを考えていたら、鳴海からの視線があるのに気付いた。
「柳津くんはさ」
「ん?」
「――あれで、よかったと思うかな……?」
それは何の混じりけもない、透き通った声だった。
「なんで俺に聞くんだ」
「だって、柳津くんは恋愛マスターだから……さ」
「……ああ、はいはい」
そうでした。俺は恋愛マスターでした。
それがどうして俺にそんな質問をする理由たりうるのかは分からないが、なんとなく鳴海の言いたいことは分かるような気がする。
たぶん、だけれど……。安心したいのだろう。
良くか悪くか、俺たちは弥富の行動を制止したことになる。それは恋愛相談部としてのサポートを越えた行動だったかもしれない。実際、あれは相談者の意に沿わない行動だった。
それでも、弥富のためだったと思うことができれば、幾分こちらとしては楽になるという話なわけで。
俺の意見ごときで鳴海の心の安定剤になるかは分からないが、今かけるべき言葉は決まっている。
「もちろんだ。鳴海は正しいことをしたと思うよ」
言い切ってやる。鳴海の行動は正しかった。本当だ。
鳴海のおかげで俺たちは救われた。もちろん加納も、智也も、春日井も。きっと弥富も。
これで良かったのだと、言葉にすることができる。
「そっか……あははっ、それなら、よかったかも」
顔を綻ばせ、笑顔を浮かべる鳴海。
鳴海があの顛末を心配をしていたように、俺もまた弥富の行末を心配している。
何より、弥富の落ち込んだような表情が、今でも心のどこかで引っかかるようにして離れてくれないのだ。
だが、鳴海の姿を見て、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
きっとこれで良かったんだと、思うことができるから。
「……そうそう。莉緒ちゃんのおかげなんだから、自信もっていいんだよ?」
「うん、ありがと」
小さな声で告げられた感謝。会話が一区切りを迎え、沈黙の中で次の話題を探していた時だった。
「――加納、そういえば」
と、無意識に言葉が出ていた。
もう一つだけ、気がかりなことがあのイベントの中であったせいだろう。
「なによ?」
「…………あ、いや、なんでもない」
「はぁ? なによアンタ」
「悪い。やっぱナシで」
ここであの言葉の意味を聞くのは違う気がした。
多分タイミングだとか、会話の流れだとか、この場の状況だとか、いろいろ憂慮すべきことはあるのだろうけれど。
まず、一番に思ったのは。
あの言葉の意味を聞くには、俺たちの距離はまだまだ遠すぎるということだった。